「柔よく剛を制す」に学ぶ 変化の時代を生き抜く力 #164
武道の世界で、よく掲げられる言葉に「心技体」があります。
これは、勝負を左右する大きな要素を表したものです。
まず大前提となるのは、健やかな身体があること。
その上で、相手や状況に対応する技術があり、最後に、それらを支える強い心や精神力があります。
「何が一番大切なのか」というよりも、心・技・体のどれもが重要であり、その時々の状況に応じて、最適なバランスを保つことが大切だと言われています。
■ 体の強さだけでは、勝ち続けられない
少年柔道の指導をしていた頃、ある選手がいました。
小学低学年にもかかわらず、高学年と見間違えるほど大きな身体を持った子です。
大会に出れば、その体格を活かして勝ち続けました。
一方で、私は基本となる技の大切さを伝え、繰り返し練習するよう指導していました。しかし、その子はなかなか本気で取り組もうとはしません。
おそらく、努力をしなくても結果を出せてしまうことへの驕りがあったのだと思います。
ところが、学年が上がるにつれて状況は変わりました。
同級生たちも成長し、身体が大きくなり、力も強くなっていきます。
すると、それまで圧倒的だった彼は、次第に勝てなくなっていきました。
身体的な優位性は、いつまでも続くものではありません。
■ 柔よく剛を制す
柔道には「柔よく剛を制す」という有名な言葉があります。
これは、古代中国の思想を基にした『三略』に由来するとされる言葉です。
その意味は、「柔軟でしなやかなものが、その特性を活かして、かえって強く硬いものを制することができる」というものです。
この言葉は、柔道の本質を表すものとして広く知られるようになりました。
柔道の創始者である嘉納治五郎師範は、柔道普及のため海外で活動していた際、自分よりはるかに大きな外国人を相手に、技によって投げる実演を行ったと言われています。
その姿は、まさに「柔よく剛を制す」を体現するものだと高く評価されたと言われます。

■力に対抗するのではなく、力を活かす
もちろん、勝負において体力が大きな要素であることは間違いありません。
体格や力の差があれば、正面からぶつかった場合、強い者が有利になるのは当然です。
しかし、柔道には相手の力を利用する考え方があります。
柳が風を受け流すように、相手の力を真正面から受け止めるのではなく、崩し、いなし、流れを変える。
力の弱い者が強い相手に挑むには、相手と同じ土俵で力比べをするのではなく、相手の力を活かす技術と、不必要な争いを避ける精神が必要になります。
ただし、ここで誤解してはいけません。
「小さい身体=弱い」ということではありません。
「柔よく剛を制す」を実現するためには、確かな技術を支える身体づくりが必要です。
小さな身体には、小さな身体なりの鍛錬があります。
そして、大きな相手に向かって技を仕掛けるには、技術だけではなく、恐怖を乗り越える精神力も必要です。
技を支える体力。
体力を支える精神力。
それらが備わってこそ、「柔よく剛を制す」は実現できるのだと思います。
■ 変化の時代に必要な「柔」の力
現代は、VUCA時代と呼ばれるように、変化が激しく、先を読むことが難しい環境になっています。
社会情勢、仕事、人間関係。
私たちを取り巻く環境は、常に変化しています。
このような時代に必要なのは、何でも真正面からぶつかる強さだけではないのではないでしょうか。
柔道には「自然体(しぜんたい)」という姿勢があります。
嘉納治五郎師範は、自然体を「心身の力みをなくし、最も安定して自由に動ける姿勢」と説かれました。
これは、単に楽に立つことではありません。
相手の攻撃にも、自分からの働きかけにも対応できる、合理的な姿勢です。
力を抜くことは、弱くなることではありません。
必要な時に最大限の力を発揮するために、余計な力みをなくすことです。
変化の激しい時代だからこそ、状況をよく観察し、環境を活かし、時には柳のように受け流す。
そして、自然体で物事に向き合う。
「柔よく剛を制す」という武道の教えは、今を生きる私たちにも、大きな示唆を与えてくれるものだと思います。
