美しき牧草地帯の謎〜オーストリア、イタリア、スイス山岳地帯の旅〜後編
牧草地に潜む謎に触れ、またそこで広大な土地の管理に格闘するおじさんから、手を振りかえしてもらい、何となく一定の理解と納得をした前編。
それにしても、イタリアのおじさん方は見ず知らずの相手に手を振るのに躊躇がないな、と思う。
日本の我が家近くであったら、こうはいかない。真面目で気難しい農家のおじさんたちから、戸惑われ、暇な変人扱いされ、仕事中なのにと機嫌を悪くされる可能性高し。

前編で書いた、ベストショットポイントから戻って来たところ、坂の下の牧草地で、刈った草を撒き散らす(掻き回す?)作業を目撃した。広げて乾かすということだろう。

また、例の傾斜のキツい牧草地で、手押しタイプの機械も使われているのを眺めた。
今回、作業風景を見られただけでなく、広く起伏のある土地の場所に応じて使われる、様々なタイプの草刈機や回収のためのトラックまで間近でみられた。
これまでの謎だった答えが、はいどうぞ、とばかりに、一気に目の前に並べられた機会であった。
こうした機械の設備投資、メンテナンス、大変な作業に加えて、いろいろ手間がかかるに違いない。
その多くの人々の労働によって、美しく仕上げられた牧草地を、観光客はその管理の行程も苦労も特に気にするわけでもなく、緑の絨毯の広がる景色を楽しんでいる。
✨✨🐄✨🫏✨🐐✨✨
⚫︎バスで山の上へ
さて、少し話は戻って、村での二日目の朝のこと、バスに乗ってガイスラー山群の間近まで出かけることにする。
村からは終点のハイキングコース入り口までバスが出ており、村のホテルに宿泊するとQRコードのバスチケットがもらえる。
ホテルからバス通りに出ると、15名程の人が既にバス停に。村に来た人の行動は皆同じ。
静かな村を通る路線バスの中は、1時間に1本。朝から車中は、山にハイキングに行く人で大賑わいだ。
走り出してすぐバスは停止する。赤と青の札を持った人が分かれ道に立っており、一般車の進入停止の案内をしていた。運転手は少しお喋りをし、発車。


そこからしばらく行って、山道に入ると、いきなり幅が狭くなった。
この時間帯はバス専用のようだ。何しろ道幅はバスがギリギリな上に、右側は崖。落ちれば谷底。ガードレールがない場所もある。またカーブに次ぐカーブである。
ここで一昨年の旅を思い出す。場所は違うものの、ヴェネツィアからの帰りに、ドロミテを間近で眺められる山の上まで行った時、山道は道幅はそこそこあったものの、カーブの連続で、すれ違いはギリギリできる程度。そんな道なのに、制限速度が70キロ(T ^ T)
山越えをする車が多く、沢山の普通にスピードを出す車とすれ違った。大変危険。横は岩山の壁であり、反対側は谷。
「なぜ40キロ制限にしない〜?!💦」と怖くて泣きそうだった。寿命が数年は縮んだに違いない。
登り切るまでの40分ほど、お腹がゾワゾワ締め上げられるような怖さを味わった。
アウトバーンの130キロ超え程度は、別に何も怖くない。本当に怖いのは、狭く先の予測のつかない、曲がりくねった山道の70キロ走行だ。
山岳地帯の旅は結果的に美しい景色は眺められるけれど、山道の怖さは常に付きまとう。

