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「動き出す「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」 本阿弥光悦・俵屋宗達 その三


光悦・宗達書画共演譚:「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」譚
 
■登場人物
本阿弥光悦     寛永の三筆、蒔絵・陶芸に優れ、華麗な桃山美術を生   
          みだす。
俵屋宗達      近世の謎の大画家、琳派と呼ばれる作風の楚を築く。
千小庵       千利休の没後、千家を再興した茶人。
井関妙持      西陣織の名家


第一幕 慶長12年(1602) 京東山:宗達の山居

 

“シューシュー  シューシュー” 釜の湯音が松籟の如く響いて心地よい。
 
ここは東山山麓の鄙びた山居の風情の茶室。客座には茶席の招きを受けた千小庵、本阿弥光悦、井関妙持の三名が悠然と端座し湯音に耳を傾けている。
 
手前座に着座した宗達は居ずまいを正し客に一礼する。
棗から竹のへらで茶をすくい、あらかじめ温めておいた茶碗に入れ、柄杓をかまえ釜から湯を汲み、茶碗に注ぎ濃茶を練った。
その一連の点前かろやかで美しい。
 
濃茶を千小庵に差し出す。
小庵は茶碗を左手で取り、右手を添えてだまって飲み干してから茶碗をジッと見つめた。
「これは光悦殿の作とお見受けするが」
「左様でございます」
「銘はなんと」
「“散らし”と申します」
「よく手になじみます」
「ありがとうございます」
光悦はこのところ新しい茶碗をつくりだそうと腐心をしていた、この茶碗もその一つ。
 
三名の客が茶を喫して心根が暖まったころを見計らい「膳をお持ちいたしましょう」と宗達は水屋に戻り料理と酒を運び入れた。
腹も膨れ酒がすすむにつれ、寛いだ雰囲気が座を包み始めた。
 
小庵は改めて宗達が手掛けた茶室を眺め感心した様子で頷く。
「寂とした素朴さの中に大胆な設えがあります …… 意を尽くされました」
「恐れ入ります」
 
古田織部(*1)好みの茶室は、三畳の客座と台目の点前座を配し、蒲の天井にあけた突き上げ窓が目を引く。
織部考案の軸をずらして配置した色紙窓しきしまど(*2)は外光を優しく取り入れて、客の五感をしきりに刺激する。
 
「織部様は …… わたくしが父(千利休)とは茶の湯の趣は異なりますが“古田様の茶の湯は人の意表をつきながらも俗にも下卑にも陥らず、何よりもひょうげて味がある”としきりに感心をしておりました」
 
利休は13年前の天正19年(1591年)、秀吉の勘気に触れ、激昂した秀吉から死を賜り自害した。以来小庵は、利休の茶の湯を絶やすまいと、侘び茶一筋に精進してきた。
その折々、古田織部の助が心の支えとなったことは言うまでもなく、そんな織部に親しみと敬慕の念を抱く小庵。
 
頃は小満、窓を開ければ東山三十六峰にあざやかな若葉がまばゆい。
庭の柿の若葉は、艶を放ってまばゆく輝き、鄙びた茶室に彩を添える。
 
酒がすすみ赤ら顔の妙持が光悦と宗達に尋ねる「ところで、和歌巻子|《かんす》本(*3)の合作を新たにつくられると聞き及びましたが」
顔に笑みを浮かべた宗達
「ありがたいことに、やんごとなきお方から三十六歌仙の和歌巻子本の御依頼をいただきました」
 
光悦は「宗達殿の絵は、目の肥えた見巧者達をも虜にしてしまったがために、お声がかかたのでございましょう」と愉快そうに笑う。
 
 このところ、平安王朝の艶冶で典雅な色彩を放ちながらも、力強く、生命力を放つ宗達の色紙、短冊、扇面などの調度や装飾料紙は、公家や寺社、町衆の憧憬を集め、俄然、注目を博し有力絵師として頭角を現しつつあった。
 
 戦乱を治め全国を統一した秀吉治世の京は、待ちかねたように自由な気分が横溢している。京には時代を超えて典雅、幽玄といった高踏的な平安王朝の美意識が通底するが、この時期、町衆は平安王朝の美に眼差しを向けながら、戦乱の余燼冷めやらぬためか、生命力あふれる力強い表現を求めた。
 
宗達は金銀泥の新しい魅力を提案した。
和歌や詩を書く料紙への金銀泥の典雅な下絵は平安王朝まで遡る、その時代の金銀泥絵(*4)はもっぱら細い線によって描かれていた。
 
