漱石「こころ」考察17 Kは他殺?「先生が生きていたらぞっとする」

夏目漱石の有名作品「こころ」、大正三年(1914年)連載。

「こころ」について私は最近ずっと

・「Kは他殺(=確かにKが自分で自殺を図ったが、まだ死に切れていないところへとどめをさして命を奪ったのは、先生)」

との考察を書いている。

論拠については前に大雑把にまとめた。

論拠のうち、今回は以下の二つについて語ります。

・先生の「天罰で子どもができない」との発言
・「私」の「ぞっとする」との表現



1、天罰だからさ


「こころ」のまだ序盤、先生は「私」に対してほのめかしをしている。

 先生の宅は夫婦と下女だけであった。行くたびに大抵はひそりとしていた。高い笑い声などの聞こえる試しはまるでなかった。或る時は宅の中にいるものは先生と私だけのような気がした。
子供でもあると好いんですがね」と奥さんは私の方を向いていった。私は「そうですな」と答えた。しかし私の心には何の同情も起らなかった。子供を持った事のないその時の私は、子供をただ蒼蠅いもののように考えていた。
「一人貰ってやろうか」と先生がいった。
貰ッ子じゃ、ねえあなた」と奥さんはまた私の方を向いた。
子供はいつまで経ったってできっこないよ」と先生がいった。
 奥さんは黙っていた。「なぜです」と私が代りに聞いた時先生は「天罰だからさ」といって高く笑った

(「上 先生と私」八)

(※ 著作権切れにより引用自由です。)

先生は「子どもはいつまでもできないよ、天罰だからさ」と。

これは普通に読めば「Kをこっそり出し抜いて求婚した結果、Kが自殺してしまった。そのことに対する天罰」との意味だろう。

1(1)天罰の温度差


ただそうすると説明がつかないのは、先生と静との温度差だ。
静は「子供でもあると好いんですがね」と、先生もいる前ではっきり述べている。「天罰」は特に感じていなさそうだ。

なお前提として、静も「Kが自殺したのは先生が出し抜いて私との婚約を成立させたから」ぐらいのことは、当然想像がついているはずである。

前にも書いたが、婚約成立→しかし先生はそれを何故かKに伝えていなかった→自宅内でKが自殺 この流れで、「ああ自殺の原因は私たちの婚約だな、、、 婚約伝えていなかったのは先生はなにかやましい点があったんだろうな、、、」 この程度のことは嫌でも想像はつくはずだ。

むろん先生とKは「子どもの時から」の友人であるため。思い入れについて先生と静とでは差はかなりあるだろう。
しかしその差の存在も、静は当然わかっているのだ。

その上で、両者の温度差がここでは明白に示されている。

この温度差は、静が知らない事情、静が想像していないような事情が存在し、先生はその事情をよく知っているからー こう考えれば説明はつく。

そして「先生」だけが知っている事情とは、
天罰」を食らうような事情であり、かつ「いつまで経っても」償えないような事情なのだ。


2、ぞっとする


2(1)「ぞっとする」客体は?


これも前半で、「私」が気になる記載をしている。

 私は不思議に思った。しかし私は先生を研究する気でその宅へ出入りをするのではなかった。私はただそのままにして打ち過ぎた。今考えるとその時の私の態度は、私の生活のうちでむしろ尊むべきものの一つであった。私は全くそのために先生と人間らしい温かい交際ができたのだと思う。もし私の好奇心が幾分でも先生の心に向かって、研究的に働き掛けたなら、二人の間を繋ぐ同情の糸は、何の容赦もなくその時ふつりと切れてしまったろう。若い私は全く自分の態度を自覚していなかった。それだから尊いのかも知れないが、もし間違えて裏へ出たとしたら、どんな結果が二人の仲に落ちて来たろう。私は想像してもぞっとする。先生はそれでなくても、冷たい眼で研究されるのを絶えず恐れていたのである。

(「上 先生と私」七)

「私」はなにに対してぞっとしているのだろう。
まあ普通に意味が通じるように読めば、もし昔の自分が「研究」のような態度で接していたら先生と仲良くなれなかった、そう思うとぞっとする、とは読める。

しかし、「私」と仲良くなった結果、先生はどうなった?

自殺してしまったではないか。

2(2)先生が自殺するきっかけは「私」


先生はその遺書の序盤において、あたかも「私」が来たから自殺するのです、といわんばかりの書き方をしている。

私は時々笑った。あなたは物足りなそうな顔をちょいちょい私に見せた。その極あなたは私の過去を絵巻物ように、あなたの前に展開してくれと逼った。私はその時心のうちで、始めてあなたを尊敬した。あなたが無遠慮に私の腹の中から、或る生きたものを捕まえようという決心を見せたからです。私の心臓を立ち割って、温かく流れる血潮を啜ろうとしたからです。その時私はまだ生きていた。死ぬのが厭であった。それで他日を約して、あなたの要求を斥けてしまった。私は今自分で自分の心臓を破って、その血をあなたの顔に浴びせかけようとしているのです。私の鼓動が停まった時、あなたの胸に新しい命が宿る事ができるなら満足です。

(「下 先生と遺書」二)

この心臓云々についての先生の気持ちを、なんと言えばいいのだろう。

「やっと私の自殺をぶつけるのにふさわしい人間とふさわしいタイミングが揃いました。だから自殺します。受け止めろ」という感じだろうか。

当たり前であるが相手と相当深いつながりがない限り、こんな遺書は書けない。
「私」がいるからこそ、先生は自ら命を断つのだ。


2(3)先生が生きていたらぞっとする「私」


ここで大前提の再確認をするが、「こころ」の上・中の記載は語り手「私」の、物語進行リアルタイムの感想ではない。
「私」が、先生の遺書もすべて読み終え、先生がもうこの世からいなくなり、そこからおそらく数年は経過した以降の、回想である。


つまり「私」は、先生が遺書で「あなたと仲良くなれて自殺をぶつける相手ができたから自殺します」と書いたのを、しっかり読んでいる。
遺書をしっかり読んだうえで、こう言ってるのだ。

・先生ともし仲良くなれなかったら = 先生が自殺せずに今でも生きていたら、それを思うと「ぞっとする」と。

「私」は、先生の自殺を肯定しているのだ。むしろ生きていたほうが「ぞっとする」と、堂々と書いているのだ。

2(4)「私」がぞっとする理由


では、「私」が堂々と、先生の自殺を肯定し、生きていたらぞっとすると言える理由はなにか。

先生に、自殺するに足る重罪があると気付いたから。これである。

ではその罪はなにか。まさか表面上記されているような「Kを出し抜いた」程度のことでは、自殺をこうも堂々と肯定できまい。

「私」は先生の遺書を読んで、そしておそらく静からも色々と当時の話を聞いて、この結論に至ったのだ。

・「遺書にははっきりとは書いていないけど、Kを物理的に殺害したのは先生だったんですね。先生はその罪をつぐなうために自殺したんですね。それを私にだけはわかるように伝えてくれた! ・・・しかし、もし俺が先生と仲良くなれなかったら、先生は殺人の罪を償いもせずに普通にずっと生きてたと、、、おお、ぞっとする、、、、」

(この考察続けます)






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