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久しぶりの小曽根さん♥

ある朝、神戸新聞を隈なく読んでいたら(たまに本当に隈なく読みます)、「今月の兵庫のエンタメ」的な全面記事があり、県内で行われる様々なイベントがジャンルごとに一覧になっていた。

アート、音楽、芝居、演芸、トークショーなどなど。その中に「小曽根真」の名前を発見。壺阪健登さんという若手ピアニストとのデュオコンサートらしい。

これは夫に話してみよう(彼は小曽根さんが好き)と切り抜いておき、話すと、休みも取れそうだし是非行きたいと言うので行ってきました。

ちょうど前日から朝晩の風が秋のものに変わり、昼間でも涼しい。外をブラブラと歩くのが地よい秋分の日らしい1日となった。小曽根さんを知るきっかけとなった古い記憶もひっはばり出しながら、書いてみます。

コンサートのこと

プログラムは前半と後半の2部構成で、前半は小曽根さんのソロを3曲やってから、壷阪さんを招き入れてのデュオを2曲。

そこでいったん休憩を挟み、後半は壷阪さんソロ2曲の後デュオ。スタンダードナンバーとして、小曽根さんも好んで演奏するガーシュインを30分超えの長尺で演奏。最後はアンコールを1曲。たっぷり2時間超えで大満足だった。

セットリスト。落語の演目みたい笑

好きだなぁと思った曲

まず、小曽根さんソロ3局目の「キタノストラット」。最初の2曲から少しテンポアップし、小刻みなジャズのリズムが聞こえてくるよう。私の感じ方だけかもだけど、ちょっと時代感のあるメロディパターンがあり、弾き方なのかな?フットペダルを使って打鍵音のくぐもった感じが出ていて、古い古いジャズバーで、うっすら埃を被ったライトアップピアノから素敵な音が聞こえてくるような、そんな懐かしい感じの曲だった。

それと、デュオの「子どもの樹」。壷阪さんのオリジナル曲で、表参道にある岡本太郎の同タイトルの彫刻からインスピレーションを得たという話をしてくれた。その彫刻にはたくさんの子どもが描かれているのだが、ひとつとして同じ顔、表情のものはなく、それが私たちそのものだという話で、なるほど、曲にもそんなイメージを再現しようとしているのが感じられた。同じ旋律だけど、音階が、リズムが、テンポが、音の強弱が、違う。たぶんそれは、小曽根さんとのセッションでより一層強くなっていて、どこに着地するか、どこまで行くか分からない状態で演奏は続き、お互い(演奏者と演奏者、そして、演奏者たちと観客たち)、この辺だね、となった時に終わる。

やり切った感溢れた壷阪さんの表情が印象的だった。

アンコールは、オスカー・ピーターソンの「自由の賛歌」。

小曽根さんが12歳の時に、大阪厚生年金会館ホールで聞いたオスカー・ピーターソン。それが、小曽根少年がピアノを志すきっかけとなった。それから50年が経った。昨年は、そのオスカー・ピーターソン生誕100年記念の年で、誕生日の8月15日に、生誕ライブをニューヨークでやったそうだ。黒人のベーシストと、白人のドラムスと、黄色人のピアノ。肌の色を超えた3人が、日本とアメリカの戦争が終わった日に、ここニューヨークでライブをしている。そのことを、今世界で起きているさまざまな惨禍と重ね合わせ、この曲を演奏することの意味を話してくれた。

聞いているうちに、少年だった小曽根さんの姿が浮かんできて、そこからの50年が流れてきて、涙が止まらなくなってしまった。この曲を作った人や演奏してきた人たちの祈りのようなものも降りてきた気がする。

小曽根さんが壷阪さんに声をかけたのは3年ほど前とのこと。演奏を聞いて、ピアニストとしてやっていくことを強く勧めたそうだ。その頃は、作曲や編曲を専門にしていこうと考えていた壺阪さんだが、小曽根さんに言われ転向。ジャズピアニストには作曲の才能が必要だから、その才能を活かしてほしいと何度も伝えたらしい。確かに2人のデュオは、決まった譜面をなぞる部分はほとんどなく、即興性の高い、筋書きのない掛け合いのようなもの。小曽根さんは、自分が若い頃に目を掛けてもらったように、壷阪さんを口説いたのだろうとなと思った。心が通じて、良かったね。小曽根さん。

小曽根さんを知ったきっかけ

会場に向かって歩く途中、夫は、「久しぶりに小曽根さんのトークを聞くのも楽しみだ」と言っていた。

トーク? 小曽根さんて、面白いこと言う人だっけ? 

少し不思議に感じていたのだが、ライブで演奏(と、「おしゃべりでごめんなさいね、関西人なもので」と喋り続けた小曽根さんの話)を聞く中で思い出した。

そうだそうだ、私たちは、神戸のラジオ局「KissFM神戸」の番組のパーソナリティとして、小曽根さんを知ったのだった。特に夫は好んで聞いていて、その時に、小曽根さんのピアノも好きになり、震災前には、外国人のボーカリストを招待しての「クリスマスLIVE」にも行ったことがあった。

さらに小曽根さんを好きになったのは、ずいぶん昔の作品だが、『あしたの、喜多善男~世界一不運な男の、奇跡の11日間』というドラマの劇伴を小曽根さんが担当していて、ドラマが先だったか、小曽根さんが担当するという情報を先に得たのだったか忘れたが、ドラマはリアルタイムで全話楽しみに観たし、サウンドトラックのCDも買ったし、ドラマDVDまで買ってしまった。CDには、ライナーノーツがついていて、脚本を担当していた方が、小曽根さんのピアノ(主題歌の『My Tommorow』だったかも)を聴いた後に書いた手記みたいなものが載っていて、その文章が、ドラマの内容とも重なっていて、とても良い。とにかく、全編を通してとても良い。
繰り返し繰り返し、読みながら聴いていたのを思い出す。

そういえば、この日のLIVEで演奏された、小曽根さんのソロの2曲目、「Friends」は、暖かくて優しいのだけれど、和音の響きに、すこーしだけ、寂しを感じる。いくつの音を組み合わせて和音をつくっているのかわからないけれど、右手の3音、左手の3音で、ぜんぶで6つだとすると、その中のひとつだけが、ちょっとだけ合っていないよう感じというのだろうか。不協和音というほどの嫌な感じはしないけれれど、なんというか、「そんな、みんながみんな、まったく合ってる」なんて、かえって気持ち悪いよね。ちょっとぐらいズレた人がいてもいいよね、というような、ちゃんと許容できるぐらいの違和感。その「小さな心地よい違和感」は、この「あしたの、喜多善男」ドラマのサウンドトラックの曲にも感じていたもの。2曲目が流れた時、ちょうどいい落ち着かなさを感じたのは、そのせいだったかも。

あとは小曽根さんといえば、リビングルームにようこそ、だ。コロナ禍のSTAY HOME LIVE@リビングルームは、連続で50日ぐらいだったろうか。毎晩21時にFacebook経由でうっとり聴いていた。私は大好きな『My Tommorow』をリクエストし続けていて、自分のものかどうかはわからないけど、一度弾いてもらったことがあり、とても嬉しかった。

楽しい秋のコンサートだった!
今度はトリオ(ベース・ドラム・ピアノ)も聴きに行きたい。

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