令和人文主義をめぐる雑感(続き)
自分のnote記事にしてはわりと読まれているみたいなので、続きを書く。令和人文主義的風潮を批判しても何にもならない。重要なのは、それをいかにしてやり過ごすか、いかにして惑わされないでいるか、である。
その際は、この著書をまずは読むべきである。
この本の主張は、夏目漱石の『三四郎』に出てくる与次郎の言動と行動パターンが戦後日本に知的状況において反復されている、というものである。実際、今回の騒動を横目でみつつ思うのは、本当にそのとおりだ、ということだ。たとえば与次郎は次のようなことを言っている。
今の思想界の中心に居て、その動揺のはげしい有様を目撃しながら、考えのあるものが知らん顔をしていられるものか。実際今日の文権は吾々青年の手にあるんだから、一言でも半句でも進んで云えるだけ云わなければ損じゃないか。
ところで、こういうイベントがあることを知った。
第二部(16:30~)
— 大阪Loft PlusOne West (@PLUSONEWEST) November 26, 2025
「人文知の流通とメディア:大学の知を家庭へ、職場へ。知の伝達経路を考える」
登壇:川口あい、水野太貴、渡辺祐真、谷川嘉浩(モデレーター)
第三部(19:00~)
「令和人文主義とは何か? 人文知を再起動するためにできること」
登壇:三宅香帆、渡辺祐真、朱喜哲、谷川嘉浩 他 pic.twitter.com/LunN0p2OVi
知の伝達、流通を考えることとか、知の社会的効用といった側面への関心が高まっているということで、それをめぐって議論するのだろうか。たしかに、そのようなことに関しては、出版不況や、文系学部の縮小といった状況もあり、今後ますますシビアになると思われる。
だが、それに加えて肝心なのは、知の生産、知の生産の条件を考えることであり、また、その成果物の内容、価値を考えることではないか。生産物の質の維持・向上を欠いた状態で知の伝達・流通を整えるのは、本末転倒である。
知的生産物の独自性は、第一に、argumentにある。私はそれを、阿部幸大氏の著書「まったく新しいアカデミック・ライティングの教科書」を読むこと
で気付かされた。
もしかしたら自分もそれができていないのかもしれないと思い、それ以来、ずっと自己反省を繰り返しつつ、英語で文章を書くことに没頭してきた。これは「令和人文主義」的なものに限らないのかもしれないが、argumentが欠落すると、そこで何かがどれだけ論じられてもただの祖述にしかならない。たくさんの本から、様々な断片が抜粋され、組み合わせれていくことでできていく著作の場合、それがargumentを欠落させると、ただの寄せ集めになる。ちなみに、「考察と批評は違います」といった文章は、学術的な意味でのargumenととは全く違うということが、阿部氏の著作に書かれているので、関心のある人はそちらを参照されたい。
また、知の流通過程を意識して書くと、それは消費者としての読者に向けて書くことになる。それもまた、知的生産物の独自性を損なうことになる。マスマーケティングを意識することと、自分の思考の独自性を明確にすることは、相反することだからである。そういうことは、前にドゥルーズが何かで書いていたはずだ。
とはいえ、知の流通に関しては、紙の書籍の出版以外の媒体をも含めて、それを考えることが求められる。Duke University Pressの編集者であるKen Wissoker氏はThe Future of the Book as a Media Projectという論考で興味深い議論を展開している。
それはともかく、知の生産の成果物は、論文であり、著作であることにかわりはない。紙で発表されるか、ウェブで発表されるか、ポッドキャストで話されるかの違いはあっても、その前提には、思考の産物としての論文や著作がなくてはならない。そして、論文、著作は、何らかの過程をへて、生産される。その過程で重要なのが、研究であり、さらに発表を通じた検証である。教育において重要な部分をなす「授業」も、その検証の一部とみなすこともできるだろう。
自分は最近は、川内倫子さんとのコラボレーションを試みるなど、自分なりに、新しい産物の生産を試みている。それは、写真に対する応答としてのテクストであり、しかも、日本語と英語の両方で書かれている。
また、英語で書くことも試みている。母国語で書かねばならないという想定自体、狭い。チャクラバルティも、母語はベンガル語であるが、母語でない言語である英語で書いている。英語で生産する過程においては、英語でやりとりすることが不可欠である。自分は2010年代半ばから、様々な人と英語でやりとりしている。メールも半分以上は英語で書いているし、ズームミーティングもそうである。そうしているとおのずと、様々な国の人たちが訪れてきて、英語での知的生産活動が活発化する。
そうするうちに、日本語で書くことに関しては、自分はあるていど役割を終えたと考えるようになった。ここ数年で、たとえば「平成」生まれ世代のアーティストたちには多少は読まれていることがわかってきたし、その人たちに何らかのヒントを与えることができていることがわかったので、まあこれでいいだろう、という気になった。のみならず、逆に自分がその人たちからヒントをもらうようにもなってきている。
だからまあ、自分もある程度の年齢になってきたし、知的生産能力にも限りはあるので、あとは英語で一冊かけたらそれでいい、という気になっている。
大学では、自分は総合生存学館という、新しい部局にいる。ただ、教員数が少なく、教員間のやりとりもあまりない。だから余計なことをあまり考えなくてもよいので、自分のところに来てくれた院生数名に対する指導をしつつ自分の研究をすることができている。ちなみに、関心のある学生にはぜひとも受験していただきたいのだが、その際は、下記の記事を読むことをおすすめする。
授業もいくつかやっているが、大学院横断科目としても提供しているので、様々な部局(建築、エネルギー、農学など、理工系が多いが、美学、人類学の人もいる)の学生がやってくる。自分はその授業を通じて学生と親しくなることがあり、また、学生同士の交流が始まることもあるらしい。その点では、大学の中に知の生産の現場を作ることが、かろうじてではあるがなんとかできている。指導も、要は論文という生産物を出すにあたって必要な最低限のことを指示し、随時コメントをするという簡素なものでしかない。その際に参考にしたのが阿部幸大氏の著書である。
生産過程。生産の現場、人文科学に関して言うと、まずは大学だろう。知の生産は発明であると考えるなら、最近ノーベル賞を受賞した先生方の経験も参考になる。また、文理を無理して区別する必要はなくなる。西田幾多郎がアインシュタインや量子力学、生物学に関心を持ちつつ哲学をやっていたというが、そう考えると、これからは日本の近代的学問の成立期をもう一度検証することが求められるのかもしれない。
さらに、生産の現場は、かならずしも大学に限定されない。ゲンロンなど、大学の外において、人文科学的知の生産を試みる場所がある。知の生産現場という観点を定めるなら、大学か、そうでないかの区別は、あまり重要ではなくなる(もちろん、生産現場をいかにして維持するかという観点(資金や設備、人員など)を定めるなら、その間に差異がないとは言えないのだが。)また、美術の現場も「創造」の場所と考えるなら、そこも生産現場として捉えることができる。前にレヴューしたナイル・ケティングの展示が、様々な人たちとの協働で成り立つ生産ネットワークの成果であるのは明らかで、そのようなところに、新しい知の生産の現場の兆しがあるのかもしれない。
ただ、自分がはたしてうまくやれているのかはわからない。もちろん、不安である。こんなことを書いていると余計不安になる。そういえば、ナイルのインタヴューに、「失敗しても変わっていけばいいし、常に成功し続けなきゃいけないわけでもない」という発言があった。
それを見ると、まあなんとかやっていくしかないかな?と思えるようになる。
