【211日目】物語が語りかけてくる不思議体験
ご隠居からのメール:【 物語が語りかけてくる不思議体験】
『息子へ紡ぐ物語』がボケ防止に役立つことは意識していたが、デジタル庁にまで繋がっているとは考えが及ばなかった。このパソコンは朝から3度もフリーズして、そのたびにせっかく書いた文章が消えてしまった。デジタル庁は、このような不具合で老人を困らせないようしっかり対策をしてほしい。
不思議体験といえば、一に円覚寺、二に都立中央図書館、三に旧姓信谷治恵さんからの電話、四に方谷塾入門、五に過去帳、六に息子とのメール交換、七に82歳になるまでまだ生き続けていることかな。自分は動かなくても、物語が勝手に起こり、語りかけてくる。
円覚寺は、徹さんとの長いつきあいの中の会話でよく出ていた。岡村素さんが「漱石先生」と尊敬する夏目漱石が若い頃、参禅し、「父母未生前本来の面目如何」という公案を導師から与えらたが、導師を満足させるような答を出すことができなかった。(小説『門』『草枕』『夢十夜』参照)。
オレも漱石に追随して、公案の答を考え続けたが、今なら「脱尼子の落人」と答えるかもしれない。尼子の落人を自称して、七難八苦を耐え忍んだご先祖さまをしのびながら、脱原発、脱炭素、脱尼子の落人をめざすのだ。
では、如何にして脱尼子の落人をはかるのか。そのヒントは伝蔵さんの教えにある。そのうちの、いくつかを家訓として、息子や孫に伝えたいと思う。
長牛之助は、「上月城の戦」で<長氏の嫡流を敵軍として戦い>、戦功をあげたと主張した。そして、嫡流が福島家の牢人になると、昔の恩を思い出して、長家⇒西谷家の家督を譲ったのだろうか。つじつまがあわないような気もする。元信も牛之助も子宝に恵まれなかったのだろうか。それとも・・・・・・・。
『息子へ紡ぐ物語』は、【44日目】までを読了した。主としてファミリーヒストリーの話題をとりあげて紹介し、4日にいちどだけ【より道】で、作者の生活と意見を述べるという構成のようだ、変幻自在に話が飛んでいる。
本文のタイトル選択と【より道】のテーマ選択にセンスが認められるが、この【より道】が物語のキモだと思う。次回の【45日目】あるいは【より道】はどのようなタイトルが選択されるだろうか。
メールの過去ログを読み直してみると、4月21日付で「信谷氏」と題するメールがあった。そして5月6日には、柚木脇(旧姓信谷)治恵から思いがけない電話をいただいている。半世紀以上、まったく交流がなかったのに、今頃になって電話で問い合わせがあるとは想定もできなかったことだ。これは今でも不思議体験だと思う。
返信:【Re_物語が語りかけてくる不思議体験】
「父母未生以前本来の面目」つまり、「父母が生まれる前において自分は一体何だったのか」ということを、仏の道に進んだ人は面白いことを考えるね。自分の思考力では、とてもついていけない。
「足るを知る」の考えかもしれないとも思った。自分は、物質的な豊かさも、精神的な豊かさもある程度は得ることができているが、それでも、日々、あらたな七難八苦が訪れてくる。
そのつど、自分なりに解決をしてきたが、物事を受け止め、ひとつひとつ考えだすと、自分の精神力の弱さが露呈する。いままでは、何も考えず、とにかく前に進むことしか考えていなかった。それを、胆力とはき違えていたのかもしれないな。
前回の話【より道‐70】戦乱の世に至るまでの日本史_足利義詮の生涯>>>
