『二十年に一度の奇跡』 ⸻たとえばという名の恋をした。
花びらに包まれるような恋がしたい。
そんな気持ちにさせてくれる小説だった。
フルレットさん作、『二十年に一度の奇跡』を読んだ。
この恋に名前をつけるなら
たとえば、7月のページをそっと閉じる音。グラシン紙のような心の素材。
そんな薄い紙がどこか花びらのような温度を持っている。
やわらかい想いと、ことばがつなぐこの物語は、そんな“たとえば”がよく似合う。
2024年7月。
巽くんは今日子にとって、5つ年下の先輩。
仕事もできて気配りもできる。そんな彼との“新紙幣”の交換から、ふたりの淡い関係が静かにはじまり、ねじれを見せる。
ひとつの吐息で、ふたりの存在は羽のように宙に浮かび、今日子の心には、針穴ほどの小さな意地が転がっている。
それは、ほんの少しだけ恋する女の子だけが感じる、靴底の石ころみたいな意識。
巽くんの何気ないひと言に、今日子の心は色を変えて、色彩は空白や読点にまで染み込み、読者までもが頬をゆるめてしまう。
そんな彩りと透きとおる世界で、どこか世間からズレたその温度が、読者に寄り添う。
恋愛っていつからこんなにも小難しくなってしまったのだろう。現実の世界に気づき、ため息が出てしまう。
この物語に大きなできごとはない。『人を好きになるってどういうことだろう』と、些細な日常に一喜一憂してしまう。
そのなかにある確かな不安は、息を潜めてそこにある。私たちは悩む生き物なのだから。そこを丁寧に掘り下げて描ききったことが、この作品のなによりの魅力だ。
ことばの数が多ければ多いほどに、この作品の良さを壊してしまう気がする。だから感想を書きながらも酷く悩んだ。
でも余白の多いこの作品は、どこまでも読者の『心』を信じていて、いつの間にかにその紡ぎ出される言葉が心地の良い温度に浸ってしまう瞬間が何度も訪れる。
たとえば、新札が今日子のためのものだったとして。
たとえば、巽くんの気持ちが、ほんの少しでも彼女に向いていたとして。
手のひらから抜けていくような彼の存在に、文章を追うごとに私までもが恋してしまう。
『はい。嬉しかったです。巽さんからもらったことも。私にくれたことも。』
この言葉で気付く。とっくに今日子は、巽くんから選ばれていたことに。新しい時間の始まりの紙幣を今日子に渡したあの瞬間から。
恋が触れる前に終わることもある。
そんな不安のなかで、今日子は、ほんの少しだけ、手を伸ばしてみたのだ。その先へ。
そして、エピソードひとつひとつの閉じ方に、丁寧な想いの綴られ方がなんだか作者の”らしさ”が込められている気がする。
だからこの文章を時の流れが運んでくれることをただ、しずかに祈ることにした。それを語るには、私の言葉は少し多すぎる。
たんぽぽの綿毛にふっと息を吹きかけるような、そんな時間の流れとともにあるようなおはなしは、飛ぶことすらためらいながら、やっと一つ、空に舞いあがっていくくらいの、一歩を踏み出す景色を映し出す。
たった一枚の紙幣。ふたりのあいだを揺らし、息を潜めて、気持ちの輪郭だけが近づいていくような時間。
もう二度とこんな恋はできないかもしれない。
そんな予感が、そっと胸を締めつける。
このふたりが幸せになりますように。
その願いだけが、いまも心に残り、
物語の最後の余白までもが、私の中に静かに咲くように ⸻。
第1話 北里さんと野口さん
第2話 ふたりの梅子さん

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