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初日、私は一人だった!! エクアドルの高齢者センターで始まった予想外の現場と“コミュニケーション”の話

高齢者センターという場所のはじまり

初日、上司が高齢者センターの設備などを説明してくれた。

施設の部屋の配置や活動スペース、
倉庫などを一つひとつ案内されながら、
私は「ここでどのようなケアが行われているのだろう」と考えていた。

高齢者センターは、
もともとは貧しい高齢者たちが集まり、
食事をとるための食堂として始まったと聞いた。

その後、地域のニーズに合わせて少しずつ機能が広がり、
現在のような高齢者センターへと発展してきたという。


日本とは違う施設の構造

施設には、日本のようなリハビリ室はなかった。

代わりにあるのは、
大きなサロン(活動スペース)と食堂、オフィス。

医師が常駐しているわけではないが、
診察のための部屋があり、
そこには救急カートが置かれていた。

さらに、
必要に応じて休むことができるベッドのある休憩室や、
物品を保管する倉庫もある。

そしてもう一つ特徴的だったのが、
創作活動のための部屋である。

そこでは約15名の高齢者が、塗り絵や手作業などの活動をしていた。

「ここで何をする?」から始まった初日

「Midoはここで何する?」

そう聞かれ、私はたどたどしいスペイン語で答えた。

「日本の歌や音楽を取り入れたレクリエーションをしたい」

すると上司は、「じゃあよろしく」と言って帰ってしまった。

……え?私一人?

残されたのは、料理長と料理担当のスタッフ2名。

そして高齢者たちは別の部屋で塗り絵をしていた。

上司は挨拶だけして、そのまま帰っていった。

毎日一人でやるの?
カウンターパートは?
不安だけが一気に押し寄せてきた。

インドでの経験が支えになった瞬間

ただ、この状況の中で思い出したことがある

私はこれまでインド・コルカタのマザーテレサ施設に8度ボランティアに行った経験がある。

そのときも片言の英語しか話せず、施設の人たちはヒンディー語を使っていた。

言葉は通じなくても、心は伝わる。

その経験を何度もしてきた。

だから今回も、
スペイン語が十分に話せなくても
「心をこめて笑顔で接すれば、きっと何とかなる」とどこかで信じていた。

不安の中でのスタート

目の前にあるものでレクリエーションや体操をやるしかない。
その場で腹をくくった。笑

本格的にスペイン語を学び始めてまだ5か月。

さらに高齢者の中には時々キチュア語を話す人もいて、
すべてを理解できるわけではなかった。

キチュア語(Kichwa)は、エクアドルの先住民の言語であり、
地域によっては今も日常的に使われている。

スペイン語ですら十分に理解できない中で、
さらに異なる言語が飛び交う場面もあった。

それでも不思議と、
完全に理解できなくても、笑顔やジェスチャーを通してコミュニケーションは成立していた。

塗り絵の部屋でのやりとり

「Me llamo Mido. Mucho gusto.」

「私はMidoです。はじめまして。」

それが精一杯だった。

返ってくるスペイン語は早くて、ほとんど聞き取れない。

何を言われているのか分からないまま、ただうなずくしかなかった。

でも、そのあとだった。

言葉は分からないまま、なぜか次々と笑顔でハグをしてくれた。

意味は分からない。

それでも、「受け入れられた」という感覚だけははっきり残った。

言葉が分からないのに、関係だけが先に始まっていた。

そのあと、私は「日本人」「看護師」という単語を何度も繰り返しながら、一人ひとりに声をかけていった。

私は一人ひとりのそばへ行き、目を合わせながら話しかけた。

高齢者たちは次々と話しかけてくれる。

内容はほとんど理解できなかったが、うなずきと笑顔だけで会話は続いていった。 

想像を超えた人数と体操の時間

そして12時前になると、さらに約30名の高齢者がやってきた。

……多すぎるだろ!

心の中で思わず叫んだ。

でも現実は止まらない。

なるようにしかならない。

私はそのまま、みんなの前に立って体操を始めた。

スマホでスペイン語のラジオ体操を流す。

しかしスマホの音量は小さく、はっきりとした指示はほとんど聞き取れない。

私も正直、必死だった。

「これで合っているのかな」

「ちゃんと伝わっているのかな」

そんなことを考えながら、とにかく体を動かし続けた。

高齢者たちは、その説明をどの程度理解しているのかも分からないまま、
私の動きを見て必死に真似をしていた。

一拍遅れて手を上げたり、少し違う方向に動いたりしながら、
それでもついてこようとしている。

動きは揃っているとは言えなかった。

むしろバラバラに近い。

そのときふと、
「映像がないと難しいのかもしれない」と思った。

それでも、不思議とその場は崩れなかった。

完璧ではないのに、
全員が同じ方向を向いて動いている時間がそこにはあった。

その光景を見て、ほんの少しだけ肩の力が抜けたのを覚えている

昼食と慣れない現場の中で

13時からは昼食の時間になった。

まずは食堂へ誘導する。

15名の高齢者が先に通され、残りの人たちは一斉に入ろうとする。

それをスタッフが声をかけながら整理していた。

その流れの中で、50名弱の高齢者に順番に配膳していく。

スープとワンプレートの食事。

スープは熱々で、こぼさないように運ぶだけでも気を遣った。

エクアドルでは昼食が一日の中で一番しっかりした食事で、夕食は軽い。
高地のため、夜にたくさん食べると胃に負担がかかるのだという。

配膳は想像以上に大変だった。

誰に渡したかを確認しながら、流れについていくので精一杯だった。

それでもなんとか全員に食事を配り終えたとき、
ようやく少しだけ場が落ち着いた。

そのあと、私も席に座って昼食をとった。

この頃から、施設で毎日エクアドル料理を食べられることが、
小さな楽しみになっていった。

振り返りと日記の言葉

振り返ると、初日については記憶があいまいである。

ただ、日記を読み返すとこう書いてあった。

「みんながやさしくしてくれて感謝。スペイン語をもっとわかるようになりたい。」

おわりに:コミュニケーションの本質

この初日を振り返ると、
印象に残っているのは「言葉が通じなかったこと」ではない。

むしろ、言葉が分からないままでも、
関係が成立していく瞬間が何度もあったことだった。

初日は、何一つ思い描いていた通りには進まなかった。

ケアも、体操も、食事も、すべてが不完全なまま進んでいった。

それでも現場は止まらない。

コミュニケーションとは、言語だけで成立しているものではない。
そのことを、初日に強く実感した。

その日の夜、不安はとても大きかった。

言葉も、食べ物も、文化も、日本とはあまりにも違いすぎる。

「これから2年間やっていけるのだろうか」という気持ちが何度も頭をよぎった。

それでも、不思議とその不安だけでは終わらなかった。

これから始まる2年間への期待が、ほんの少しだけ上回っていた。

うまくできるかどうかは分からない。

まだ何も分からない。

何が正解なのかも分からない。

それでも翌日も私は、高齢者センターへ向かった。
この場所で、本当の試行錯誤が始まることになる。


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