漱石「こころ」考察43 「こころ」とは静の復讐物語である

夏目漱石の有名作品「こころ」、大正三年(1914年)連載。

冒頭、「誰がだれをどう呼んでいたか」の文で「こころ」は始まる

私はその人を常に先生と呼んでいた。

(「上 先生と私」一)

(※ 著作権切れにより引用自由です。)

前回の記事で、静(かつての「お嬢さん」)が夫である先生のことを、「私」にあえて合わせるかのように「先生」と呼び出していく過程を確認した。
「貴夫」→「あの人」→「先生」と。

それの続き。



1、静は先生を名前で呼んでいた


1(1)名前→あなた→先生


前回の記事では「私」登場以降にふれた。
前にもどこかでふれたが、先生の下宿時代。静は先生を名前で呼んでいた。

 私を呼びに来るのは、大抵お嬢さんでした。お嬢さんは縁側を直角に曲って、私の室の前に立つ事もありますし、茶の間を抜けて、次の室の襖の影から姿を見せる事もありました。お嬢さんは、そこへ来てちょっと留まります。それからきっと私の名を呼んで、「ご勉強?」と聞きます。私は大抵むずかしい書物を机の前に開けて、それを見詰めていましたから、傍で見たらさぞ勉強家のように見えたのでしょう。しかし実際をいうと、それほど熱心に書物を研究してはいなかったのです。頁の上に眼は着けていながら、お嬢さんの呼びに来るのを待っているくらいなものでした。待っていて来ないと、仕方がないから私の方で立ち上がるのです。そうして向うの室の前へ行って、こっちから「ご勉強ですか」と聞くのです。

(「下 先生と遺書」十三)

「こころ」において、先生がどんな名であったのかは全く示されていない。
それでいてここでは、「私の名を」呼んでいたと。

この箇所は「お嬢さんは私を呼んで」でも文章は通じる。そこをあえて私の「名を」呼んで、と描写されていることに、意味を見出したい。


学生時代は名を呼ばれていた。しかしそれが「あなた」になり、やがて「先生」へとなっていった。
静の興味が、先生本人ではなく、「夫」としての関係に変わったと。
さらには夫としてよりも、赤の他人のはずの「私」を介した関係(私が「先生」と呼んでおりそれに合わせる)にまで変わってしまった、ということだろうか。

もっと露骨な言葉でいえば、静の心変わり、男性を乗り換えたということか。


1(2)結婚したのに失恋した雰囲気


しかし、もし先生の学生時代の雰囲気が、先生記載の遺書(「手紙」)のとおりだとしたら(私は色々と疑わしいと思っているが)、上記の引用の頃、まだKを下宿に引き入れるまでの間が、一番楽しかったように読める。

ここからやがて、Kの引き入れ、Kの自死(私は先生の他殺とみている)、先生と静との結婚を経て、むしろどんどん重苦しい空気になっていく。

こう考えると、先生は静と両想いになり結婚できたのに、まるで失恋した思い出のような雰囲気だ。

「ああ、もうすっかりあの人との関係が悪化して、えらい気まずい感じになってしまったなあ、、、今思えば『この子も俺のこと好きなんじゃないか』なんて信じてて向うのちょっとした言動に一喜一憂してた頃が、一番楽しかったなあ、、、」と。
これは私が何度も経験した思いだが、先生の回想には同じものを感じる。
意中の女と結婚できたのにもかかわらずだ。

なお私は、過去に好きになった女達ともし結婚できてたとしても、今の家内ほど俺を幸せにはしてくれなかっただろうと思っている。


2、静はその人を「Kさん」と呼んでいた


2(1)不快な名前

そして「こころ」のもう一人の登場人物、K。
静はKをどう呼んでいたのか。

 そのうちお嬢さんの態度がだんだん平気になって来ました。Kと私がいっしょに宅にいる時でも、よくの室の縁側へ来て彼の名を呼びました。そうしてそこへ入って、ゆっくりしていました。無論郵便を持って来る事もあるし、洗濯物を置いてゆく事もあるのですから、そのくらいの交通は同じ宅にいる二人の関係上、当然と見なければならないのでしょうが、ぜひお嬢さんを専有したいという強烈な一念に動かされている私には、どうしてもそれが当然以上に見えたのです。ある時はお嬢さんがわざわざ私の室へ来るのを回避して、Kの方ばかりへ行くように思われる事さえあったくらいです。それならなぜKに宅を出てもらわないのかとあなたは聞くでしょう。しかしそうすれば私がKを無理に引張って来た主意が立たなくなるだけです。私にはそれができないのです。

(「下 先生と遺書」三十二)

静はKの名を呼んでいたと。
当たり前といえば当たり前かもしれない。

ここで上記引用で注目したいのは、先生にとって静がKの名を呼ぶのは、不快な記憶とセットになっているということだ。
片思いしている女が、自分とある男とが一緒にいる時に、自分の名を呼ばずに別の男の名前だけを呼んだと。
想像だけで腹が苦しくなる。


2(2)「Kさん」が生きていたら


そして結婚後、二人の関係が微妙というか、険悪化していった頃の話

妻はたびたびどこが気に入らないのか遠慮なくいってくれと頼みました。それから私の未来のために酒を止めろと忠告しました。ある時は泣いて「あなたはこの頃人間が違った」といいました。それだけならまだいいのですけれども、「Kさんが生きていたら、あなたもそんなにはならなかったでしょう」というのです。私はそうかも知れないと答えた事がありましたが、私の答えた意味と、妻の了解した意味とは全く違っていたのですから、私は心のうちで悲しかったのです。それでも私は妻に何事も説明する気にはなれませんでした。

