【美容師物語】〜第三章③ランウェイと太陽
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一 古着屋
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十月に入ると、東京の空気が少し変わった。
昼はまだ暑いのに、夜になると風が冷たい。
街ゆく人の服も、少しずつ長袖が増えていく。
そんなある日の放課後。
リサから電話が来た。
「今日、時間ある?」
「バイト前なら少し」
「じゃあ原宿来て。働いてる店、見せたい」
指定された場所は、裏原の細い路地だった。
表通りのキラキラした店とは違う。
落書きだらけのシャッター、薄暗い階段、小さなネオン。
地下へ降りると、
古着屋の看板が見えた。
店に入った瞬間、
古着特有の匂いが鼻をくすぐる。
デニム。
レザー。
バンドTシャツ。
軍モノ。
見たこともない派手な服。
スピーカーからはJUDY AND MARYが流れていた。
「いらっしゃい……って、蓮か」
レジ奥から現れたリサは、
オーバーサイズのネルシャツに、ボロボロのデニムを履いていた。
服装学院で見る姿より、
ずっと自然だった。
「似合ってる?」
「めちゃくちゃ」
「即答すると軽い男に見えるよ」
「本当に思ったから仕方ねーだろ、髪型が良いのかも」
リサが少し笑った。
その笑い方が、
初めて会った時より柔らかかった。
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二 壊れたトルソー
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閉店後。
店長らしき長髪の男が、
「戸締まり頼むぞー」と言って帰っていった。
シャッターの閉まった店内は静かだった。
リサは無言で、
店の奥にある作業スペースへ向かった。
そこには、
布と型紙とミシン、
そして作りかけの衣装が散乱していた。
「……これ、ショーの服?」
俺が聞くと、
リサは小さく頷いた。
でも様子がおかしい。
床には、
ぐしゃぐしゃに丸められたデザイン画。
切り裂かれた布。
倒れたトルソー。
空気が、重い。
「先生に言われたんだ」
「“お前の服には覚悟がない”って」
リサは笑った。
でも、
あの時の「心の汗」の顔だった。
「意味わかんなくない?」
「好きなもの作って何が悪いんだろ」
俺は服のことなんて分からない。
でも、
リサがずっと頑張ってきたことだけは分かった。
「……ショーって、もしかして俺が出る日と同じ?」
「そう。」
「間に合うのか?」
「無理かもね」
その言い方が、
妙に寂しかった。
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三 情熱
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リサは、
ぐしゃぐしゃになった布を持ち上げた。
「もうやめよっかな」
その瞬間、
なぜか、会ったこともないリサの家族の顔が浮かんだ。
「やめるって?ショーを?」
「向いてないんだと思う」
俺は少しイラついた。
毎日、
眠い目こすって学校行って、
ロッド巻いて、
バイトして、
終電で帰って。
みんな、
ボロボロになりながら夢追ってる。
なのに、
ここで自分の作品を殺そうとしてる。
気づいたら、
強い口調で言っていた。
「自分で自分の服、殺すなよ」
リサが黙る。
「覚悟がなくてもいいじゃん」
「下手でもいいじゃん」
「最後まで出来る限り作れよ」
店の奥に、
俺の声だけが響いた。
「俺なんか毎日、自分の下手さに絶望してる」
「でも辞めねぇよ」
「もし、こんなところ逃げたら、一生後悔するから」
………
長い沈黙のあと、
リサが小さく笑った。
「……熱血すぎ」
「まー、パッションだ」
「でも、ありがと」
そして彼女は、
床に落ちていた布を拾い上げた。
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四 初ランウェイ
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数日後。
新宿服装学院の文化祭当日。
昼のメインランウェイは、
龍にぃのショーだった。
照明。
爆音。
歓声。
龍にぃの服を着た俺は、
初めてのランウェイ。
無数の視線。
足の震えが止まらなかった。
完全にランウェイをなめていた。
30分練習した位で普通に歩ける様な場所ではない。
そんな、俺を見かねて
龍にぃが舞台袖で腕を組みながら言った。
「胸張れ」
「服に失礼だ」
その一言で、
背筋が伸びた。
魂のこもった言葉の魔力。
眩しいライトの中を歩いた。
実際に立って初めてわかった。
ランウェイの上からは、客席なんてほとんど見えない。
光で真っ白に潰れて、
見えるのは、真っ直ぐ伸びた一本道だけだった。
もう、緊張はしてなかった。
言葉には説明できない。妙な高揚感があふれた。
ショーは大成功だった。
歓声の中、
龍にぃは静かに笑っていた。
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五 名前のない服
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夕方。
校舎の別ホール。
小規模な一年生ショーが始まる。
そこに、
リサがいた。
昼の華やかなショーと違い、
照明も簡素。
お客さんも少ない。
でも、
彼女は真剣そのもの。
集中は凄まじく袖口を縫い直しながら、ずっと下を向いている。
やっと俺に気づいてくれ、少し驚いた顔をした。
「……来たんだ」
「当たり前だろ」
「龍心さんのショーだけで帰ると思った」
「バカ。戦友の方も見るに決まってんだろ」
リサが、
少しだけ微笑んだ。
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六 心の汗の意味
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ショーが始まった。
リサの服は、不思議な服だった。
綺麗じゃない。
完璧でもない。
でも、妙に目が離せなかった。
傷だらけなのに、
前を向いてる服。
まるで、リサ本人みたいだった。
最後のモデルが歩き終わる。
拍手は、昼のショーよりずっと小さい。
それでもリサは、舞台袖で泣いていた。
今度は、「心の汗」なんかじゃない。
俺は笑いながら、
ポケットのティッシュを差し出した。
「また使う?」
リサは泣き笑いしながら受け取った。
「……蓮ってさ」
「ん?」
「太陽みたいで、ムカつく」
意味はよく分からなかった。
でもその夜、
俺は少しだけ思った。
人の夢を応援するって、
なんかいいなって。
つづく…
