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新規事業としてボードゲームをめぐる問いの旅を2年半余り…いま、伝えたいこと(2025年7月6日)

おつかれさまですW2ワクワクナニカソンです!

ボードゲーム🃏制作プロジェクトからお伝えします。

オープン社内報として、取り組み・思いを社内外に発信!


1. はじめに

この2年半余り、新規事業活動としてボードゲームを開発してきました。

伝わっていること

ゲームマーケットに出ていることは社内でもある程度知られてきました。

「ボードゲームをつくっているらしい」
「なにかおもしろそうなことをしている」
「いやむしろ気に食わないことをしている」👈新規事業の宿命

そんなふうに、活動の輪郭は伝わっているのかもしれません。

伝わっていないこと

でも、ふと立ち止まってみると、

「なぜそれが“事業”なのか?」
「なぜアプリではなく、ボードゲームなのか?」
「そのゲームで、何を届けようとしているのか?」

これらの問いについて、思いがちゃんと伝わっている、届いている実感は正直あまりありません。

いま、伝えたいこと

このnoteはその背景を少しだけ言葉にしてみる試みです。

自分のためのふりかえりであり、もし読んでくれる誰かがいたら「そういうことだったのか」と思ってもらえたらうれしいです。いまは、社の内外を問わずこの問いに共鳴する誰かに届くことに意味があるとも感じています。

2. ボードゲームを“事業”として選んだ理由

私たちは、カードを主体とした現場に持ち込みやすいボードゲームを開発しています。

  • ふりかえりや1on1の対話を自然にサポートするゲーム

  • 現場の特色に合わせて交渉でトレードしながら仲間を集める協力ゲーム

など、プレイングマネージャーやリーダーが扱いやすい切り口でいくつかの作品をリリースしてきました。

なぜアプリではなく、ボードゲームなのか?
それは、不自由さの中にある自由を大切にしたかったからです。

  • 自動化されない処理

  • どれだけ整備しても、構造的に曖昧さを純粋なゼロにはできないルール

  • 人間が持つ豊かなエラーによる、逸脱の余地

そうした“面倒さ”が、その場にいる人たちの自由度や可能性を生み出してくれる。そしてなにより、問いを“正しく解く”のではなく、“自分の文脈で受け取る”という体験が、この形式だからこそ可能になると感じています。

3. 分断を越境する

私たちがボードゲームという形式を選んだ理由のひとつに

「分断を越境する」

というテーマがあります。

たとえば、

  • まなぶこととあそぶこと

  • シゴトとワクワクする愉しさ

こうしたものは、本来はもっと地続きであっていいはずなのに、いつのまにか混ぜたら世界が滅亡するかのように、異世界の住人のように分けられてしまっている。

私は、そうした線引きに違和感を感じることに、違和感がなかった。

分断は越えるもの、それが私の「アタリマエ」

なぜそもそも分かれているのか? 「分かれているのが普通だ」という感覚が、正直、よくわからなかったのです。

でも、

「なぜ越えるのか?」

とたびたび問われたとき、私ははじめて、

“越えない”という感覚がある

ことに気づきました。

その気づきこそ、私自身が見えていなかった、

“分断と越境をめぐる分断”

だったのだと思います。

だから今は、越えることの理由を翻訳する努力をしようと思っています。越境のための説明ではなく、越境のための対話のはじまりなのだと信じて。

4. 「問いを形にする」3つの作品

とくに象徴的な3作品をピックアップして簡単にご紹介します。

🎲い・い・トイ

  • ふりかえりを深く、もっと身近に

  • スクラムマスターやファシリテーターからの反響もあり

  • ソロ内省にも効果があるという声も

🎲 勇者駆動ドリブン開発案件

  • チームとキャリアを語るメタファー

  • 「私は剣士かもしれない」と再認し合う共通言語

  • 組織に“語りの余白”が育つ

🎲 街は滅びても花を守りたい

  • 小さな声に気づく

  • 自分の文脈で物語を紡ぐ。そのために「なんとかする」姿

  • 短時間で“本性”が垣間見えるポテンシャル

5. ボードゲーム単体での事業は厳しい

正直に言えば、ボードゲーム単体で事業として成立させるのは非常に難しいというのが現実です。物理的な制約、価格帯、流通、あそばれるまでのハードル。そして、実践的な価値があっても、経営層にとっては“わかりやすい成果”として見えにくいという課題もあります。

