「後ろめたさまで抱えて泣かなくていい」——泣く私に言い直したいこと
「何もかもうまくいかない」と思ってしまう夜
たとえば、何もかもうまくいかないと思ってしまう夜。
やることは減らないのに、進んだ感じがしない。連絡して、段取りして、気を遣って、ミスが出たら回収して。
それでもどこかで「私が悪いのかな」が離れなくて、頭の中だけがずっと忙しい。
帰宅して、鞄を置いた瞬間。理由がうまく言えないまま、目の奥が熱くなる。
泣くつもりなんてなかったのに、涙が出てくる。
いつも読んでくださり、ありがとうございます。スキやコメント、フォロー、本当に嬉しいです。ひとつひとつ、大切に読んでいます。…今日もここに置いていきます。
「泣いちゃダメ」が、ずっと残っていた
私はずっと、泣くことはいけないことだと思っていました。
「泣いちゃダメ!」
子どもの頃から、定番みたいに言われてきた言葉が、無意識に刷り込まれていたんだと思います。
泣いてるのに、後ろめたい
だから私は、泣くたびに二重で苦しくなりました。
悲しいのは悲しい。悔しいのは悔しい。
なのに同時に、「泣く自分はよくない」「みっともない」みたいな目線が、自分の中から飛んでくる。
泣いているのに、後ろめたい。
あれ、地味に削られます。
「泣けた?」に言い換えたら、少し楽になった
でも最近、言葉がひっくり返りました。
「泣けた?」
泣くことを“ダメ”じゃなくて、“起きたこと”として扱ってる。
それどころか、「泣けた?」は、どこか“できた?”に近い響きがある。
泣けるのは、心が“触れた”から
心の琴線に触れないと、人は泣けない。
泣けたってことは、何かが触れたってこと。
それが感動でも、歓喜でも、悲しみでも、怒りでも、虚しさでも。
どんな名前の感情だったとしても、「ちゃんと触れた」という反応なんだと思います。
涙って、言葉より先に出ることがあります。
先に出た涙を見て、あとから自分の本音を知ることもある。
(自分のことなのに、遅れてわかる。これ、けっこうある。)
泣けない時期があるのも、自然
逆に言えば、ずっと泣けない時期があるのも自然です。
忙しさで感情が薄くなることもあるし、頑張りすぎて“感じるスイッチ”が落ちることもある。
泣けないのは冷たいからじゃなくて、守るために感覚を固めているだけの時もある。
泣いたあとに、ひとつだけ確認する
もしあなたが、
泣くのを我慢しがちだったり、泣いたあとに「大げさだったかな」と自分を責めたり、
泣くと負けた気がしてしまう癖があるなら。
今日だけは、こう言い換えてみてほしいです。
「泣いちゃダメ」じゃなくて、
「泣けた?」。
泣いた事実に、丸をつける。
弱い、じゃなく、触れた。
迷惑、じゃなく、反応できた。
できれば最後にもう一つだけ。
ティッシュを取ったあと、心の中で短く確認する。
「私は、何に触れた?」
「私は、本当は何を大事にしてた?」
答えは立派じゃなくていい。
その一言が見つかると、涙が“後ろめたさ”じゃなく、“道しるべ”に変わります。
泣けたなら、大事がまだ生きてる
泣くことは、後ろめたいことじゃない。
泣けたなら——あなたの中の大事が、まだ生きてる証拠です。
もしどこかひとつでも引っかかったら、スキだけ置いていってもらえると嬉しいです。/また読みたいと思っていただけたら、フォローもぜひ。
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