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蝶の色は、レジンの中で残せるのか? 鱗粉をもつ昆虫を封入するために分かったこと


VITA CASTによる *Anartia jatrophae* のレジン標本。© VITA CAST

蝶や蛾の標本をレジンに封入すると、透明な塊の中に、翅の形や体の立体感が残ります。光を通すと、乾燥標本とは違う見え方になり、作品としても標本としても魅力があります。

ただし、蝶や蛾にはひとつ難しい点があります。

翅の表面に「鱗粉」があることです。

結論から言うと、蝶や蛾のように鱗粉をもつ昆虫はレジン封入できます。ただし、「形を閉じ込めること」と「翅の色・粉っぽい質感をそのまま残すこと」は別問題です。レジンに入れることで、黄色や白が透けたり、青緑の光沢が鈍ったり、鱗粉が流れたりすることがあります。

つまり、レジン封入は単なる保存ではなく、標本と透明樹脂の相性を見る小さな実験です。

先行研究をもとにした一般向け要約。参照: [Wu, 2026, Anhui Agric Sci Bull] DOI: [10.16377/j.cnki.issn1007-7731.2026.05.023](https://doi.org/10.16377/j.cnki.issn1007-7731.2026.05.023), [Jessop, 2024, J R Soc Interface] DOI: [10.1098/rsif.2024.0185](https://doi.org/10.1098/rsif.2024.0185), [Pajak, 2009, NatSCA News]。

鱗粉は、蝶の「色の表面」

蝶や蛾の翅は、薄い膜そのものだけで色づいているわけではありません。翅の表面には、鱗粉と呼ばれる小さな鱗状の構造がびっしり並んでいます。

この鱗粉には、大きく分けて2つの色の見え方があります。

ひとつは、色素による色です。黒、茶色、黄色、赤、橙色などは、色素の影響が大きい場合があります。

もうひとつは、構造色です。青、緑、金属光沢のような色の一部は、鱗粉の中の微細な構造が光を反射することで見えています。この場合、色は「物質の色」というより、「光の跳ね返り方」で生まれています。

ここがレジン封入で重要です。構造色は、空気中で見えることを前提に成り立っています。そこにレジンが入り込むと、光の通り道が変わります。結果として、乾燥標本では鮮やかだった色が、レジン中では暗くなったり、違う色に見えたりします。

実際に蝶をエポキシ樹脂へ封入した研究

2026年に、中国の研究グループが、成虫の蝶を5種類のエポキシ樹脂で封入して比較しました [Wu, 2026, Anhui Agric Sci Bull] DOI: 10.16377/j.cnki.issn1007-7731.2026.05.023

この研究では、乾燥させたナミアゲハ Papilio xuthus などをシリコーン型に置き、下層の樹脂を作ってから標本を配置し、さらに上層を流して封入しています。結果として、調べたすべてのエポキシ樹脂で、翅の鱗粉に部分的な溶解・変色が報告されました。

特に分かりやすいのは、色によって変化の出方が違う点です。黒い模様は比較的残りやすい一方で、黄色い部分は透明化が目立ちました。別の蝶でも、橙黄色の斑紋が大きく変化した例が報告されています。

引用図: Wu Mingxuan, Jin Feng, Yang Nana. 2026. Effects of different epoxy resins on the embedding effects of adult butterfly specimens. Anhui Agricultural Science Bulletin 32(5):100-103. Fig. 1. DOI: [10.16377/j.cnki.issn1007-7731.2026.05.023](https://doi.org/10.16377/j.cnki.issn1007-7731.2026.05.023)。出典ページ: [Anhui Agricultural Science Bulletin](https://www.ahnxtb.cn/EN/10.16377/j.cnki.issn1007-7731.2026.05.023)。この図は、論文結果を説明するための引用として掲載しています。これは教育目的の教材作成という意義をもち著作権侵害の意図はありません。
引用図: Wu Mingxuan, Jin Feng, Yang Nana. 2026. Effects of different epoxy resins on the embedding effects of adult butterfly specimens. Anhui Agricultural Science Bulletin 32(5):100-103. Fig. 2. DOI: [10.16377/j.cnki.issn1007-7731.2026.05.023](https://doi.org/10.16377/j.cnki.issn1007-7731.2026.05.023)。出典ページ: [Anhui Agricultural Science Bulletin](https://www.ahnxtb.cn/EN/10.16377/j.cnki.issn1007-7731.2026.05.023)。この図は、蝶の種類や色によって封入後の変化が違うことを説明するための引用として掲載しています。これは教育目的の教材作成という意義をもち著作権侵害の意図はありません。

構造色は、なぜ変わるのか

構造色が変わる理由を考える上で参考になるのが、Jessopらの2024年の研究です [Jessop, 2024, J R Soc Interface] DOI: 10.1098/rsif.2024.0185

この研究では、Erora opisena という蝶の緑色の鱗粉を、屈折率の異なる液体に浸し、反射スペクトルを調べています。その結果、空気中では緑に見えていた反射が、液体中では弱くなり、ピーク波長も長波長側へずれることが示されました。

これはエポキシレジンそのものを使った実験ではありません。ただ、レジンが鱗粉の微細な空隙に入り込んだとき、空気中で見えていた構造色が変わる理由を考える根拠になります。

引用図: Jessop AL, Pirih P, Wang L, Patel NH, Clode PL, Schroder-Turk GE, Wilts BD. 2024. Elucidating nanostructural organization and photonic properties of butterfly wing scales using hyperspectral microscopy. Journal of the Royal Society Interface 21(218):20240185. Fig. 4. DOI: [10.1098/rsif.2024.0185](https://doi.org/10.1098/rsif.2024.0185)。Royal Society Open Access, CC BY 4.0。

