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道⑥

前回の話

彼女は私が誰だか知らないと言った。本当かどうかは分からない。昨日の事情を説明した。居酒屋で働いているのを知ってること、そこに通ってたこと。彼女はタバコを吸いながら興味なさそうに話を聞いていた。

もう少し泊めてくれと言ってそのまま3日間いた。意味が分からない。心臓はバクバクだ。知らないのだ。こういうときにどうするのかを。

きっと事情があるのだろうが、それを聞いても何も言えることなんかない。だから何も聞かなかった。

後になって聞いたことがあるが、「事情なんかない。帰るのが面倒くさかったんじゃない」と言っていた。これも本当かどうか分からないが。

いわゆる恋愛のような関係にはならなかった。当たり前だ、この状況でそうなるわけがない。でもそれでよかった。たまに酔っぱらってウチに来て、死んだように眠るか、ゲームをしたりするぐらいだ。

合鍵を渡した。このころ初めて携帯電話を持った。

正直、好かれているとは思っていた。
それだけで充分だ。


何かいい方向に向かってるように思うかもしれないが、私はこの頃、壊れ始めていた。

辛かったホームレスの頃を、懐かしく思うようになっていた。変な話だ。
寒くて寂しくて怖くて逃げる場所もなかったあの生活を呪っていたはずなのに。

よく考えることがあった。中学の同級生は今何をしてるのかと。楽しい高校生活を終えて今は大学生か?就職してる奴もいるかもしれない。結婚してる奴もいるかも。

自分はどうだ、自分で決めた道から逃げ出して、拾ったパンを食べていた。今いったいなんのために生きているのか。焦りや不安。いやもっと重い何かがいつも頭にある気がしていた。


ある日、バイト中に呼吸が苦しくなった。息ができない。ぐるぐる目が回る。体に力が入らず立っていられない。一瞬死の恐怖が頭をよぎって、たまらず外に出た。

これがなんだったのかを知るのは、何年も経ってからになる。パニック障害というやつだと思う。いや、実際にそうだったのかは分からない。結局、病院で診断を受ることはなかったから。何年か経ってテレビで芸人さんがこれと似た症状で苦しんでいた話を観た。だから勝手にそう思っている。

最初の症状が出てからは凄いスピードで悪化していった。毎日毎日、発作が襲ってくる。今ならネットで調べて何かしらの対策もできそうだが、そういう時代でもない。病院に行くという発想はそもそもなかった。幼稚で恥ずかしいが、私はこれを「死の病」と呼んでいた。

存在しない「死の病」との闘いが始まった。


16歳で母親に家を建てるために大工になった。そこから逃げ出してホームレスになった男が、落ち武者に誘われて路上ミュージシャンになった。詐欺師のような活動が始まり、将来の妻と出会った。落ち武者は去り、孤独の中、ヤの者が現れた。なぜか手にしたお金でアパートを借りてホームレスを脱した。素敵な死体が生き返って合鍵を渡したら、死の病に侵された。

つづく


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