報われない努力に、折れそうになるとき「農場の法則」 #86
報われない努力に、心が折れそうになることがあります。
自分なりにやってきたつもりでも、結果がついてこないと、「意味があったのか」と疑いたくなる瞬間は誰にでもあると思います。
そんなとき、私は「7つの習慣」に出てくる「農場の法則」を思い出します。

■ 農場の法則という考え方
農場には、即効性のある成果はありません。
種を蒔き、育て、時間をかけて、ようやく収穫に至ります。
そして、ときにはどれだけ手をかけても、天候などの影響で実らないこともあるのです。
それでも、種を蒔かなければ、収穫の可能性すら生まれません。
「蒔いたものしか、収穫できない」
この当たり前の原則は、人の成長にもそのまま当てはまるのだと思います。

■ 才能に圧倒された中学生時代
学生時代、私はある競技の選手でした。
中学生の頃、圧倒的にセンスのある同級生がいました。
私が1週間かけてようやく身につけた動きも、その同級生は1時間ほどで習得してしまうのです。
私は愚直に努力を重ねていましたが、結果はついてきませんでした。
正直、自分には向いていないのではないかと、何度も思いました。
■ それでも続けた“種まき”
それでも私は、基本を繰り返し続けていました。
当時の私は、成果が出ない時間を「無駄なのではないか」と感じていました。
けれど今思えば、それはただの“種まき”の期間だったのだと思います。
武道などで、その成長過程を表す「守破離」という言葉があります。
“守”とは基本であり、それそのものではなかなか成果はでません。
しかし、基本の応用である“破”、
それらの経験から生まれる独自の形である“離”
ともなれば、確実に成果に結びつき始めます。
つまり、“種まき”は、守破離でいう“守”の段階だったのだと思います。
■ 収穫は、あとからやってきた
高校2年の春季大会で、その同級生と再び対戦する機会がありました。
結果は、驚くほどあっけないものでした。
私はその試合に勝ち、その後も一度も負けることはありませんでした。
あのとき起きた逆転は、偶然ではなかったのだと思います。
地道に積み上げていたものが、“破”で、ようやく“収穫”として現れ出しただけでした。
■ 基本はすぐに報われない
基本は、すぐに結果にはつながりません。
むしろ、やっても報われないように感じる時間の方が長いといえます。
それでも、種を蒔き続けた人にしか、収穫のタイミングは訪れません。
現代は、不確実で変化の激しい時代だと言われています。
何もしないことは、安全どころか、静かに後退していく選択になりかねなません。
だからこそ、完璧を待つよりも、不完全でも種を蒔く。
リスクを受け入れながら、行動を続けることが大切なのではないかと思います。
■ それでも、種を蒔き続ける
農場の法則とは、
「蒔いたものしか、収穫できない」
とてもシンプルです。
同じように
「努力した者がすべて報われるとは限らない。しかし、成功したものは皆、すべからく努力している。」
これも、スポーツの世界などで良く使われる言葉です。
私は今日も、努力という、小さな種を蒔き続けようと思います。
