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よすがの銀河系│短編小説


「見たんです、本屋大賞」
 初めて会った日、彼女は頬を上気させ、弾んだ声でそう言った。

 それまで小説をあまり読んだことがなかったのに、店先に積まれた本の山になんとなく手を伸ばしたらしい。手に取った一冊をあっという間に読み終えた彼女は、気になった小説を片っ端から読んでいったそうだ。小説の世界にどっぷり浸かって満足していたのも束の間、自分も何か書いてみたいという思いがむくむくと膨らみ──彼女がその魅力の虜になるのに時間はかからなかった。
 小説の作り方をきちんと学ぼう。そう考えた彼女は、そういったことを学べる場所を探し始めた。
 いまや、ネットをさらえばそんな場所はすぐに見つかる。だから、彼女が私の管理する小説指南教室に行き当たったのは、偶然以外の何物でもない。

 指南教室と言っても、私が四十歳の頃当時交流のあった創作仲間に背を押されて立ち上げた、オンラインの同好会のようなものだ。若い頃に何度か小説を出版した実績のおかげか、会員の流動こそあれ、十数年近く活動し続けられている。会員が月々負担する会費は、コラムやエッセイの仕事で得られる収入と両立する形で、私の生活を支える一部となっている。
 お金をもらっている手前、私の持つノウハウや知識を伝達する場を定期的に設け、有志によるオフ会のような集まりも開催している。だが基本的には、読書が好き・書く事が好き、そういう者同士が集まって楽しく会を盛り上げているような団体だった。

 彼女は素直で礼儀正しく、古参の会員たちの間にすんなり溶け込んでいった。熱心に教えを請い、親ほども年が離れているだろう、私のようなおじさんをも師と仰いだ。
 一度、彼女がいくつか書いた短編のうちの一つを読ませてもらったことがある。荒削りで、書きたい気持ちが前面に押し出されてはいたが、素地は良かった。語彙や表現の幅、構成の仕方といったものは、あとからいくらでも補強できるものだ。私は彼女の文章に光るものを見た。


「他の方が薦めてくださる本、どれも面白いのですが、どうも自分がただ漫然と読んでいるだけのような気がするんです」
 一度、彼女からそんな相談を持ちかけられた。今の読み方は、娯楽の域を出ていないような、漠然とした不安があるのだと彼女は言う。
 私は、その読み方も大切だと答えつつ、ひとつ付け加えた。
「自分が同じ場面を表現するとしたらどう書くか、人物の作り込み、物語のテンポ、軸となるテーマとエピソード・・・そういうものを細分化して分析するつもりで読んでみてはどうかな」
 その時、彼女の中で何かがクリアになったのだろう。「なるほど」とつぶやいた彼女の瞳は、清流のさらに上澄みをすくったかのごとく純粋な輝きを放っていた。

 ある時のオフ会で、宇宙に関わる書物を彼女が熱心に読んでいるのを目にした。私が声をかけると、その分野の知識を深めているところなのだと、彼女は嬉々として語ってくれた。
「今まで興味の薄かったものもたくさん自分の中に取り入れて、創作の土壌を豊かにしたくて。そうしていつか、私にしか書けないものを世の中に届けたいんです」
 太陽を中心としていくつもの惑星がその周りを巡っている図をそっと撫でながら、彼女ははにかんだ。
 私はその時確信した。
 彼女は、物語を生み出して楽しむだけではない、もっと先の世界と繋がることを求めている。単なる創造者ではなく、表現者になることを彼女は望んでいるのだ、と。そして彼女には、そうなれるだけの才能センスがある。

 才能のある者が、ひとたびその楽しさにのめり込んでしまったら・・・それは、私がこの仕事で食べていくと決めた時から恐れていたことだ。
 私には、自分がそちら側の人間だという実感もない代わりに、そうでないと潔く諦める勇気もない。こうして後進の育成に力を入れている風を装いながら、風に乗って運ばれる綿毛のように、いまだ我が身が地面に降り立っていないことに安堵する日々を送っている。
 私は彼女の手元に目をやった。たとえるなら、この惑星のようなものだ。その周回軌道が太陽に近づくことは、きっとない。

 
 彼女は加入して一年も経たない内に、会員ではなくなった。
 商業デビューが決まったら脱退する──それが、この会に課されたルールの一つであるからだ。

 彼女以外にも、同じ理由で脱退していく者はいる。
 同様に、新しい会員も途切れずにやってくる。私は彼らに向かって、いつも最初に同じことを言うようにしている。
「創作活動に最も必要なこと、それは楽しむ心を持つことです」
 その先に続く言葉を、私は心の奥底に閉じ込める。そうする事が、私たちにとってのよすがになる。

 せめてもの救いは、彼女が最後に残した言葉だろうか。
「私たちのいる太陽系みたいな銀河が、この広い宇宙には、たっくさんあるんです!」
 彼女は初めて会った日と変わらない、屈託のない笑顔でそう言った。



(本文2,000字)
 「第二回すべて失われる者たち文芸賞」への応募作品です。
 2,000字に納めるのに苦労しましたが、めちゃ楽しかったです!
 花澤様、応募される皆様、よろしくお願いします。

#第二回すべて失われる者たち文芸賞


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