本格焼酎はクラフト焼酎へ①(全3回)
始めにはっきりしなきゃならないのは、これは国の決まりを変えてやろうとか蔵元や酒販店も正式にそうしてくれとかラベルに表記してよとか、そういう大それた意図をもって提唱するものではないということ。本格焼酎がこれからも呑まれ続けて発展していくため、税法上の呼称にこだわることなく広く認知され愛されていくことをただただ願うものです。本格焼酎と共に30年近く歩んできた居酒屋のオヤジの殴り書きってなところです。
ではいく
“本格”の畑を丁寧に耕してきた人ほどこの呼称には抵抗があるんだろうという予感で対面とSNSでアンケートを取ったんだけど、意外なことに日の浅い飲み手・売り手でも“クラフト”呼称に肯定的な意見は“どっちでもいい”“興味ない”を含め圧倒的少数だった。
そうなると天邪鬼よろしく燃えてくるわけで。
クラフト焼酎という呼称を推し進める理由は3つ。長くなりそうなので3回に分けて書きますか。
①“クラフト”呼称は市民権を得た
ブレイクスルーまでいかない本格焼酎は
クラフトビールを始めとしたクラフト呼称
ブームに乗るべし
②時代にミスマッチな “オヂ感” をアプデ
小難しい雰囲気がライトユーザーの壁に
なっている?
勇気ある温故知新
③ルールからこぼれ落ちる銘柄にこそ漂うクラフトの気概
同じ造りなのに本格焼酎を名乗れない
ジレンマの救済とスーパースター・芋焼酎
への挑戦
キンミヤはキンミヤ
①“クラフト”呼称は市民権を得た
クラフトビール
クラフトウイスキー
クラフトサケ
クラフトジン
クラフトコーラ、サイダー、コーヒー、
チョコレート、、、いやキリないわ
“クラフト”は大量生産大量消費に対するアンチテーゼ
クラフトビールは第3次ブームと言われているけど、“地ビール”と呼ばれていた時代は一部のコア層以外にはお土産ビールもしくは旅行先のビール工房で数年に一回見かける程度のものでしかなかった。(当事者の皆様、悪意はありませんのでお氣を確かに。)
その昔、我が街ヨコスカの地ビールも岩手が製造元だったのには新喜劇バリにズッコケたし。
そんな地ビールも“クラフト”へと華麗に転身を遂げたことで、この飲酒率の低い現代でついに市民権を得た。ビールのポジションを完全に変えたのはさることながら、大手ビール企業と居酒屋チェーンが結託して刷り込んだ金額の概念をぶち壊してくれた功績は多大だ。ジンやコーラがそれに追随しているのは言うまでもない。
クラフトマンシップの浸透
焼酎蔵もそのクラフトマンシップに基づきウイスキーやジンを造り、クラフトコーラとコラボする蔵もあったりする。
ノンアルコールでも製菓でも“クラフト”と名乗ることで「人の手で原料や製造方法にこだわって造られたモノ」という認識を自然と得ている。もちろん原始的な手作業でのみ造られているモノという意味ではない。機械化されている工程はあるがそれは人の手でも機械でも変わらない部分を効率化するためだろう。
なんて定義をしなくてももはや“クラフト”というワードには「人・心・魂」のような温度と湿度のある文字が浮かぶ。
これはクラフト、これはクラフトじゃない、なんていう区別をしたいんじゃないのは分かって欲しい。
クラフトラーメン、クラフトパン、クラフトケーキ、そんなら野菜も米もクラフト、昔ながらの大工が建てたらクラフト住宅、手作業で処理された樺太ししゃもはクラフトカラフトシシャモ、、よくわからんがそういうことだ(なにが)
“クラフト”という呼び方によって生産者に光が当たって新たな知識や需要が産まれているのは事実。
(長年クラフトサケウィークを主催するあの人の功績も大きいな、と思うけど六本木には詳しくないので黙っておこ。)
この流れにイッチョカミさせていただくには本格焼酎も“クラフト”の仲間入りをして華麗に転身を遂げるのが吉ではなかろうか。
流れに取り残されつつある本格焼酎
いま本格焼酎がキテいる、メディアでも取り上げられて流行っている、と業界内では言われているみたいだけどホントにそうだろうか。
ただのエコーチェンバーになっちゃいないか。
いやなっててもいいんだ。ただ香り系ソーダていうニューカマーがなりふり構わず牽引しているのに周りが今までと同じアプローチをしていていいのか。認めないのは結構だが拒絶することに何の意味がある?紙媒体の影響力とかは置いといて、やっと業界外のカルチャー誌なんかが取り上げてくれている時に業界内にその機会を最大限に活かせる準備は整っているのか。どこかでいつか見たような記事になってるのはメディアじゃなくてこっちの問題なんじゃないのか。古の焼酎ブームのまま思考停止していないか。
そんな話を②で→→→
三軒酎屋もそんな話してるんで良かったら読んでみてね
