なぜ“同じ話”を聞いても、変わる人と変わらない人がいるのか?──山下達郎の一言で見える「誰に届けるか」の本質
あなたは音楽を聴く時、
音質までこだわって聴きたい人ですか?
それとも、乗れる音楽が聴けたらいいタイプですか?
先日、入口設計として、
ドラクエとオーケストラの違いについて書きました。
※こちら👇
👉なぜ“すごい人”ほど伝わらないのか?──ドラクエとオーケストラでわかる「入口設計」の話
それで「こだわり」について考えていたんです。
その時、山下達郎さんのラジオが流れていました。
冒頭で
「本日も、最高の音質で音楽をお届けします」
っておっしゃっていたんです。
どうやら配信機器にこだわって、
音楽を届けているらしい。
ここから、再度発信について考えさせられました。
正直言うと、私は音楽にこだわりがあるタイプではありません。
日常的に音楽を聴くこともないし、
好きなアーティストも音楽も特にありません。
だから最初は、
あの冒頭のメッセージを聴いて、
「へー、ラジオでそんな違いあるのかな」
くらいに思ってしまいました。
けど、あのメッセージは、
すごく象徴的だなと感じました。
「ちゃんと聴きたい人に向けて届けています」
という、静かな意思表示。
ただ音楽を流しているんじゃなくて、
“誰に届けているかを決めている”
音楽って、
軽く楽しめればいい人もいるし、
細かい音質までこだわって聴きたい人もいる。
どっちが正しいとか、どっちが上とかではなくて、
ただ“求めているものが違う”だけ。
私も音楽に関しては、特別こだわりはありません。
けど、音楽家の友人みたいなタイプからすると、
ちょっとした差でも気になってしまう人もいる。
これって、発信も同じだと思うんです。
世の中には色んな悩みが溢れているし、
悩みに対する解決方法も溢れている。
その中で、
その場が少し楽になればいい人もいるし、
とりあえず気分が上がればいい人もいる。
それも全然いい。
でも一方で、
・ちゃんと自分と向き合いたい人
・根本から変わりたい人
・同じところを何度も繰り返したくない人
も、確実にいる。
私が届けているのは、こちらの人たちです。
だから正直、
軽く読んでスッキリするような内容ではないことが多いです。
今まで、
「読んで痛い」
「強すぎる」
「ちょっと怖い」
「正直よくわからない」
それでも、
なぜかスルーできない。
と言われることもありました。
それは、
見たくなかったものが見えることもあるし、
一度気づくと、前に戻れなくなることもあるから。
だからこそ、
「やっと出会えた」と思う人もいるし、
「これじゃないと抜けられなかった」と感じる人もいる。
だから私はこういう人たちの為に届けていきたい。
冒頭の山下達郎さんのメッセージを聴いた後も、
そのままラジオを流していました。
低音で、身体全体に響いてくる。
一瞬でその音楽の世界に没入できる。
音楽に興味が薄い私ですら、
「これが上質な音楽なんだ」
と、心地よく音楽に酔うことができました。
興味がなくても、
そうやって届け続けている人がいるから、
貴重な経験・体験ができる。
新たな気づきがある。
私も同じように、
人を酔わせる文章のメロディーを届けていきたいと思いました。
(なんせ、度数高めの原液の世界)

音楽も同じで、
軽く楽しむこともできるし、
深く聴き込むこともできる。
どこまで入るかは、自由。
ただ、
どこに向けて作っているかは、決めている。
それだけの話です。
もし今、
・なんとなく同じことを繰り返している
・考えているのに進んでいる感じがしない
・その場は楽になるけど、また戻る
そんな感覚があるなら、
それは“努力不足”ではなく、
“見ている構造”の問題かもしれません。
軽さが合う人もいる。
でも、
深さを求める人も、確実にいる。
私は、その人たちに届けています。
満たされない人に足りないのは、もっと頑張ることじゃない。AI時代の不安も、
繰り返す疲れも、
消えない「これでいいのか」も。
ちゃんと考えているのに、
なぜか進まない。
それ全部、同じ一つのズレから来てる。
気になるものを1つだけ👇
👉なんか満たされない人へ
🪞それでもまだ引っかかるとき
「分かるのに、変わらない」
そう感じるなら、
一緒に見てみませんか。
その感覚には、
理由があるから。