(「下 先生と遺書」五十三)

私はここで重要なのは「~が生きていたらあなたもそんなには」との部分ではないと思う。

重要なのは静が、先生(夫)に対する批判的な文脈において「Kさん」と発声したこと、これだと思う。

かつて「三十二」で、片思いの女が自分ではなく目の前の男を呼ぶ状況として発せられた「K」の名前。

それが結婚後、夫をなじる言葉と共に静は発する「Kさん」と。

先生の「こころ」に、あえて強いダメージを与えようとしているのだ、静は。


3、「こころ」は静の復讐物語である


3(1)先生を意図的に追い詰めてる


「こころ」に対する評論で「静策略家説」と語られることがある。要は静が先生の恋心を百も承知で、母(「未亡人」・「奥さん」)と共謀の上、嫉妬心を煽るためにわざとKと仲良くしてみせた、とする解釈だ。

しかし私が読んだ感じでは、その程度の策略どころか、もっと強い悪意をもって結婚後も先生と接していると読める。

結婚直後にKの墓参りを提案し驚く先生にさらに追い打ちをかける、上記の「Kさん」呼び、初対面の「私」にいきなり先生は毎月雑司ヶ谷まである人の墓参りに行くのだと教える、物語中最後の言葉は「では殉死でもしたらよかろう」、、、

静は意図的に、先生をじわじわ追い詰めているとみえる。



3(2)静の復讐動機


では静が先生に復讐する動機はなにか。二つある
① そこそこ好きだったKを、先生が殺した
② 自分の母親とも先生が関係をもった

以下説明

① について
静は先生以外にも男を知っている(と先生は認識している)。
その男は誰かと言えば、Kであろう。

私は世の中で女というものをたった一人しか知らない。妻以外の女はほとんど女として私に訴えないのです。妻の方でも、私を天下にただ一人しかない男と思ってくれています。そういう意味からいって、私たちは最も幸福に生れた人間の一対であるべきはずです」

(「上 先生と私」十)

一瞬ごまかされそうな表現だが、「自分は女を妻しか知らない」と言いつつ、妻も同じだとは言っていない。似てはいるが違う意味の文で表現している。
つまり静は先生以外にも男を知っている。


 食卓は約束通り座敷の縁近くに据えられてあった。模様の織り出された厚い糊の硬い卓布が美しくかつ清らかに電燈の光を射返していた。先生のうちで飯を食うと、きっとこの西洋料理店に見るような白いリンネルの上に、箸や茶碗が置かれた。そうしてそれが必ず洗濯したての真白なものに限られていた
「カラやカフスと同じ事さ。汚れたのを用いるくらいなら、一層始めから色の着いたものを使うが好い。白ければ純白でなくっちゃ
 こういわれてみると、なるほど先生は潔癖であった。書斎なども実に整然と片付いていた。無頓着な私には、先生のそういう特色が折々著しく眼に留まった。
「先生は癇性ですね」とかつて奥さんに告げた時、奥さんは「でも着物などは、それほど気にしないようですよ」と答えた事があった。それを傍に聞いていた先生は、「本当をいうと、私は精神的に癇性なんです

(「上 先生と私」三十二)

「真白」「純白」へのこだわりと、「潔癖」「癇性」であると。
これは妻が実は純白ではなくそこに不満を覚えているからこその、純白へのこだわりがあり、過去が気になってしまう自身が癇性であると。

そして先生は、静とKとが二人で出掛けていたことを一生忘れていない。
またその話をわざわざ遺書に書いて「私」に教えている。

 ー Kと私は細い帯の上で身体を替せました。するとKのすぐ後ろに一人の若い女が立っているのが見えました。近眼の私には、今までそれがよく分らなかったのですが、Kをやり越した後で、その女の顔を見ると、それが宅のお嬢さんだったので、私は少なからず驚きました。お嬢さんは心持薄赤い顔をして、私に挨拶をしました。その時分の束髪は今と違って廂が出ていないのです、そうして頭の真中に蛇のようにぐるぐる巻きつけてあったものです。私はぼんやりお嬢さんの頭を見ていましたが、次の瞬間に、どっちか路を譲らなければならないのだという事に気が付きました。私は思い切ってどろどろの中へ片足踏込みました。そうして比較的通りやすい所を空けて、お嬢さんを渡してやりました。
(略)
 私は今でも決してその時の私の嫉妬心を打ち消す気はありません

(「下 先生と遺書」三十三・三十四)

静は結婚相手としては、財産家である先生を迷わず選んだ。
しかしKにもそこそこ気はあった。

私は、Kは自殺ではなく先生が殺したものと思っている。
その根拠の一つとして、静の先生に対する攻撃的発言がある。

もし純粋に自分にフラれた男が自殺した、との話であれば、静は罪悪感こそ感じはすれ先生を一方的に責めることはできないはずだ。
しかし静は時にかなり大胆に先生を煽っている。

これは、わかっているのだろう。先生がその男を殺したと。
結婚相手としては無理だが、関係をもつぐらいには好きであった男を、この夫は殺した、と(無論静は先生にも愛情はある)。

夏目漱石は、残酷な復讐をする女の話を描いたのだ。
結婚直前に別の男と関係をもっていた女の話を。

(動機②についてはまたどこかでまとめます。)



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