あの時とは違う、ここはこの時間帯はバス専用らしい山道。
道は狭いし、カーブは多いし、日本のようなカーブミラーはなし。大変怖いものの、制限速度は30キロとあった。常識的だ。大変宜しい。
安心して外の景色を眺めていたが、突然バスは停まった。向こうからタクシーが降りてきた。
交互通行?!😱
ショックだ。1時間に1本のバスの往復以外は走らないと信じていた為に、まさか反対方向から車が来るとは。タクシーは通行可能らしい‥‥
交互通行の為に、やや広めの位置にすれ違いの為の信号でも設置しているなら話は別だが、それらしきものもなかった。つまり行き当たりばったり、出会ったら無理してすれ違うだけらしい。
50センチ程広くなっている場所もあるにはあるが、丁度その位置ですれ違える可能性は低い。
乗客は固唾を飲んで、この成り行きを見守る。だって、すれ違う幅などないのだ(T ^ T)
運転をする人ならお分かりだろう。すれ違いができるかできないかわからない道で、向こうから車が来てしまった場合の緊張感を。
おまけにこの山道は、どう考えてもバスが通れる幅しかない。おまけにその位置はガードレールなし、その下は谷。
この瞬間、自らがバスの運転手になっている気分の私は、
「やめて〜💦💦」と声が出る。鳥肌が立っている。
バスはジリジリと前に進む、それまでよりもやや右寄りに。窓から下を覗くと、もうそこは道の端ギリギリのギリギリ。下は谷なんですけど😵💫
タクシーは少しずつ徐行でバックしながら、フェンダーミラーをたたみ、岩の壁スレスレに寄る。そのバックする先を見ても、楽にすれ違えるような位置があるのかないのかは不明だ。
私が絶望しかけた時、何だかすれ違いを始めたように見えた。驚きだ。この状態で、本気ですれ違うつもりとは?!
タクシー側に座っている人たちが、奇跡を見るように窓の下を眺めている。数センチレベルのすれ違い‥‥
結局、車同士は車体を擦ることなくすれ違った。運転手同士の運転技術の高さを知る。
特にこの1回目のすれ違いは、難所であり、とても写真を撮るような心持ちではなかった‥。

その後2台とすれ違い、もう勘弁(T ^ T)と思った頃、視界は開け、道は広くなり、終点に近づいた。同時に🅿️の案内の文字が見えた。ここに駐車場ですと?!
バスは終点の広場に入った。その先の林の中に、点々と一般用の駐車場が3ヶ所くらいあるようだ。結構停まっている。
どうやら、早朝バスが動き出す前なら、道の規制はされておらず、ハイキングに行く人々が車でここまで来ることは可能なようだ。
あの道を運転してでも、ここに来る?!
皆さん凄すぎる。

すれ違いの緊張感で既に疲れ切っている。レストランのデッキでお茶を飲むことに。
麓の村から眺めた山は、目の前に山肌を見せて広がっている。大迫力。

山の上の岩場は崩れやすいので、登山はできないという。であるから、下の方の木のある辺りに沿ってハイキングコースが何本か設けられていて、おそらく数キロ歩いて回れるようだ。

遠くに見える林の中の道を、家族連れが軽装で歩いていく姿が見える。涼しいし、子どもでも歩くのが可能なコースがあるのがわかる。
我が家は、アウトドアの活動はネックがあるので(私と小型犬)、周辺を散策して、食事をしつつ、3時間ほど滞在することに。
山を間近に眺めながら、飲むコーヒーは格別だ。イタリアのコーヒーは、他と比べても格段に美味しい。山の上では、尚更香り高く感じる。
しばらく休んだ後、ハイキングコースの途中まで歩いてみることにする。
バスを降りた広場から少し歩くと、道の横は工事をしており、ホテルの建設中のようである。この工事のトラックもあの道を通るのかと思うとゾッとする。
その先を歩いていくと、右の土手の下にレストランがあり、そこからの山の眺めも良さそうだ。小川も流れている。

レストランの横には大きな納屋が。山の目の前に牛や馬が放牧されている。

もうしばらく進むと、左側には小綺麗な民家が。牧草地の緑の中に立つその家は、横には大きな木があり、ベンチが置かれ、そう、まるでハイジのおじいさんの家。

溜息が出る。この環境で暮らし、牛や馬を育て、この家で暮らす人がいるのだ。この家もまた、周囲に一切余計な物を置いていない。写真を撮るだけの為に存在しているような美しさだ。

