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🌸早春のヴェネツィア①🌸〜オリンピック開催地コルティナに寄り道⛷️、夜のサン・マルコ広場〜

 オーストリアを抜け、イタリアに入ってからAutostrada(アウトストラーダ : イタリアの高速道路)を降り、ブレンナー峠を越えるルートを走る。

 オフシーズンの道は渋滞もなく快適だ。チロル・アルプスも、遠くに望むドロミテの山々もまだまだ冬の景色である。
 雪山は美しい。美しいけれども、雪もグレーの景色も十分見た。もう結構。


 ドイツの長い冬、寒い冬に正直なところ懲りてしまった。そもそも昨年の夏、イタリア旅行から帰ってしばらくして、8月下旬にいきなり夏は終わった。雨が1ヶ月半も続いたのだ。あの頃から続く不穏な天候に、皆不満を溜めていた。

 夏がそのように変な終わり方をした後、木々の紅葉に少しだけ秋を感じたものの、落葉する前に雪が降って冬に突入した。更に冬は昨年とは比較にならないほど雪が降った。ふざけている。

 天候に文句を言っても仕方ないと思いつつ、元々日照不足であるのに、更におまけで2〜3割不足したような状況の中、半年を過ごしたわけだ。ビタミンDを服用していても、全然足りていない実感がある。

「人間は日の光を浴びないと不調になる、明るい日差しの国に行きたい!」
とVは嘆いた。風邪を引いても、天候が不順すぎて、すっきり治ったためしがない。
 嘆いたところで、Oは仕事があるのでどうにもならず。おまけにOは忙しさの中、珍しく会社を休んで寝込み、その体調不良を引きずったまま、連続して風邪を引いて、免疫力は更に下がり絶不調。
 
 Oはこれまで身体の不調もなく、健康で過ごしてきたけれど、50代になってさすがに少しずつ衰えを自覚し、白髪もかなり増えた。
 とうとう無理が効かなくなったことを認めざるを得ない年代になったのだ。

 

😷😷😷


 昨年の夏にヴェネツィアを去る時、Vはふと『これが最後になるかも』と思い激しく落ち込み、ヴェネツィア以外の場所に帰らねばならない己の運命を嘆いた(大袈裟)。



 その後もヴェネツィア、ヴェネツィアと嘆き続けた結果、Oは言った。
「春はヴェネツィアに行こう」

 年末にプラハやプダペストに行って、悲しみはひとまず収まっていたVであったが、夏を待たずに再びヴェネツィアへ行くという提案に、Oを褒め称えた。

 しかし、何のことはない、夏のヴェネツィアは宿泊費が高いので3月に行くことにして、8月の旅行は、あまり春と夏で金額に差のない南仏に行くことにした、というだけの話だった。
 そういえば南仏、南仏とOがブツブツ言いながら、宿泊先を検索していたことを思い出した。

 会社の同僚は、長めの休みが取れると帰国して親の顔を見に行く人も多いが、OもVも既に両親は他界している。休みは専ら気分転換と決めている。

「今度泊まるところも、8月だと値段が倍なんだよね」

 夏より安いから、ヴェネツィアに4泊5日滞在するらしい。そうか、それはそれで結構。
 あまりにVが騒ぐので、いつもより日数が長めなのも、ゆっくりできるように取り計らってくれたのだ、とVは一瞬だけ思った。

 しかし、Oの日程変更には他にも理由があり、ヴェネツィアから車で1時間ほどのパドヴァで、月の最終日曜にイタリア最大の蚤の市が開かれるのを思い出し、そちらに照準を当てたのだ。
 ヴェネツィアからの帰りに、蚤の市の会場近くにもう一泊すれば、朝から出かけてゆっくり見て回れるから完璧、と考えての日程だった。

 まあ、それもそれで結構。Vは夏でも春でもヴェネツィアに行くことができればそれで良し。夏が一番美しいとは思うが、暑さが身に堪えるのも事実であるし。
 これが10回目となるヴェネツィア、春に行くのは初めてだ。

