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メガネ屋史郎は見えすぎる 第1話:なんでもいいだけの男

【あらすじ】

『メガネ屋史郎は見えすぎる』
観察眼が鋭いベテラン店長・史郎。

客の「様々な事情」まで見抜いてしまう彼は、
今日も静かに働きたい。

だが、その静寂をぶち壊すのが、
新人正社員の咲ちゃん。

彼女が笑顔で拾ってくる「厄介なお客様」に、
史郎はいつも振り回されっぱなし。

「見えすぎる」店長と
「見えなさすぎる」従業員。

噛み合わない凸凹コンビによる、
笑いと涙の眼鏡推理コメディ。


【登場人物】

史郎(店長)
観察眼が鋭いあまり、
客のことが「見えすぎる」ベテラン。

咲ちゃん(従業員)
元気と笑顔は100点だが、技術は10点。
爆弾(困った客)を拾ってくる天才。


【読者の皆様へ】

本作品は「note創作大賞2026(4/8〜7/8)」への
応募作です。

※毎週土曜日に更新中。
7月8日までに2万字完結予定です。


第1話:なんでもいいだけの男


ここは、まだまだ成長途中のメガネ屋だ。

商店街の端にある狭小店で、
お世辞にも客足が多いとは言えない。

従業員は、私(店長)と正社員の咲ちゃん、
あとは数人のアルバイトでなんとか回している。

私は今、特注のレンズ加工に集中していた。

上層部からの指示はいつも納期ギリギリ。

ミスをすればお客様に迷惑がかかる。

1本1本、丁寧に、慎重に……。

まあ、客が来なくて暇だから
丁寧にならざるを得ないのだが。


うちの店は、
古い喫茶店のようなレトロな佇まいだ。

リーズナブルな価格設定のつもりだが、
はたから見れば
「頑固親父がいそうな敷居の高い店」に見える。

少なくとも私が客なら、入るのを躊躇する。

そんなことを考えながら加工機に向かっていた、
その時だ。

カランカラン。

乾いた扉のベルが鳴る。

「いらっしゃいませぇーっ!」

正社員の咲ちゃんが、
店の雰囲気とは180度違う、
とんでもなく元気な声で挨拶を飛ばした。

相変わらず気持ちのいい挨拶だ。

だが、完全にTPOを間違えている。

客は毎回、咲ちゃんの熱量に困惑し、
たまに「すいません」と謝りながら
逃げ帰ることすらあるのだから。

私は作業の手を止め、
チラリと入り口に目をやった。
髪はボサボサ。
極端な猫背。
複数の紙袋を抱え、
全身から「近寄るなオーラ」を
発している青年が立っていた。

(あー、咲ちゃん。
 その人にいつもの感じで行っちゃダメだよ……)

私の心の制止は届かない。

「お客様ぁ! メガネお探しですかぁ!?」

咲ちゃんがニコニコと、
獲物を追い詰める肉食獣のようなスピードで
急接近する。

ビクッ!

と青年の肩が跳ねた。

驚きのあまり抱えた紙袋がガサガサと音を立てる。

案の定、
青年は一度も咲ちゃんと目を合わせない。

居心地が悪いのか、
左腕に巻いている腕時計を何度も確認している。
やがて、
あんなに元気だった咲ちゃんの声が
みるみる小さくなっていった。

「そろそろ来るな……」

予感した瞬間、
全速力で咲ちゃんがこちらへ駆け寄ってきた。

「史郎さーーーん! 助けてくださーい!」

今にも泣きそうな顔だ。

事情を聞くと、
咲ちゃんはパニック状態でまくしたてた。

「とりあえず、似合わないから『なんでもいい』って! でも私、なんでも良くないと思ってトレンドのメガネをいくつか選んだんですけど、全部嫌そうで……! どうしたらいいか分かりません! 困ってます! 助けてください! 選んでくれません!」

ごめん、咲ちゃん。

パニクっている君が面白くて、
笑いを堪えるのに必死なんだ。

私は平静を装って尋ねる。

「ちなみに、どんなメガネを勧めたの?」

咲ちゃんが、
ギュッと握りしめていた一本を差し出した。

レンズには彼女の指紋がべったりと付いている。

それは、
某ネコ型ロボットに頼り切りの少年が
かけているような、
とんでもなくデカい黒縁の丸メガネだった。

……

(絶対にそれじゃねーよ……)

喉まで出かかったツッコミをグッと飲み込み、
私はカウンターを出た。

「お客様、申し訳ございません。
 ここからは私がお話を伺います」

青年は怯えたようにうつむいている。

私は彼の目を見ず、
その手元の時計と足元に視線を落として言った。

「お客様。……そろそろ、ご予定の時間なのでは
 ございませんか?」

青年が弾かれたように顔を上げた。

驚愕に満ちた表情で、コクコクと頷く。

「ご予定が済みましたら、
 ぜひまたいらしてください。
 その時の方が、より良い1本が
 選べるかと思いますよ」

青年は狐につままれたような顔をしながらも、
深くお辞儀をして店を飛び出していった。

「史郎さーんっ! 何しれっと帰してるんですか!
  酷いこと言ったんですか!?」

詰め寄る咲ちゃんに、私は吹き出した。

「酷い(笑)。酷いのは咲ちゃんの方だよ。
 あのお客様、きっと今から散髪に行きますよ」

「え? 散髪? なんでわかるんですか?」

「彼が持っていた紙袋です。
 あれは駅前のスーツ店のものです。
 中には仕立てたばかりのスーツと靴が
 見えました。
 腕時計も、買ってきたばかりの輝きだった。
 髪はボサボサだが、
 爪は深爪するほど綺麗に切り揃えてある……。
 つまり彼は、これから人生を左右するような
 大事な『何か』があるのではないでしょうか?
 たとえば、『面接』とか。
 その前にメガネを新調しに来たけれど、
 予約した散髪の時間が迫って焦っていた。
 そこに、元気すぎる店員さんが
 『の〇太くん』みたいなメガネを持ってくるから、
 パニックになったのではないでしょうか」