民家はこの一軒だけ。ここで暮らすのは、些か不安もあるのではないかと思ったが、下のレストランもあるし、新しく近くにホテルかロッジができれば、安心も増えることだろう。

土手の下のレストランでお昼を食べることに。
外テーブルの山側のテラスに行くと、そちらも絶景ポイント。観光客はお互い写真を撮り合っている。


ここでゆっくり時間を過ごし、バスの時間に合わせて駐車場に戻ったのだった。
帰りの山道はご想像通り、また何台か車とすれ違った。規制は終わっていたらしく、帰りの方が2、3台多かった‥。

同じように怖かったものの、今度はバスは谷側ではないので、少し安心😮💨 余裕ですれ違いの折の写真を撮りまくっていた。



村に戻ると、朝分かれ道にいた一般車両通行禁止を案内する係員はいなかった。やはり時間によるのだ。
バスの運転手さんには、日々安全に気をつけて往復していただきたいものだ。
この日の午後は、前編のベストショットポイントへ向かう坂道に挑んだ。
その折の様子はこちらでどうぞ。
【オーストリア】
⚫︎ザンクトアントン・アム・アールベルク
村を離れて、オーストリアに向かう。
この時期は夏の音楽祭が各地で催されている。ザルツブルク音楽祭は特に有名で、コンサートが頻繁に催されている。
また各地で音楽祭の関連イベントもあり、この日の夕方は、そのうちの一つ、ザンクトアントン・アム・アールベルクでのパレードを眺める予定だ。
昼食の為、途中のインスブルックにも寄っていくことにする。
その時のエピソードは、次回の『こぼれ話』にて。





ザンクトアントン・アム・アールベルクは、アウトバーンから降りてまもなく。
冬はスキー客で賑わう街だ。
こちらの夏の音楽祭は、アルプスの美しい景色を背景に主にクラシック音楽のコンサートやオペラが、開催されるようだ。
今回の旅は山岳地帯中心を楽しむ日程であるので、コンサートの予定は入れなかった(夫の気分で)が、楽しいので、また音楽祭中心の日程も立ててもらおう。
ホテル到着後、街に夕食がてらパレードを観に行く。
この街もチロル風の建物が多く見られる。









オーストリアの民族衣装は、男性も女性も帽子や上衣にグリーンの色が効いていて美しい。
男性の白いタイツや女性のブラウスのデザイン、長めのスカート丈、帽子のデザインも含めて、全体的に大変上品だ。
ドイツの民族衣装ディアンドルは、ブラウスの胸の開きが広く、スカートの丈ももう少し短く、元気一杯の印象だ。女性の帽子はなし。
ドイツの男性の衣装の足元は、ざっくりと編まれた長靴下で、登山風の帽子の形も含めて、素朴な印象になる。
チロル風といっても、国によって違いがあり、だいぶ雰囲気が変わってくる。

演奏をしながらのパレードが続く。最後尾には、一般の人が嬉しそうに着いて行く。


ヨーロッパでよく見かける屋根付きの橋。この街の橋はとても小さいながら、趣がある。


緑に囲まれたホテル。親切なオーナー夫妻に出会えた。犬を遊ばせてもらえる庭、テラスでの朝食が心地良い。
【スイス】
⚫︎グリンデルワルト
ザンクトアントン・アム・アールベルクから2時間ほど。グリンデルワルトに近づく。
夫が決めた今回の旅のメインは、アイガーを眺めること。
グリンデルワルトは久しぶりだ。






























中央にメンヒが見える







こちらのロープウェイ🚡は、アイガーとヴェッターホルンの間にあるシュレックホルンの中腹、フィンシュテック展望台に向かう。
1391m、5分ほどで到着する。
アイガーを目の前に、グリンデルワルトの村が一望できる。
展望台周辺には、レストラン以外に、スライダーやジップラインがあり、子ども連れにも楽しめる。











