写真する主体へ:撮る/撮られる/撮らされる/撮れちゃう――『日本写真史(上・下)』はじめにだけ読む(#18)
口上
「はじめに/序章だけ読む」シリーズを続けます。新しい本を買う前に、積読の山から“導入部だけ”拾い読みして、いまの自分の〈行為主体性〉=エージェンシーの地図を更新するためです。
ここまで、(1)モノ/技術が主体を動かす話(ANT/STS)、(2)人間そのものが更新される話(ポストヒューマン/存在論/身体)、(3)共同体と欲望(社会のなかの主体)を歩いてきました。
次はいよいよ IV. 写真する主体 へ。撮る/撮られる/撮らされる/撮れちゃう——この“ズレ”のなかで、写真は「見たものの記録」を超えて、社会のふるまいを組み替える装置になってきた。
第2回(#18)は鳥原学『日本写真史(上・下)』の「はじめに」。ここから、日本写真を「作品」だけでなく「写真環境(技術・メディア・制度・市場・生活)」として捉える地図を受け取る。
書誌と作者紹介
書誌
鳥原学『日本写真史(上)幕末維新から高度成長期まで』(中公新書) (中央公論新社)
鳥原学『日本写真史(下)安定成長期から3・11後まで』(中公新書) (中央公論新社)
ISBN(奥付情報):上=ISBN978-4-12-102247-9/下=ISBN978-4-12-102248-6
著者(鳥原学)
写真評論家。写真史・写真文化を、作品論だけでなく「写真を取り巻く環境の変遷」から追う立場で執筆・教育・展示企画などにも関わる、と紹介されています。 (筑摩書房)
「はじめに」要約(テキストを尊重して)
1) 技術革新は「撮り方」だけでなく「社会的役割」を作り替える
はじめにはまず、写真の社会的役割が、技術革新(とそれが可能にする実践)と結びついて更新されてきた、という視点が置かれます。たとえば1920〜30年代、小型高性能カメラ(ライカ等)によってスナップショットが流行し、屋内外のさまざまな場所へカメラが持ち込まれ、「瞬間のイメージ」を記録する文化が広がった——という導入です。
2) 写真は「編集・印刷・レイアウト」と結びついて“報道の論理”を獲得する
スナップ文化は、編集・レイアウトや出版技術の進歩と結びつき、フォトジャーナリズム(報道写真)を加速させる。ここで概念化されるのは「事実を客観的に描写し、社会をよりよい方向に導く」という論理。けれど、その論理もまた社会の状況に応じて批判され、更新されていく——という“概念の歴史”として写真史を見る姿勢が示されます。
3) 戦後〜高度成長期:リアリズムから主観へ、共同体から個へ
1950年代には土門拳のリアリズム(+アメリカからの影響)を一つの節目として、写真の「正しさ」や「社会との関係」が再編される。60年代には、ナショナル/民族的な意識から、より個人的・主観的な方向へと写真表現が傾いていく。背景には、伝統的な共同体の解体や都市化など、社会構造の変化がある——と「はじめに」は整理します。
4) 70年代〜:広告・ファッション、90年代〜:デジタルとネットが写真を“生活のインフラ”にする
70年代には広告・ファッションの写真が大きく立ち上がり、写真は「表現」だけでなく「消費社会の言語」としても拡張する。さらに90年代半ば以降、デジタル化とインターネットが、写真を世界規模で日常化・私事化し、共有の形式を増殖させる(=写真の性質そのものを変える)。 ()
5) それでも「芸術としての写真」は強くなる――この二重性をどう説明するか
写真が一般化・分散化していく一方で、写真の芸術的価値は世界的に確立し、日本でも美術館・ギャラリー・市場・学術が評価を駆動する。“誰でも撮れる写真” と “希少な芸術写真” の相関をどう捉えるか——これが「はじめに」が提示する大きな問いで、以降の叙述の背骨になります。
6) 章立て予告(上下巻の射程)
「はじめに」は各章の狙いを、だいたい次のように予告します(※ここが上下巻を一冊として読む時の“地図”になる)。
序章:写真の渡来〜近代国家形成のなかで、写真が社会の仕組みに組み込まれていく過程
第1章:大正期以降、印刷メディアの拡大とともに、報道写真が「国家の目」になっていく過程
第2章:敗戦後、戦時協力を含む写真家たちが主体を立て直し、戦後感性が新しい表現を生む過程
第3章:60年代〜高度成長期、既存メディアから自立しようとする若い写真家たちの動き
第4章(下巻):消費社会とヴィジュアル雑誌の時代、写真の黄金期(例:『an・an』、『写楽』、『写真時代』、『FOCUS』など) (中央公論新社)
第5章(下巻):90年代半ば以降のデジタルの衝撃と、表現・制度・歴史叙述の再編 (中央公論新社)
終章(下巻):日本写真のグローバル再評価と、3・11以後の射程
どのように写真の歴史は語られているか(この本の“語り口”)
この『日本写真史』は、ありがちな「天才写真家列伝」や「名作中心の美術史」に寄りすぎず、むしろ——
技術(カメラの小型化/デジタル化)
メディア(雑誌・新聞・出版、編集とレイアウト)
