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宮脇俊三と行く【北海道&東日本パス】のたび×4

北上、午前八時十二分。

旅も二日目、人間は面白い反応を示す。

前日のの大騒ぎが夢だったのか、熱がきれいに下がる。
残り物は「旅」という実感だけ。

ホテルの朝食会場に漂う、焼き魚と味噌汁の匂い。
誰も急がない。 納豆を練る箸の音。 静かな朝。

「教授」
千鶴が味噌汁をすすりながら言った。
「今日は講義はお休みです」
レルフ教授は箸を止めた。
「え?」
「昨日で十分です」

トゥアン教授が笑う。
「私はほとんど語っていません」
「先生は黙っていても、頭の中が勝手に発言しています。」

サウアー教授は焼き海苔で丁寧にご飯を巻きながら、
「では今日は景色にしゃべらせましょう」
と殊勝な発言

宮脇先生は、
「それが一番ですよ」
と言う顔をしている。
会話は終わり。 誰も続きを語らない。

東北本線北上駅

ドアが閉まり、列車は静かに北へ。

昨日までなら、誰かが
「発車した!」と大騒ぎしていた。
今日は違う。
六人とも、それぞれ窓の外を眺めている。
旅も二日目になると、会話より景色のほうが雄弁だ。

列車が田園地帯へ入る。
朝日を浴びた水田。
ぽつんと建つ農機具小屋。
遠くの山並み。
宮脇先生が、窓から目を離さずにつぶやいた。
「岩手山ですね」 それだけ。

レルフ教授は何も言わない。
トゥアンも手帳を閉じた。
サウアーも眼鏡を少し上げて、ただ山を見ている。

千鶴はその様子を見て、小さく笑った。
「珍しい」
誰も返事をしない。
「文化景観も場所性も、今日はお休みですか?」
レルフ教授が肩をすくめる。
「山は説明すると逃げます」
宮脇先生が笑った。
「その通り」 また静寂。

いわて銀河鉄道

盛岡着九時五分
少し離れた銀河鉄道の駅へ移動する。

盛岡発九時十四分
ホームを歩く速度まで、昨日より少しゆっくり。
急ぐ理由がない。
旅のほうが、ようやく歩幅を合わせて来た。

列車は再び北へ。
誰かが本を開き、
誰かがうとうとし、
誰かが缶コーヒーを飲む。
それで十分。

しばらくして千鶴が欠伸をした。

「……平和ね」
凛々子が笑う。

「どんなに仲のいい友達でも、二日も一緒にいると、
ずっとしゃべってなんか居られないわ」
「そうね」
「シャベルも今日はお休み」
千鶴が吹き出した。
「今日はスプーンくらい?」
宮脇先生が新聞を畳みながら言う。
「耳かきで十分でしょう」
六人が笑った。

その笑いも、すぐに車輪の音へ溶けていく。
ガタン、ゴトン。
列車は北へ。
急ぐこともなく、語りすぎることもなく。
青森を目指して走り続けていた。

八戸。市場という名の迷宮。

午前十一時一分。
盛岡から北へ走り続けた列車は、定刻どおり八戸駅へ。
ホームへ降りると、海の町独特の湿った風。
「朝市は終わってるよね」
千鶴が少し残念そうに時刻を見た。
宮脇先生は笑う。
「朝市は逃げません。また来ればいいんです」
それだけ。
旅とは、全部を終わらせることではない。
「また来る理由」
を一つ残しておくのも悪くない。

駅前から八食センター行きのバスへ。

運転士が六人を見回し、
「ずいぶん賑やかな御一行さんだべさ」 と笑う。
「でも八食はもっと賑やかですよ」
宮脇先生の答えに、車内が少しだけ和んだ。

八食センター

魚、貝、干物、野菜、せんべい。 威勢のいい掛け声。
包丁の音。 氷の上で光る魚。
市場というものは、歩くだけで腹が減る。

千鶴が宣言した。
「45分後、入口に集合。今日は絶対、勝手にどこか行かないこと!」
五人が素直に頷いた。

せんべい汁を囲む。
立ち上る湯気。
トゥアン教授が、不思議そうに箸でせんべいを持ち上げた。
「最初は固かったんだよね」
店のお母さんが笑う。
「煮るから柔らかくなるしょ」
「なるほど」
教授は感心したように、
「文化も、時間をかけて……」
 お母さんが即座に返した。
「これは煮えたんだべさ」
店中が笑った。
レルフ教授は肩を震わせている。
宮脇先生は汁をすすり、
「うまい」 それだけ。
その一言が、いちばん説得力がある。

焼きホタテ、焼きイカ、マグロ。
サウアー教授は焼きホタテを3枚食べ、
もう1枚食べ、名残惜しそうに汁を飲んでいる。

凛々子が笑う。
「教授」
「……」
「文化景観は?」
教授はゆっくり頷いた。
「論文では貝の魅力は表現できん」
宮脇先生が小さく笑った。
「魅力は皆さんに伝わっています」

45分後、八食入口。
千鶴が人数を数える。
「一、二、三、四、五……」
「……」
「宮脇先生は?」
もはや誰も驚かない。
「探しましょう」

市場を一回り。
魚屋、酒屋、乾物屋。 いない。
ようやく市場の片隅。
宮脇先生は地元のおじいさんとベンチに座り、
お茶を飲みながら笑っていた。

「先生!」
「ああ」
「集合時間ですよ」
「もうそんな時間ですか」
隣のおじいさんが笑う。
「北海道まで鈍行で行くて言うから、
ついそこさねまれって言って
話し込んじゃって、、、すまなかった」

宮脇先生は照れたように頭をかいた。
「誰かと話す時間のほうが長い旅もあります」
 
千鶴はため息をついた。
「迷子ですね」
「違います」
「寄り道です」

六人で入口へ戻る。
凛々子が人数を数え直す。
「一、二、三、四……」
「……」
「今度は?」
「サウアー先生とトゥアン先生がいない」
千鶴は天井を見上げた。

「学者を八食で放し飼いにしてはならない」

という法則を発見したようだ。

レルフ教授は少しも慌てない。
「民芸品売場でしょう」
「どうして分かるんです?」
「長い付き合いですから」

案の定。
二人は南部裂織の前で真剣な顔。
「この織物は……」
「生活文化の……」
店のお母さんが笑顔で尋ねる。
「それで、買うの?買わねえの?」
二人とも黙る。
レルフ教授が財布を取り出した。
「議論は八戸駅へ戻ってからにしなさい」
今度は店中が笑った。

六人がそろった。
千鶴が指を折って確認する。
「宮脇先生、います。レルフ先生、います。サウアー先生、います。トゥアン先生、います。凛々子、います」
そして自分を指差した。
「私もいる」 全員が笑う。

宮脇先生が市場を振り返った。

「いい市場でした」
「何が一番よかったですか?」
凛々子が尋ねる。

先生は少し考えてから答えた。
「魚、せんべい汁、それと…」
「あと何です?」
「みんな、ちゃんと迷子になったことです」
市場なんて迷うためにある。
駅は出発するためにある。
旅は、その繰り返しである。

少しずつ北へ向かっていく

バスで再び八戸駅へ。
次の列車が待っている。
時刻表どおりに。
人間だけは、時刻表どおりに動かないが。

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