グリンデルワルトの村から見るアイガーは、このように雄大であるものの、ズドンと横たわったような全体像だ。
今回我々は行ってはいないけれど、ヴェッターホルンの下の方にある、グロッセ•シャイデック峠から眺めると、垂直に立ち上がるアイガー北壁が眺められる。
ここでアイガーは、村から見えるほのぼのとした山の印象とは全く違う表情を見せる。
昔読んだ、アイガー北壁に挑んで命を落とした登山家たちの物語を思い出す。

グリンデルワルト、最後に見る風景はアイガー。雄大な姿だ。
我が家では、今回はグリンデルワルトの村で過ごす緩い観光だけであったけれど、グリンデルワルトは登山電車でユングフラウヨッホへ行くスタート地点である。
クライネ•シャイデックを経由してユングフラウヨッホへ。
これこそがスイスの観光のハイライトといえる。スイスが誇るユングフラウ鉄道を経験すると、人生観が変わるような心持ちになる。
1895年(明治28年)から16年の歳月をかけて、アイガーの岩壁をぶち抜く作業が始められた。誰が一番初めに考えたのだろう、あの工事が可能であると考え、着手した当時の人々の決意というものに敬意を表する。
アイガーとメンヒ、鉄道はこの山の中を通り抜けて上り続けて行く。終点まで4分の3はトンネルの中だ。難所に次ぐ難所を乗り越えて、スイスの人々がやり遂げた工事。
登山電車に乗るとその歴史の凄みを実感できる。アルプスの山々を眺めながら、線路の間に歯車を噛ませ、急勾配の線路を登っていく電車のあの感覚、あの感触は、人生の中で『人間の力の物凄さ』というものを考えさせられた経験の一つとして記憶している。
そのトンネルを抜けて、3454mの高さまでの登山電車の旅、氷河と大迫力の絶景が眺められる。
スイスに出かけられる方は是非体験していただきたい。



⚫︎ベルン
山岳地帯を離れ、首都ベルンに昼食の為立ち寄る。
三つの国の山岳地帯はいずれも美しく、離れてしまうと、改めてあの美しき山と緑の世界が懐かしく思われる。
当たり前のように自然の風景だと思っていた牧草地帯は、人の手により、気の遠くなる作業の手間をかけた、人工美に近いような風景であったのだと認識した。
イタリアのサンタ・マッジョレーナ村で、その作業行程を間近で見られたことは、有意義であった。
ベルンの街のメインストリートの一角でお昼を食べることにする。
涼しい山から降りてきて、いきなり照りつけるような日差しに体力を奪われる。


日曜なので店はお休み。レストランも閉まっているところが多い。
通りの日陰側ならどこのテーブルでもいい、と近くのカフェ&バーに寄る。氷入りの冷たい飲み物を飲まないとまずい感じのする暑さだ。
ワインなどの飲み物メインの店であったので、食事は軽食が何種類かあるのみ。その中からスープとサンドイッチを頼む。それはそれでいい。
しかし、ここで改めてスイスの物価高を味わう。
ホテルなどは全て夫が前払いしてあったので、スイスに入ってから、まだ実感がなかった。
買い物をまだしていなかった為に、今回は価格というものを、そこまで感じないまま、ここまで来ていたのだ。
その頼んだ軽食メニューだけで、円換算すると10,000円近い価格だ。ううむ、そうだった、ここはスイス。仕方ない。



街の中心のからくり時計などを眺めて、少し買い物をしようと店に入った。
特にここでは買わなくても、と思ったものの、その前に夫が支払いの際にユーロ紙幣を出して、お釣りを受け取ったいたのだが、それがスイスフランの小銭で返ってきた。全部で1000円分くらい。
「持っていても仕方ないので、使ってしまおう」というので、開いていた土産物屋を眺める。

