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『私のせいだ』その思い込みは、本当に事実なのか?

「私のせいだ…」

気づくと、頭の中でそうつぶやいている時ってありませんか。

仕事でミスをしたとき。
誰かの機嫌が悪いとき。
LINEの返事がそっけなく感じたとき。

出来事の理由をどこに置くかっていう話になると、
真っ先に「自分」を選んでしまう。

「私が悪い」
「私がちゃんとできてないからだ」
「私の言い方がまずかったんだ」

そんなふうに、何でもかんでも
“自分100%責任”にまとめようとするクセ。

一見すると、責任感があって、
周りのせいにしない、大人な考え方にも見えます。

でも、ここに実は
危ういところがあるな、と私は思っていて。

それが今日のテーマの、

「思い込みは諸刃の剣」

というところです。



「思い込み」と聞くと、
なんだかネガティブなものをイメージしがちだけれど、

元をたどればそれは、
**「これで生き延びてきた、自分なりのルール」**みたいなものだと思います。

たとえば、

「人に迷惑をかけちゃいけない」
「がんばっていない自分には、価値がない気がする」
「自分が我慢すれば、うまく回る」

こういう“自分ルール”を持っているからこそ、
学生時代も、社会人になってからも、
大きなトラブルを起こさずにやってこられた、という面もきっとある。

誰かに甘え過ぎることもなく、
約束も守るし、仕事も投げ出さない。

それは間違いなく、その人の「強さ」です。

だから私は、
この手の思い込みを、

「全部、悪いものだ」

とはどうしても言いたくない。

ちゃんと、あなたを守ってきた側面があるから。



ただ問題は、
同じその思い込みが、
今のあなたには“刃”にもなってしまう、というところ。

残業で保育園のお迎えがギリギリになった日。

上司から突然仕事を振られて、
断りきれなかったのかもしれません。

その上司にも事情があって、
本当は他の誰かに依頼したかったのかもしれない。

元妻にも、その日の体調とか、
職場のストレスとか、
彼女なりの事情があるかもしれない。

娘の「さびしかった」という気持ちにも、
あなた以外の要素がきっと混ざっています。

でも、「全部自分のせいだ」というレンズを通して世界を見ると、
そういった“他の要因”が、すべて見えなくなってしまう。

あの人の機嫌も、あの人の態度も、
その場にいた人たち全員の反応さえも、

「私がちゃんとできてないからだ」
「私の存在が、周りをがっかりさせているんじゃないか」

という一色で塗りつぶされてしまう。



ここで、はっきりと言葉にしておきたいことがあります。


世の中は、
あなたの責任や思い込み“だけ”で回っているわけじゃない。

あなたの責任100%なんて、
ほとんどの出来事でありえない。

あの人は、あなた100%で動いているわけじゃない。

相手には相手の人生があって、
これまでの経験や、その日のコンディションや、
あなたの知らないところで積み重なってきたものがあります。

もちろん、
自分に改善できるところが“ゼロ”だとは言えない場面もあると思う。

「もっと早く上司に相談していれば違ったかもしれない」
「もう少し余裕を持って予定を組めたかもしれない」

そういう“自分の持ち分”は、確かにある。

でも、それはあくまで「一部」であって、
あなたひとりが全部かぶるような話ではない。

にもかかわらず、

「全部、自分が悪いんだ」とまとめてしまう思い込みは、
現実を正しく見る力を奪ってしまいます。

自分を守ってきたルールが、
今度は自分を責める刃に変わってしまう。

これが、「諸刃の剣」というところです。



じゃあ、その思い込みを
どう扱ったらいいんだろう。

「よし、今日からは一切、自分を責めない!」
と宣言できる人もいるかもしれないけれど、

責任感が強い人ほど、
そんなに器用には切り替えられなかったりします。

「自分のせいじゃない」と言い切ることが、
逆に落ち着かなくて、そわそわするタイプもいる。

だから、ここでも
いきなり“ゼロか百か”を目指さなくて大丈夫です。

できるのは、


「自分のせい“だけ”じゃないところまで、
そっと視野を広げてみる」

くらいでいい。

たとえば、今日一日の中で、
「また私のせいだ」と感じた出来事があったなら、
こう自分に聞いてみる。

「本当に100%、私だけのせいだった?」
「他の要素は、なかっただろうか?」

上司の事情、
相手のコンディション、
その場のルールや仕組み。

思いつくものを、
少しだけ書き出してみる。

それは、誰かを悪者にするためではなく、
“現実の複雑さ”を取り戻すための作業。

世界の色を、
自分ひとりの責任色で塗りつぶさないための、練習です。



思い込みは、
あなたを守ってきた優秀なルールだし、
だからこそ、手放すのが怖いのも自然です。

「自分のせいかもしれない」と考えるからこそ、
人のせいにしすぎずに済んだ場面も、きっとたくさんある。

その一方で、
その同じ思い込みが、
あなたの首をじわじわ締めている瞬間もある。

守ってくれていたものに、
「今までありがとう」と心の中で一度、頭を下げる。

その上で、


「ここから先は、
“自分100%責任ルール”じゃなくても大丈夫かもしれない」

と、ほんの少しだけルールを緩めてみる。

そのくらいの速度で、十分です。



世界は、
あなたのせいだけで壊れるほど、
あなたのせいだけで救われるほど、
単純にはできていない。

それはきっと、
がっかりする話ではなくて、


あなたの肩から、余計な荷物を下ろしてくれる事実

だと思う。

全部、自分のせいじゃない世界にも、
ちゃんと、あなたの出番は残っている。

そのことを、
どうか忘れないでいてほしいなと思います。



本日も読んでいただき、ありがとうございました。

この記事が、
「なんでも自分のせいにしてしまうクセ」に
少しでも気づくきっかけになっていたら、あわせてこちらも置いておきます。

“何を拾うか”と前提の話の記事。

同じ「思い込み」でも、
こちらは「どんな証拠を集めていくか」という視点から書いています。
今回の記事とセットで読むと、
自分に向ける目線が少しやわらかくなると思います。

それからもう一つ。

『「これで合ってる?」不安な自分を卒業していく一歩』

こちらは、
「決めたあとに何度も自分を責め直してしまうクセ」について書いた記事です。
「全部私のせいだ」と抱え込みやすいタイプの人には、
今日の話と近いところでつながる部分が多いはずなので、
気になったときに、ゆっくり読んでもらえたらうれしいです。

一緒にすすんでいきましょう。

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