【タイトルから書く文学賞応募作】悲しみの風景
以下、花澤薫さん主催「タイトルから書く文学賞」投稿作品になります。
思えば私の方からあげてばかりだったので、最後のプレゼントがこれでは、正直言って割が合わないのだ。
こんなの、いつまでも大事に飾らなくちゃいけないなんて思いもしなかったし、彼も彼の方で、頭上からいきなり落ちてきた老人に巻き込まれて死ぬとは思いもしなかったはずだ。
百均のフォトフレームなのだから、もちろん税込で110円の価値しかない。
本当ならそれ以上でも以下でもないはずなのに、不意に大きな意味がもたらされてしまったこと自体が途方もなく悲しい。
悲しすぎるそれを私は壁にかけている。
捨てられるはずがない。
自分で使うのなら黙って机に置いてくれれば良かったのに。
スナック菓子の袋と一緒に「ほい」と手渡された時、何の気なしに私は受け取ってしまった。
私のために。そう解釈してしまった。
もしも、たった110円のフォトフレームに、何かしら託されたメッセージがあるとするのならば、それは残された者があれこれ勝手に想像するしかない。
「これから沖縄に旅行に行くぞ。写真撮るんだ」
「お前の実家にいるハリネズミの写真、これに入れて飾ったらお洒落じゃん」
「エコー写真、これに入れような」
これはない。
あの日、サプライズで報告する予定だったのだから。
夕方、私は凍った道の上にでもいるかのように慎重に歩いていた。お腹に小さな生き物がいると思うと、ほんのわずかな振動でも影響してしまうのではないかと心配になり、トイレでさえゆっくりと腰を下ろした。
今日もスーパーで待ち合わせて、一緒に買い物をして帰ろう。いつもならLINEで済ますそのやり取りを、電話でしてしまった。直接言って驚かせるつもりではいたものの、とにかく声が聞きたかった。帰ってから話せばいいことを長々と喋りまくり、彼は多分その辺のベンチにでも座って聞いていたのだろう。
もしも、という後悔が毎晩爆発しては、のたうち回り、壁に頭を打ちつけて泣き喚くしかなかった。そのせいで傾いたフォトフレームを朝になれば戻す。夜が来れば暴れて、朝になれば直す。そういう調子だった。
一瞬のことだったから、きっと何も考えずにあちらへ向かったのだろう。目撃情報から察するに、苦痛を感じる暇もなく、という風に。
悲しみの風景を見るのはいつも生きている人間だけで、今日も私はがらんとした部屋に一枚だけ飾られた写真を元に戻す。
この世界で唯一、悲しみから逃れられるのは、まだ何も知らないお腹の子だ。順調過ぎるほど順調にここまで来ている。どんなに私の心が揺さぶられようとも、まるで無関係と言わんばかりに育ち、外に出るための準備を着々と始めている。わざわざ苦労して内側から抜け出すからには、悲しみ以外の何かがこの世界にあるわけだが、果たしてそれが何なのか。今の私には見当もつかない。
ありとあらゆる悲しみの慰めのために、美しいものがあると言う。
あの夕方。せめて、彼が最期に見たのがこういう風景なら良かったと思うけれど、それはどうだろう。
額に入った夕暮れにsunset beach。
もらった時に最初から入っていた写真のままだ。
この安っぽいプリントが唯一、私の部屋に彩りを与えている。静かに、でも確実に、巨大な意味を孕んでそこに存在している。
「これ、飾ったら結構お洒落じゃん」
彼が言いそうな台詞が浮かんで、本当に聞こえたようで涙が出た。
了
たらはかにさん毎週ショートショートのお題を急遽お借りしました。ごめんなさい。
