『これで40〜50人を支えるの?』職員が少ないエクアドル高齢者センターの現実
初日、私は一人で現場に残された。
言葉も十分に話せない。
何をすればいいのかも分からない。
そんな状態から、エクアドルの高齢者センターでの活動が始まりました。
しかし、数日間現場に入る中で、私は別の疑問を持つようになりました。
「この場所は、どうやって成り立っているのだろう」
職員は決して多くありません。
それでも、
40〜50人の高齢者の日常は、毎日続いています。
そこには、家族や地域の人、学生ボランティア、そして高齢者同士の支え合いがありました。
一方で、優しさだけでは守れないものもあります。
高齢者の安全。
認知症のある方への対応。
限られた人員の中で、どう安心できる場所をつくるのか。
こんにちは。Midoです。
現在、JICA海外協力隊として、エクアドルの高齢者センターで活動しています。
前回の記事では、初めてこの場所を訪れた日のことを書きました。
今回は、私が現場に入る中で見えてきた、この高齢者センターの日常と、そこで感じた課題について書きます。
高齢者センターの日常
私が活動しているのは、エクアドルの地方にある高齢者センターです。
ここに通う高齢者は、毎日同じではありません。
朝から来る人。
昼食を楽しみに来る人。
活動や仲間との交流を目的に来る人。
それぞれに理由があります。
午前中は少人数15名で活動を行います。
そして12時前になると、送迎車でさらに多くの高齢者が到着します。
最終的には40〜50名ほどになる日もあります。
初日に感じた、
「こんなにたくさん来るの?」
という驚きは、その後の日常になっていきました。
家族は関わっていない? いや、形が違った
最初、私は日本の高齢者施設との違いから、
「家族の関わりが少ないのかな」
と感じていました。
しかし、実際に生活を見ていくと、そう単純ではありませんでした。
家族は、高齢者の生活を支える大切な存在でした。
朝、家族が車で送ってくる高齢者もいます。
また、驚いたことがあります。
ある家族は、自分の家族だけではなく、近所や知り合いの高齢者も一緒に送迎していました。
日本では「家族単位」で考えることが多いかもしれません。
でも、ここでは、
「地域の中で助け合う」
という感覚が自然に存在していました。
センターが生活を支えている
一方で、一人暮らしの高齢者も少なくありません。
12時から来る高齢者の多くは、センターの車で送迎されています。
そして、
このセンターに来る大きな目的の一つが、
「昼食」です。
ある高齢者に、
「家では何を食べていますか?」
と聞いたことがあります。
その方は、少し間を置いて静かに答えました。
その言葉を聞いた時、私は言葉を失いました。
そして、後から思い出したことがあります。
その方は、午前10時のおやつの時間になると、
私のところへそっと来て、こう言ったことがありました。
「もう少し食べてもいい?」
周りには聞こえないような、小さな声でした。
その時の私は、
「お腹が空いているのかな」
と感じました。
でも、今振り返ると、あの言葉は食べ物だけを求めていたのではなかったのかもしれません。
いつも優しく声をかけてくれる人。
困った時に頼れる人。
その存在を探していたのかもしれません。
この場所は、単なる交流の場ではありませんでした。
食事をする場所。
仲間に会う場所。
誰かとつながる場所。
その人にとって、毎日の生活を支える大切な場所だったのです。
私は、この時初めて気付きました。
土日の生活を考えた時
平日はセンターに来ることができます。
仲間と会える。
食事を食べることができる。
活動に参加できる。
では、センターが休みになる土日は、どのように過ごしているのだろう。
気になって聞いてみました。
すると、一人暮らしで家族が近くにいない高齢者もいました。
しかし、その方は、
「近所の人たちが助けてくれる」
と話していました。
食事のことを気にかけてくれる人。
様子を見に来てくれる人。
困った時に声をかけてくれる人。
家族という形ではなくても、地域の中に支えるつながりがありました。
日本では、高齢者の孤立が大きな課題になることがあります。
もちろん、エクアドルにも高齢者を取り巻く課題はあります。
でも、この地域には、近所同士で支え合う文化が残っている。
それは、この場所の大きな力だと感じました。
少ない職員で支える現場
そして、もう一つ大きな違いがありました。
それは、現場を支える職員の人数です。