咲ちゃんが私の肩を力強くどつく。

「それ、完全に咲のことじゃないですか!
 でも、本当に戻ってくるんですか?」

「きっと戻ってきますよ。待ちましょう」

……

一時間後。

カランカラン。

乾いたベルの音が鳴る。
「いらっしゃいませぇーっ!」
咲ちゃんが、店の雰囲気とは180度違う、
とんでもなく元気な声で挨拶を飛ばした。
相変わらず気持ちのいい挨拶だ。
TPOが消し飛ぶ。

さっきの青年だった。

ボサボサだった髪は爽やかに整えられ、
まるで別人のような清潔感を放っている。

「おかえりなさい。
 とてもよく似合っていますよ。
 ……近々、面接ですか?」

「え……っ、はい。どうして……」

驚く彼をなだめながら、
私は彼の事情を聞いた。

以前の職場で心を病み、
2年間休職していたこと。

明日の面接が、
社会復帰への大きな第一歩であること。

「なるほど。それは勇気のいる決断でしたね。
 よく、ここまで来てくださいました」

私は、彼の「今」を支えるためのフレームを
選んだ。

提案したのは、
フロントが落ち着いたウェリントン、
テンプル(つる)がチタンでできた
コンビネーションフレームだ。

ブルーベースの彼の肌に合う、
光沢のある黒とシルバー。

面長なフェイスラインを綺麗に整え、
知的な印象を与える一本。

「おぉ……これ、すごくいいです。
 自分じゃないみたいだ」

「ネイビーのスーツに抜群に合いますよ。
 これで面接は楽勝です」

彼は「またか」と驚いた顔をしながらも即決した。

レンズの加工中、
フィッティングをしながら私は彼に語りかけた。

休職期間をどう説明すべきか、彼は怯えていた。

「もし不安なら、誠実に答えればいいんです。
 後ろめたいことなんて何もない。
 しっかり静養し、主治医からも完治の診断を
 受けて、今ここに立っている。
 それが真実ですから」

青年は、スッと背筋を伸ばし、
「はい」と短く答えた。

仕上がったメガネをかけた瞬間、
彼の口から感嘆の吐息が漏れる。

「……すごく、しっくりきます」

「直前になって自信がなくなったら、
 鏡を見てください。
 今のあなたなら、大丈夫。しっかり話せますよ」

青年は、これまで見たこともないような
深い、深いお辞儀をして店を後にした。

「ありがとうございました! 店長! 店員さん!」

なぜか咲ちゃんまでお礼を言われている。

彼女は誇らしげに鼻を高くしていた。

……

後日。

店にひょっこりと、あの青年が顔を出した。

結果はまだ先だが、面接で自分らしく話せたこと、
緊張した時に鏡の中の自分に励まされたことを、
わざわざ伝えに来てくれたのだ。

「ありがとうございました!」

去っていく彼の足取りは、
初めて来店した時とは違い、
軽やかだった。

そして、背筋が伸びていた。

(……彼はもう大丈夫。前に進めたようだ)

隣では、なぜか咲ちゃんがドヤ顔で腕を組んで、
誇らしそうに頷いていた。

カランカラン。
乾いたベルの音が鳴る。

「いらっしゃいませぇーっ!」

咲ちゃんが、
さらにとんでもなく元気な声で挨拶を飛ばした。
相変わらず気持ちのいい挨拶だ。

TPOが扉を超えて空に消えていった。

「……さて。次はどんな厄介ごとを、咲ちゃんは拾ってくるのだろう。」


__to be continued


【あとがき】

今回のエピソード、いかがでしたでしょうか。

眼鏡は、ただ視力を補う道具ではなく、
その人の世界の見方を変えるものだと思っています。

主人公の史郎を通して、
日常の何気ない景色が少しだけ鮮やかになる瞬間を描きたくて、
この物語を書きました。

※この作品は、画像制作や構成の一部にAIを活用しています。


【史郎のメガネ豆知識】

誰もが1度は憧れる「黒縁」のフレーム。
実は、黒には大きく分けて2つの表情があるのをご存知ですか?

1つは、凛とした「光沢のあるブラック」。
もう一つは、落ち着いた「マットブラック(艶消し)」。

肌の色に合わせて選ぶなら、
ブルーベースの方は光沢ブラック、
イエローベースの方はマットブラックが驚くほど馴染みます。

また、なりたい印象で選ぶのも楽しいですよ。
光沢ブラックは「知的で洗練された印象」を、
マットブラックは「力強く、誠実な印象」を与えてくれます。

同じ黒でも、選び方であなたの表情は格段に変わります。
ぜひ、その変化を楽しんでみてください。


▼ マガジン:小説「メガネ屋史郎は見えすぎる」
第1話から最新話まで、
こちらからまとめてお読みいただけます。


【小説「メガネ屋史郎は見えすぎる」今後の展開】
第1話:なんでもいいだけの男(本記事)
第2話:見せてくれない女(2026.05.09更新予定)


最後まで、ご清覧いただき、
誠にありがとうございました。

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