いつもなら、絵葉書とか何かしらその国の風景入りのものを買うのであるけれど、ベルンの風景のマグネットを見てみたら、1個が他の国で見かける数倍の値が付けられている。馬鹿みたいに高い。
うんざりする。こんなものいらない、絵葉書も写真が綺麗ではなかったので、「気に入らないから買わない、と夫に伝える。
「お菓子にすれば?」と思いつく。

近くに人気の店だというチョコレートショップがあった。焼き菓子も並んでいる。
「小銭はお菓子にしたら?」と薦めると、夫はそれが適切と考えたようだ。中に入って行った。
しばらく待っていると、夫は小さな紙袋を持って出てきた。苦笑している。
「カヌレ1個」
高さ2〜3センチほどの、とても小さいカヌレ、それが1個で1000円。
前編でハンバーガーの価格のことを書いたが、こちらのカヌレのことも当分忘れられそうにない。
何これ?!💦
いつも銀行カードやクレジットカードで買い物をしているので、何となく使ってしまうが、久しぶりのキャッシュのスイスフラン、リアルに感じる物価はものすごかった。
スイスは大変すぎる‥‥
(*スイスフランは、ユーロの1.1倍)
スイスはなぜ物価が高いか、という件、改めて載せておこう。
AIの回答をGoogleからお借りする。
【スイスの物価はなぜ高いか】
AI による概要
スイスの物価が高い主な理由は、高い運送コスト、政府による一部商品の価格規制、そして高い賃金とそれに伴う高い生活水準です。スイスは国土の大半が山岳地帯で海に面しておらず、食料品や生活必需品の多くを輸入に頼るため、輸送コストが高くなります。また、農業に対する手厚い保護政策や環境保全の取り組みが、物価を押し上げる要因にもなっています。加えて、高い平均賃金と充実した教育・医療制度、自由な経済システムが、国内の物価を高く維持する要因となっています。
物価が高い主な理由地理的条件と輸送コスト:
スイスは海に面しておらず、アルプス山脈に国土の大半が覆われているため、食料品や生活必需品を輸入する際の輸送コストが非常に高いです。
政府による価格規制:
食料品など多くの消費財が政府によって価格規制を受けており、市場の需要と供給だけで価格が決まらない仕組みが、物価を安定的に高く保つ一因となっています。
高い平均賃金と生活水準:
金融、製薬、工業製品などの産業が発展しており、特にチューリッヒやジュネーブなどの都市では国際的な金融センターとして高い賃金水準を支えています。
高い生活水準を維持するための政策や、充実した教育・医療制度、労働市場の柔軟性も、全体的な物価を押し上げています。
農業政策と環境保全:
農業部門では厳しい国内政策が採られており、これが欧州諸国平均と比較して約2倍のコストを生み出し、物価高の要因の一つとなっています。
保護された国内市場:
一部の国内産業は国際的な競争から保護されており、これが国内市場でより高い価格設定を可能にし、物価の上昇につながっています。
物価は複合的な要素によって高い。人件費が高国なるのも、この国、この環境で暮らし、働いている人たちにとっては当然だ。というか、この物価水準に対して、賃金が高くなければ、とても生きてはいけない。
そしてスイスの要、自然の美しさは世界の宝だ。何よりも価値がある、その美しさを維持する為に働く多くの人たちの賃金が、どうか高い水準であってもらいたい。

観光立国スイス、旅に行かれる際は、この物価は、
《自然の美しさ価格》と納得して受け止めていただきたい。
万が一、想像を遥かに超える請求額であろうとも、「自然が美しく守られているからね」
そう呟いて、お財布を開いていただきたい。

—了—
【あとがきと予告】
お読みいただき、ありがとうございました。前編より、少し短めにしておきました(^-^)
入りきらなかった部分は「こぼれ話」で。
歴史ある麗しきホテルの素晴らしいサービスマン、スイスのスーパー、途中で立ち寄ったインスブルックの宮廷教会、美味しい山岳地帯の料理、書ききれなかったエピソードをご紹介します。
ぜひお楽しみに!
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