宗達はその細い線を押し広げ、面の広がりによって描く金銀泥絵を提案した。この描法は金・銀の輝きをより大胆に華やかに放ち、その斬新で洗練された感覚は京を刺激し町衆を魅了していった。
 
─たらしこみ
「ほんに、目利きの町衆の間でも評判でございます。宗達殿の絵は雅でありながら、おおらかさがございます。それにあの金銀泥をたっぷり使った、たゆたゆした滲みは面白おすな」
 
その言葉を聞いて宗達は身を乗り出す。
「よいとお感じになられましたか? そう思っていただけたなら、わたしの創意も成就した思いでございます」
「わたしは、かねがね、水墨画の“たらし込み”技法を金銀泥で試みてみたいと思うておりました」
「そこで、四季草花下絵古今集和歌巻(*5)の下絵で試したところ、ことのほか面白き表情に仕上げることができたと思うておりました。それゆえ!嬉しゅうございます」
 
 事の成り行きをずっと見守っていきた光悦、宗達の創意工夫が実ったことに賛辞を惜しまない。
「まこと。 宗達殿は金銀泥絵の新しい画境を拓かれましたな!」
「過分なお言葉恐れ入ります」
宗達は光悦の審美眼には絶対の信頼を寄せており、光悦の賛辞に顔をほころばせる。
 
「それゆえに、書と絵が響き合うような、行書と草書を織り交ぜ、書の太さや強弱、濃淡、勢いを随分と思案致しました」
四季草花下絵古今集和歌巻で書の揮毫に腐心したことを懐かしんで目を細める光悦。
 
─散らし書き
酒が進み口がさらに緩む妙持。
「光悦殿、あの書も又、ひょうげて面白おすな …… “散らし書き“といわはるとお聞きしましたが」
 
「左様! 昨今の書は、儀礼に傾き硬直して謹厳に陥いってしまったと感じておりました、いわば生気を失った状態。 “散らし書き”は書に生気を取り戻そうと考案したものでございます」
 
先程から静かに三者の話に耳を傾けていた庵、光悦の言葉が琴線に触れた様子で光悦に語り掛ける。
「光悦殿の“散らし書き“は侘茶に通じる心があるとみました」
 
小庵の言葉は光悦の心に素直に溶けてゆく。
 
「兼好法師は”万の事、ことのとゝのほたるはあしき事なり。しのこしたるを、さて打ち置きたるは、面白く、生き延ぶるわざ也“と申しましたが、さてさて、いびつ、ゆがみ、不揃いの内にこそ余情を感じ、心を自在に遊ばせることができると思うております」
 
利休の道を精進しながらも、自分らしい道をと探し求めてきた、その道が形になってきたという自負に裏打ちされた小庵の炯眼ある指摘に教えられた思いの光悦。
小庵の言葉に感謝し一礼する。
 
「我ら同朋衆の間でも、四季草花下絵古今集和歌巻はまっこと秀逸だと評判でございます」
「お褒めの言葉恐れ入ります。何やら面映ゆい気持ちでございます」
 
「恐縮するには及びません、ご両人の才気がぶつかり合い、響き合って時代を切り拓いた調度品、だからこそ京の耳目を集めるのでございます」
 
「お二人とも、美への執着が枯れることがありませぬ…… いや、常々、時代を超えて咲き続ける美を見出そうと心を砕いている …… うらやましく思いながらも、呆れております」
そう言って愉快そうに笑う妙持。 
互いに顔を見合わせる光悦と宗達。苦笑いする小庵。
 
 しばらくの四方山話で腹も満たされたころ、水屋から戻った宗達が声をかける。
「薄茶などいかがでしょう」
 
茶室に風がそよぐ。宗達の声は湯音と共に、鄙びた茶室の土壁に吸い込まれていく …… 。
 
To be continued



(*1)古田織部 
古田重然(ふるた しげなり) 天文12年(1543年)〜慶長20年(1615年)
戦国時代から江戸時代初期にかけての武将、大名、茶人、芸術家。 Wikipedia
(*2)色紙窓(しきしまど)
:窓の形状による名称のひとつで、ふたつの窓を中心軸をずらして上下に配置した窓のこと。 伝統木造建築辞典 井上書院
(*3)巻子本:日本の伝統的な製本法。巻子装は巻物の形式。  Wikipedia 
(*4)金銀泥絵:金銀泥を膠(にかわ)を溶いたものにまぜて描いた絵。  Wikipedia
(*5)四季草花下絵古今和歌集巻 
書:本阿弥光悦 下絵:俵屋宗達木版下絵《草花摺絵新古今集和歌巻》東京富士美術館蔵 「東京富士美術館収蔵品データベース」収録
 

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