「乾燥」と「薄く流す」は基本

自然史標本の樹脂封入ガイドでは、標本は乾燥、または凍結乾燥されていることが重要だとされています [Pajak, 2009, NatSCA News]。水分が残ると、白濁、泡、腐敗、硬化不良の原因になります。

また、レジンは硬化するときに発熱します。一度に厚く流すと、標本が熱で傷んだり、気泡が抜けにくくなったりします。大型の標本や薄い翅をもつ標本では、薄い層を重ねる方が安全です。

教育用の節足動物標本をレジン封入するプロトコルでも、第一層を作り、標本を置き、上層を流す段階的な方法が使われています [Bejcek, 2018, J Insect Sci] DOI: 10.1093/jisesa/iey030, [Garza, 2026, J Vis Exp] DOI: 10.3791/69206

ただし、蚊のように繊細で鱗粉をもつ昆虫では、注型時に鱗粉や脚が失われやすいことも指摘されています。蝶や蛾でも同じように、翅面を直接触らない、レジンの流れを直接当てない、姿勢は胴体側で決める、といった扱いが必要です。

本番標本にいきなりコート剤を使わない

鱗粉を守るために、封入前にニスや定着剤を吹けばよいのでは、と思うかもしれません。

しかし、これは本番標本にいきなり行うべきではありません。コート剤そのものが鱗粉を濡らし、屈折率を変え、色を変える可能性があるからです。

もし試すなら、必ず破損翅や余剰標本で比較します。「未処理」「薄くコート」「別の樹脂」のように小さく条件を分け、封入前後を同じ光で撮影します。

VITA CASTとしての考え方

VITA CASTで作るレジン標本は、生きものを透明な素材に閉じ込めるだけではありません。光の中で、標本の見え方が少し変わります

その変化は、失敗としてだけ見るものではありません。乾燥標本では見えなかった透明感や奥行きが出ることもあります。一方で、乾燥標本が持っていた粉っぽい質感や、鮮やかな構造色が失われることもあります。

だから、レジン封入では「何を残したいのか」を先に決める必要があります。

を残したいのか。を残したいのか。構造を見せたいのか。作品としての透明感を優先するのか。

この目的が決まると、標本の選び方、レジンの種類、注型の厚み、画像記録の方法が変わります。

安全について

未硬化のエポキシ樹脂や硬化剤は、皮膚炎、感作、呼吸器刺激の原因になることがあります。作業時は製品のSDSを読み、換気、ニトリル手袋、保護眼鏡、長袖を基本にします。食品や生活空間から離し、硬化中も触らない場所に置きます。

また、レジン封入は不可逆です。研究標本、タイプ標本、採集記録として重要な標本、再入手困難な個体は封入しない方がよいです。博物館標本として残すべきものと、作品・教育用に封入してよいものは分けて考えます。

まとめ

蝶や蛾はレジン封入できます。

ただし、鱗粉をもつ昆虫では、翅の色と質感が変わることを前提に設計する必要があります。黒い模様は残りやすい場合がある一方、黄色や白は透明化しやすく、青緑の構造色はレジン中で見え方が変わりやすい。

大切なのは、大事な標本でいきなり本番をしないことです。小さな試験片を作る。封入前後を撮る。レジンと標本の相性を見る。

レジン封入は、ただ保存する作業ではなく、透明な素材の中で生きものの構造がどう見え直すかを観察する作業です。

参考文献・画像出典

  • [Wu, 2026, Anhui Agric Sci Bull] Wu Mingxuan, Jin Feng, Yang Nana. Effects of different epoxy resins on the embedding effects of adult butterfly specimens. Anhui Agricultural Science Bulletin. 2026;32(5):100-103. DOI: 10.16377/j.cnki.issn1007-7731.2026.05.023

  • [Jessop, 2024, J R Soc Interface] Jessop AL, Pirih P, Wang L, Patel NH, Clode PL, Schroder-Turk GE, Wilts BD. Elucidating nanostructural organization and photonic properties of butterfly wing scales using hyperspectral microscopy. Journal of the Royal Society Interface. 2024;21(218):20240185. DOI: 10.1098/rsif.2024.0185

  • [Pajak, 2009, NatSCA News] Pajak M. Guide to Resin Embedding of Natural History Handling Specimens. NatSCA News. 2009;(17):68-74. DOIなし. PDF: NatSCA News Issue 17

  • [Bejcek, 2018, J Insect Sci] Bejcek DA, Curtis-Robles R, Riley M, Hamer GL. Clear Resin Casting of Arthropods of Medical Importance for Use in Educational and Outreach Activities. Journal of Insect Science. 2018;18(2):34. DOI: 10.1093/jisesa/iey030

  • [Garza, 2026, J Vis Exp] Garza M, Curtis-Robles R, Sittenauer S, Hamer GL. Clear Resin Casting of Arthropods for Use in Education, Outreach, and Research. Journal of Visualized Experiments. 2026. DOI: 10.3791/69206

  • [Vukusic, 2009, J R Soc Interface] Vukusic P, Stavenga DG. Physical methods for investigating structural colours in biological systems. Journal of the Royal Society Interface. 2009;6 Suppl 2:S133-S148. DOI: 10.1098/rsif.2008.0386.focus

  • [Pérez Goodwyn, 2009, Naturwissenschaften] Pérez Goodwyn P, Maezono Y, Hosoda N, Fujisaki K. Waterproof and translucent wings at the same time: problems and solutions in butterflies. Naturwissenschaften. 2009. DOI: 10.1007/s00114-009-0531-z

※Jessop et al. 2024の図はCC BY 4.0として利用。その他引用した論文データは論文著者に帰属します。これは教育目的の教材作成という意義をもち、著作権侵害の意図はありません。VITA CAST写真と本記事での表はVITA CAST作成物です。

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