 それぞれの思惑を乗せて、車はイタリア北東部を進む。


オーストリアとイタリアの境 チロル・アルプス連峰
家の写真がいつも絶景の筈のお宅

 遠くに見事な山波が続き、珍しくOが車を停める。

絶景ポイント 3000m級の山々


 こうした山々を眺めながら、峠を超えるルートである。スキーシーズンを終えた閑散期である為、車の数も少なく、こうして見晴らしの良い場所で車を停めるのも気楽だ。

ミッタージル城
現在はホテルに


 アウトストラーダではなく、こうして山道を走っているのは、オリンピック開催地コルチナにも寄ろうという目的の為である。

古城が各地に見られる
ドロミテ山塊
コルティナ・ダンペッツォ

 コルティナ・ダンペッツォの街に到着した。ここは世界自然遺産ドロミテの麓に位置する。山岳リゾートの中心、登山やウィンタースポーツの拠点だ。
 そして今年はミラノと共催でのオリンピック開催地となった。
 街の中心部や周辺の道はそう広くないので、オリンピックの折は混雑したことだろう。
 
 

街のシンボルの鐘楼 
広場にはオリンピックの時を刻むオブジェが残されている


 鐘楼の先には、コルソ・イタリア通り。両側にはずらりとハイブランドショップやブティックが並ぶ。またスポーツショップ、ハイキングウェアーなどこの地らしい専門店や土産物屋も多い。

 
 広場の横のカフェで一休み、

 イタリアに入ると途端にコーヒーが美味しくなる。ケーキも繊細な口当たりで、大変上品だ。
 美味しくて同じケーキをお代わりし、店の人に喜ばれる。

 イタリアに来て、こうして何かを味わう度に、イタリア人の人生感を思う。
「食べて、歌って、愛して」彼らの生き方を象徴するフレーズだ。


Amore(アモーレ): 愛すること
Cantare(カンターレ): 歌うこと
Mangiare(マンジャーレ): 食べること


 暖かい国の、陽気で享楽的な生き方。人生を楽しむこの国の人々は明るく、飲み物も食べ物も大変美味しい。もしアモーレとカンターレが欠けたとしても、とにかくマンジャーレは絶対必要だもの。
 コーヒーやケーキの味だけでも、長い歴史の中で培われた美味しさの追求というものを感じるのだ。


 ドイツ人は家、車、暮らしにかける費用の比重が高い。寒さが厳しい国では当然のことだ。食べ物の味が全体的に塩気が強いのも致し方ない。
 厳しい冬が過ぎ去り、春を迎えた時の喜びは大きい。春が近づくと小さな花々が一斉に開き、庭の手入れに余念がない人々の姿が増える、そして春のお祭りの賑わい‥‥ドイツの春はイタリアよりもずっとゆっくりゆっくり近づいて来る。


 イタリアに来ると、ついつい比較してしまうけれども、ドイツの食べ物の味については、もう語るまい‥‥とその度思う。風土、文化、生き方の違いがそこに出るのだから。

   
🌸🌸🌸

 コルティナの街の中心にある小さな駐車場に、辛うじて空きがあった為、こうしてオリンピックの名残りのある場所で一休みできた。街の中心地には不思議なほど一般駐車場が少ないのだ。

 コルティナの周辺がオリンピック会場となったのは、アルペンスキー(女子)、ボブスレー、カーリング、リュージュ、スケルトン。

 ミラノとの共催であることから、それぞれの会場のある範囲がとても広かったという印象がある。
 

《読売新聞オンライン》より抜粋
https://share.google/fuJ8ydj1zm9kvmzPF


 広場にある、サンティ・フィリッポ・エ・ジャコモ教区教会へ。


 街のシンボルの鐘楼の先には、コルソ・イタリア通り。両側にはずらりとハイブランドショップやブティックが並ぶ。またスポーツショップ、ハイキングウェアーなどこの地らしい専門店や土産物屋が軒を連ねる。