制度(検閲、戦争、占領、美術館、教育)
市場(写真集、展覧会、コレクション)
生活(スナップ、私写真、共有、日常化)
——の絡み目として、写真史を語ろうとする。つまり「写真=像」ではなく、「写真=像を生み、流通させ、信じさせる“写真環境”」として歴史化するタイプの本です。
未読者向けオーバービュー(令和人文主義者向けに)
この上下巻は、写真を「芸術」か「記録」かで二分しない代わりに、こういう読み方が刺さります。
写真を“主体”の問題として読む:撮る主体/撮られる主体/撮らされる主体/撮れちゃう主体が、各時代のメディア・制度・技術によってどう形づくられたか。
共同体→個人、国家→市場、フィルム→ネットという軸で、写真の「リアル」の条件がどう変わったかを追う。 (中央公論新社)
令和人文主義的には、**「教養=作品鑑賞の知識」より、「社会の装置としての写真を読む力」**を育てる本として機能する。
論点整理(ここから考えが立ち上がる)
技術革新は、表現を変える以前に「写真の社会的役割」を変える。
報道写真は「客観性」の論理を作ったが、その論理も社会によって更新される。
戦争・占領・検閲は、写真の“真実”をめぐる制度そのものを作り替える(=写真史は政治史でもある)。 (中央公論新社
)
高度成長期は、写真の「公」から「私」への移動(リアリズム→主観/私写真)が際立つ。
70年代以降、広告・ファッション・雑誌が写真の主要な舞台になる(=消費社会の言語化)。 (中央公論新社)
90年代半ば以降、デジタルとネットは「150年に及ぶ写真史を一新」する規模で写真の性質を変える。 (中央公論新社)
写真の大衆化/分散化と、芸術写真の希少性・市場価値の強化は、同時に起きる(この相関を説明できるか)。
“日本写真”というアイデンティティは、国内史だけでなくグローバル再評価の文脈で再構成される。
用語解説(最小セット)
スナップショット:小型カメラの普及で、日常の場にカメラが持ち込まれ「瞬間」を切り取る実践。
フォトジャーナリズム(報道写真):編集・出版技術と結びつき、「客観的事実」を提示する写真の制度。
リアリズム写真:戦後日本で社会問題を追及する潮流(はじめにでは土門拳が節点として言及)。
私写真:国家・社会の大きな物語より、個の生活や関係性に根ざす写真。
写真環境:技術・メディア・制度・市場・生活の束として写真を捉える見方(この本の基調)。 (筑摩書房)
ヴィジュアル雑誌:70年代以降、写真の流通と欲望を加速した媒体群(『an・an』等)。 (中央公論新社)
デジタル化:撮影・複製・共有のコストを激減させ、写真の生活インフラ化を進めた変化。 (中央公論新社)
グローバル再評価:日本写真が海外の展覧会・市場・研究で再編成される動き(終章の主題)。
批判分析(フェアに見る)
強み
**「写真=社会的装置」**としての視点が強く、技術・メディア・制度の結び目で写真史を描こうとするため、作品鑑賞に閉じない“使える歴史”になる。
上巻だけでも「輸入→メディア拡大→戦争のプロパガンダ→占領期→リアリズム→私的テーマへ」と、写真が社会に効いていく筋が掴める。 (中央公論新社)
下巻は、雑誌と消費社会、写真の黄金期、デジタルの衝撃を、写真文化の条件としてまとめてくれる。 (中央公論新社)
注意点(限界になりうるところ)
「写真環境」中心の語りは強い一方で、読者によっては「個別作家の作品読解(美学・形式分析)」が物足りないと感じる可能性がある(=どこに照準を置く本かを自覚して読む必要)。 (筑摩書房)
叙述が“日本写真のアイデンティティ”へ向かうぶん、植民地・越境・周縁(誰が撮れて/誰が撮られたか)をもっと前面化したい読者には補助線が要る。
「デジタル化」の衝撃は扱うが、SNS以後〜生成AI以後(真正性・アウラ・合成の常態化)までを本格的に読むには、続きの読書が必要(本書の刊行年代的に当然の射程外)。 (中央公論新社)
#18のあなた向け 「次の問い」(エージェンシー接続)
撮る/撮られる/撮らされる/撮れちゃう、を時代ごとの“写真環境”の違いとして並べると何が見える?(例:戦時=撮らされる、雑誌黄金期=撮られるが商品化される、デジタル=撮れちゃうが常態化、など)
参考文献(参考文献リスト形式)
鳥原学『日本写真史(上)幕末維新から高度成長期まで』中央公論新社(中公新書), 2013. (中央公論新社)
鳥原学『日本写真史(下)安定成長期から3・11後まで』中央公論新社(中公新書), 2013. (中央公論新社)
中央公論新社「日本写真史(上)」書誌・内容紹介ページ. (中央公論新社)
中央公論新社「日本写真史(下)」書誌・内容紹介ページ. (中央公論新社)
筑摩書房『教養としての写真全史』著者プロフィール(鳥原学). (筑摩書房)
-(補助)Bird’s Inc. 鳥原学プロフィール. (Birds Inc.)
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