6. これからの展開、さらなる旅路

それでも、私たちはこの形式をまだ手放したくはありません。

だからこそ、今後は以下のような方向でさらに広げることを考えています。

  • 現場の課題からゲームをつくるワークショップ

    •  テンプレートや支援ツールも検討中。ゲームの常識よりも、現場の“問い”を起点にした設計を重視

  • 教育・研修との接続

    • 採用力や定着率に課題を感じる企業にとって、“魅力ある組織文化”の一部として提案できる可能性

  • イベントや競技的な展開の模索

    • 現実の課題をゲームにすること自体を“あそび化”し、広告・協賛・集客と接続する可能性も探っています

どれもまだ道半ばですが、同じような問いを持つ人たちと一緒に探っていけたらと思っています。リソースは圧倒的にたりません。

ちょっとした気づき

私たちは、このような取り組みが変えてゆく世界そのものに可能性を感じているので、同じようなもがきを見かけたらライバルというより同士として応援したい気持ちが強いのかもしれないとこの2年余りで発見しました。

「ボドゲの鉄人」に対して、デザイナー、スタッフ、だけでなく実施最適な金銭面での協賛という形でも協力したのも「そうせずにはいられなかったから」だと思っています。

先日「ビジネスボードゲームジャム」の盛り上げに立ち会いたいと思ったのも、モチロン自分たち自身に得るものがある、という下心もゼロではないですが、やはり「そうせずにはいられなかったから」が大きいです。

7. おわりに

私が新規事業に価値を感じるのは、誤解を恐れずに言えば、それが“新しい市場”をつくるからでも、“成長性”があるからでもありません。

むしろ、既存のまなざしの限界、多数決の文脈で取りこぼされるものを、あえて拾い上げることができるからだと思っています。

新規事業とは、本能の具象のひとつだ

現時点でとりあえず「これが正しい」「これが効率的だ」とされる世界観。それが遠い遠い未来や、宇宙の果てから見たら、じつはいかに危ういことか(あるいは危ういかもしれないか)。先人たちの歩みから私たちはそれなりに、わずかにでも、ちゃんと知っているはず。知ろうといられるはず。

だからこそ、まだ見えていないだけの、そこにあるかもしれない、こぼれ落ちてしまう問いや感情や関係性を、もう一度、見えるようにする営みは、おそらく大げさでなく生存に直結する大事な衝動だと思います。

そしてそれは、私にとっては生存の本能に近い感覚でもあります。「なぜ、そこまでしてそれをやるのか?」と問われても、うまく説明できないこともあります。本能だからこそです。

理屈が追い付く前に「やらなければならない」と感じてしまう。それは、取りこぼされたものの中に、自分自身の一部があると感じているからかもしれません。

そんな、簡単には伝え難い本能の導く旅路。不確かな道中だからこそ、完璧な形ではなくてもまず問いを形にしてみる。それが誰かの中でまた別の問いを生むなら、それはもう十分に価値のある営みだと思っています。

分断を越えるには、ちょっとした勇気と、ちょっとしたあそび心がいる。私たちはその“ちょっと”のためだけに、ボードゲームをつくっているのかもしれません。

そして、お願いしたいこと

もしあなたが、あるいはあなたたちが、

  • 自分たちの現場に合ったゲームをつくってみたい

  • ふりかえりや対話の場を、もっと自然に開きたい

  • あそびとシゴトの境界を、少しだけやわらかくしたい

そんな思いを持っているなら、私たちの知見や試行錯誤がヒントになるかもしれません。もし興味を持ってくださったら、そっと声をかけていただけたらうれしいです。

すぐにナニカが始まるわけではないでしょう。でも、問いを共有するところから、越境は始まると信じています。

(W2ワクワクナニカソン・ワクワク魔人S)


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