新・德川家康 ~遠州平定の巻~
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟』観ましたが、
德川家康の描き方が面白くない!
“家康公ファン・・・”なのでw
ちょっと走り書きしてみます。
上洛命令を黙殺し続ける越前・朝倉義景に対し、
手筈通り信長は越前征伐を計画、出師します。
時に元亀元年4月上旬。

帷幕につき従う柴田・丹羽・佐久間以下の
譜代の重臣、木下・明智・蜂須賀・竹中の新参組、
≪浜松の親類≫と呼んではばからない同盟軍の
德川家康率いる三河・遠江の精鋭約5千。
錚々たる軍勢は〆て3万4千。

織田信長との会盟【織德同盟】と云われます。
この同盟、信長が本能寺で斃れるまで
継続した大変稀有なもの。実態は岸信介内閣の
【日米・改訂安保条約】とよく似ています。
要は≪双務的≫である事。立場でいえば
織田が主で德川が従。

遠江を平定したばかりの德川家康・・・。
今川氏滅亡ののち、駿河は紆余曲折の後、
甲州・武田信玄の手中に収まりました。
乃ち、武田氏と敵対関係が始まるということ。
何しろ甲州・武田氏、帷幕には音に聞こえた
歴々の将星揃い。加えて釜無川の治水工事を
始めとした、その民治の巧みさや体制の
作り方は弱小国・甲斐を強国に仕上げた辣腕です。

ここはじっくり≪新領≫である遠江の経営に
専念したい家康とその家臣団。この遠州経営を
以って德川家も本拠は浜松、支城は長子・信康の
守る岡崎と体制が改めて確立され、
東旗頭・酒井左衛門尉忠次、
西旗頭:石川与七郎数正、
家康直属の旗本先手衆:本多忠勝、榊原康政、
大久保忠世ら家康側近で構成される≪3軍体制≫が
正式に発足したところ・・・。
しかしこの体制、不具合もありました。この場合の
旗頭とは株式会社でいうところの≪株主≫の
ようなものと考えていいでしょう。ということは
代表取締役である家康の持ち株が1/3しかない
という事になります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ この点を誰よりも憂えていたのが、他ならぬ
西旗頭:石川与七郎数正だったのです。

「Hikaru's réputation1」、
最後までおつきあい、ありがとうございました。
ちょっと走り書き・・・w
次回もどうぞお楽しみに!
— Hikaru