日本の基準から見ると、足りないものは多くあります。
しかし、足りないものだけを見ると、この場所の本当の姿を見失ってしまいます。
このセンターには、職員だけではなく、地域の人、学生ボランティア、そして高齢者同士の支え合いによって成り立っている部分があります。
誰か一人がすべてを背負うのではなく、そこにいる人たちが、それぞれできることを持ち寄りながら、この場所の日常を作っていました。
日本のデイサービスや高齢者施設、精神科病院で働いてきた私から見ると、高齢者の人数に対して、常勤で現場を支えるスタッフは決して多くありませんでした。
私が配属された当初、毎日現場にいるのは、
・料理長
・料理担当スタッフ
・そして私
が基本でした。
「これで40〜50名近い高齢者を支えているの?」
最初は本当に驚きました。
もちろん、それだけでは現場は回りません。
このセンターでは、多くのボランティアの力によって支えられています。
配属当初は、看護学生や理学療法学科の学生が実習やボランティアとして活動に参加していました。
そして現在は、週に1回活動する大学の理学療法学科の学生ボランティアと、大学卒業後、就職する前に現場で経験を積むために来ている心理士のボランティアが活動しています。
レクリエーションを手伝ってくれる人。
高齢者に寄り添って話を聞く人。
体操やリハビリをサポートする人。
その時々で活動する人は変わりますが、多くの人の協力によって、このセンターの日常は成り立っています。
一方で、ボランティアは期間が決まっています。
卒業すれば現場を離れます。
就職すれば活動は終わります。
つまり、「いつも同じメンバーがいる」わけではありません。
人が入れ替わりながら、その時いる人たちで現場を支えていく。
それが、この高齢者センターの日常でした。
しかし
人の温かさだけでは補えない場面もあります。
高齢者の人数が増えるほど、私の中では「安全は本当に守れるのだろうか」という不安も大きくなっていきました。
不安が現実になったこと
そんな中で、私が特に不安を感じたことがあります。
それは、
高齢者の安全管理でした。
高齢者の中には認知症の症状がある方もいます。
転倒のリスク。
場所が分からなくなること。
そして、
いつの間にか姿が見えなくなること。
実際に、一人の高齢者が施設からいなくなったことがありました。
その時の緊張感は忘れられません。
「もし遠くまで行っていたら」
「誰が気付くのか」
「どう対応するのか」
いろいろなことを考えました。
幸い、大きな問題にはなりませんでした。
その後、施設の門にはガードマンが配置されるようになりました。
日本との違いに戸惑ったこと
日本では、高齢者施設では、
「事故をどう防ぐか」
という考え方が強くあります。
転倒予防。
環境整備。
リスク管理。
起こる前に考える文化です。
一方で、ここでは、
「起きたことに対応する」
という場面も多くありました。
どちらが正しい、間違っているということではありません。
制度が違う。
人員が違う。
文化が違う。
だから、同じ方法をそのまま当てはめることはできません。
ただ、日本で当たり前だと思っていたことが、世界では当たり前ではない。
そのことを毎日感じました。
温かいけれど、完全ではない場所
この高齢者センターには、素晴らしいところがあります。
高齢者同士が笑い合うこと。
職員が家族のように接すること。
音楽が流れると自然に踊り出すこと。
人と人との距離の近さがあります。
でも、
すべてが完璧なわけではありません。
人手不足。
安全管理。
認知症への対応。
まだまだ課題があります。
私は最初、
「日本の介護の方法を伝えなければ」
と思っていました。
しかし、現場に入って分かったことがあります。
必要なのは、日本の方法をそのまま持ち込むことではない。
この場所で続けられる形を、一緒に考えること。
おわりに
初日は、不安よりも、
「何とかなる」
という気持ちがありました。
でも、毎日現場に入ることで、
「本当にこの状態は続いていくのだろうか」
という新しい不安も生まれました。
この場所には、人の温かさがあります。
地域のつながりがあります。
でも、優しさだけでは守れないものもあります。
高齢者の安全。
尊厳。
安心して過ごせる環境。
では、限られた人員の中で、どうすればそれらを守ることができるのか。
そこから、私の本当の活動が始まりました。

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