【美容師物語】〜第三章④青春の終盤
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決断
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十月の中旬頃。
代々木美容専門学校が、一年で一番熱く、騒がしくなる季節がやってきた。
文化祭——。
毎年テーマが与えられ、
そのテーマに沿ったヘアメイク、衣装、演出でショーを作る。
他にもカットコンテストや着付けコンテストがあり、学校全体が少しずつ戦闘モードに入っていく。
そんなある日、担任の和田先生に職員室へ呼ばれた。
職員室に呼ばれるというのは、昔からいつも悪い知らせだった。
(……何かやったか?)
昔の問題児だった頃の癖で、勝手に背筋が凍る。
恐る恐るドアをノックすると、和田先生が吹き出した。
「どうしたの、その硬直した顔。何か悪いことでもしたの?」
「してないです。今回は本当に」
真顔で答えると、先生は笑いながら言った。
「知ってますよ」
——その一言で、肩の力が一気に抜けた。
先生はプリントを机に置きながら言った。
「今日呼んだのは文化祭の件。着付けコンテスト、クラス代表として蒼井くんに出てほしいの」
一瞬、意味がわからなかった。
「……俺ですか?」
「そう。今の着付けの成績、クラスで一番だから。現役の着付けの先生方が評価した順位よ。自信持ちなさい」
頭が真っ白になった。
千人いる学校で、ずっと下から数えた方が早かった俺が。
着付けだけとはいえ、“一番”と言われた。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
だけど——同時に、別の気持ちが湧き上がっていた。
俺は少し考えてから、ゆっくり口を開いた。
「先生。このコンテストに出たら、文化祭のショーの準備には参加できませんか?」
「そうね。コンテスト組は毎日練習だから、たぶん難しいかな」
俺は視線を落とした。
中学の文化祭。
高校の文化祭。
まともに参加した記憶がない。
斜めから見て、笑って、逃げていた。
だけど——龍にぃの学校で見たファッションショーは違った。
汗だくで、怒鳴り合って、笑って、必死で。
同じ夢を持つ奴らが、一つの舞台を作っていた。
あの光景が、ずっと頭から離れなかった。
顔を上げた。
「先生、俺……文化祭を、みんなとちゃんとやってみたいんです」
「人生であと二回しかない文化祭を、同じ目標持った仲間と、一生懸命作ってみたいんです」
「だから——本当に申し訳ないんですけど、コンテストは辞退させてください」
反対されると思った。
けれど、和田先生は優しく微笑んだ。
「蒼井くんらしい決断だね」
「その気持ち、すごく素敵だと思う」
「文化祭、リーダーシップ取って引っ張りなさい。あなたならできるから」
大きな声で返事をした。
「はい!」
もちろんその夜、母ちゃんに報告し喜ばせた。
その後、着付けコンテストにはクラスメイトのノリくんが出場することになった。
俺が断ったことで回ったチャンスだ。
だからこそ、心から応援したかった。
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黄金のファラオ
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翌日から、文化祭の話し合いが始まった。
クラス全員が全力というわけではない。
やる気の温度差もあった。
(……もったいねぇな)
あと人生で二回しかない文化祭なのに。
俺たちのクラスに与えられたテーマは——
「エジプト」。
壮大すぎるテーマに、みんな最初は笑っていた。
あぞいさん、なおちゃん、森さん、とおる君。
個性の強いメンバーたちが次々と意見を出していく。
「ミイラ出したい!」
「ピラミッド作ろうよ!」
「いや、それ学芸会じゃん!」
美容師を目指す人間は、やっぱり個が強い。
まとめても、また別の意見が飛んでくる。
蓮は自然と、その真ん中に立っていた。
「まあまあ、そこは中間取ろうぜ」
「その案いいじゃん。合わせたらもっと良くなるって」
昔の自分なら、絶対こんな役はやらなかった。
でも今は——。
このぶつかり合いすら、楽しかった。
(この感じだよ)
(青春って、こういうことなんだ)
構成、音楽、衣装、立ち位置。
みんなで少しずつ、一つの舞台を形にしていく。
やがて配役決めになった。
しかし、一つだけ空いている役があった。
——ファラオ。
黄金の王。
舞台の中心。
さすがに目立ちすぎる役で、誰も名乗り出ない。
すると突然、クラス全員が一斉に蓮を指差した。
「蓮くんしかいないじゃん!」
「ファラオ決定!」
「絶対似合う!」
教室中が笑いに包まれる。
蓮も笑った。
「みんなが笑ってくれるなら、ファラオでもいいよ」
そう言いながら、少しだけ嬉しかった。
期待されることが、昔より怖くなくなっていた。
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放課後のプレリュード
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その日から、放課後は毎日文化祭準備になった。
バイトがある奴は途中まで。
残れる奴は夜まで残る。
恋愛話。
昔話。
くだらない話。
時には意見がぶつかって、空気が悪くなる日もあった。
でも、それすら楽しかった。
河童橋へ、生地を買いに行った。
無数の布が並ぶ景色に圧倒される。
見渡す限り、生地だらけ。
(ここに来れば、どんな夢でも作れそうだな)
俺の役目は荷物持ちメイン。
「どっちが良い?」という質問に答えるのが仕事だった
そう聞かれながら、蓮は大量の荷物を抱えて歩いた。
それだけなのに、妙に幸せだった。
放課後の夕焼け。
騒がしい教室。
生地の匂い。
ハサミの音。
すべてが、キラキラして見えた。
青春の終盤。
その一ページを、俺たちは確かに刻んでいた。
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コンテストの熱気
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十一月中旬。
着付けコンテストの練習を見に行った。
代表者たちが、無言で技術を磨いている。
空気が張り詰めていた。
(……すげぇ)
あれを背負う覚悟。
きっと簡単じゃない。
ノリくんの背中を見ながら、蓮は思った。
(俺にはまだ早かったのかもしれない)
(ノリくんだから、この舞台に立てたんだ)
あかりねぇも、カットコンテストへ向けて毎日練習していた。
二年生は就活、国家試験、文化祭。
人生で一番忙しい季節を走っている。
みんな、それぞれの戦場で戦っていた。
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リサへの招待
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文化祭の数日前。
俺は原宿の古着屋へ向かった。
店に入ると、長髪の店長とリサが服を畳んでいた。
「お邪魔します」
店長がニヤッと笑う。
「リサなら奥だぞ」
「ありがとうございます。すぐ帰ります」
リサを見つけると、蓮は声をかけた。
「この前のショー、すごい良かった」
リサは少し照れたように笑った。
「全部出し切った。でも、周りのレベル高すぎてさ」
「もっと努力しなきゃって思い知らされた」
俺は頷いた。
「それに気づけたなら、行った意味あったじゃん」
リサが笑った。
「今日はどうしたの?」
「来週、うちの文化祭なんだ」
「俺、ファラオ役やることになってさ」
「……ファラオ?」
「笑うなよ」
リサは吹き出した。
「いや、想像したら面白すぎて」
俺も笑った。
「もし時間あったら、見に来てよ」
「そんな大したことするわけじゃないけど」
リサは真っ直ぐ頷いた。
「行く。絶対見る」
その言葉が、妙に嬉しかった。
店を出て、夕暮れの原宿を歩く。
生地袋を抱えながら、ふと思った。
(高校の時の俺が今の俺を見たら、なんて言うかな)
ダサいって笑うか。
それとも——。
「楽しそうだな」って、少し羨ましがるのか。
わからない。
でも、一つだけ確かなことがある。
仲間と笑いながら歩く、この代々木の秋は——
今の俺の人生で、一番眩しい時間だった。
つづく…