Diorの冬らしいオブジェは人気の的
TOD’Sもウィンタースポーツ一色


 ヴェネツィアに向けて出発。

車道からジャンプ台が見える
(オリンピックの会場ではない。ジャンプの会場はここから100キロ離れたプレダッツォ)
街や駅からも近い位置にある


 山を下り、再びアウトストラーダに乗る。
しばらく走ってパーキングエリアで休憩すると、店の前に桜やレンギョウが咲いていた。
 今年初めて見る桜だ。小さな木だけれど、可憐な花を咲かせている🌸

今年初めての桜🌸
レンギョウも咲いている

 サービスエリアの辺りから、いきなり周辺の色が変わったのに気づいた。イタリアへ入ったのはかなり前だが、雪山が近くに見える標高が高い場所であったので、全体的にグレーの景色や岩山ばかりを眺めて来た。

 この辺りは地面が明るい緑だ。葡萄畑が続く。大地は新緑の鮮やかな緑! イタリアは春だ!



 ヴェネツィアより一つ手前のメストレ駅前の長期預かりの駐車場に車を入れる。予約済みだ。
 5日間預けっぱなしにするが、馴染みの管理人は、鮮やかな運転テクニックで車の入れ替えをしながら、しっかり管理してくれる。


メストレ駅

 ヴェネツィアへ向かう電車は本数が多いので気楽だが、乗車時刻によってホームが違うので、旅行客が戸惑う姿も見られる。
 この日も3人から「次のヴェネツィア行きはこのホームで良いのか?」と尋ねられた。


ヴェネツィアが見えてきた
何度見ても感動する
サンタ・ルチア駅に到着
ヴァポレットに乗る
カナル・グランデ(大運河)を進むうちに
日が暮れて来た
リアルト橋


 宿泊先は、ヴァポレットの船着場のすぐ横のホテル。しかし、ここは快速の停留所の為、5時過ぎは停まらず。仕方なく一つ隣の船着場に降りて移動せねばならなかった‥‥と言っても徒歩5分もかからずに到着。

 カナル・グランデに面した、歴史を感じる建物の大きな木の扉のロックを解除すると、ホールと大理石の階段が。2階の白い扉を開けて入るように、とメールで知らされていた。

 こうしたかつての屋敷をホテルに改装してあるところがヴェネツィアには数多い。前回来た折も、大きな屋敷の豪華な一室で大変面白かった。

 一般のホテルとは違ってオーナーや従業員と顔を合わせることもないので、電話で扉の暗証番号を確認したり、メールで知らされたりする。こうした一手間がかかるけれども、慣れればどうということはない。
 
 赤い絨毯の敷き詰められた廊下は、途中に段差があり、優雅な造りでVの好みだ。廊下にも部屋にも段差があるのが大好き。重いスーツケースを運ぶOには苦痛しかないだろうけれど。

 部屋の入り口も、一旦別の暗証番号でロックを解除する。部屋に入るとカードキーが準備されている。


入ってみるとゆったりした廊下が
廊下から寝室へは大理石の階段がある。
段差は優雅だ🎶


ヴェネツィアらしいヘッドボード
装飾と手織りベルベットが美しい
ベッドの左奥にはかつての暖炉が置かれている
窓を開けるとカナル・グランデ
ヴェネツィアングラスが美しい


 夕食の為、外に出る。いつも一度は寄るサン・マルコ広場の近くの中華料理店へ。疲れて写真を撮り忘れた。そして小龍包を食べ過ぎた。


 帰りは広場を抜けて船着場へ。カフェやレストランが閉店した後のサン・マルコ広場を通ったのは初めてのような気がする。


サン・マルコ寺院

 閑散期、それも夜の広場を初めて見た。いつもヴェネツィアには夏に来ていたので、賑わっている状態しか見たことがない。
 人がいない広場、愛犬がはしゃいで走り回った。


有翼のライオン
ドゥカーレ宮殿
ヴァポレットからの風景 
この時期、夜はとても静かだ
アカデミアの木の橋
明日は美術館へ行く予定

 ホテル前の船着場を通り過ぎる。次で降りてまた少し歩かねば。

 1日目の夜は更けていく。



次回
②「フェニーチェ劇場、アカデミア美術館、サン・ロッコ教会、サンタ・マリア・ グロリォーサ・ディ・フラーリ教会」に続く



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