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メガネ屋史郎は見えすぎる 第2話:見せてくれない女

【あらすじ】

『メガネ屋史郎は見えすぎる』
観察眼が鋭いベテラン店長・史郎。

客の「様々な事情」まで見抜いてしまう彼は、
今日も静かに働きたい。

だが、その静寂をぶち壊すのが、
新人正社員の咲ちゃん。

彼女が笑顔で拾ってくる「厄介なお客様」に、
史郎はいつも振り回されっぱなし。

「見えすぎる」店長と
「見えなさすぎる」従業員。

噛み合わない凸凹コンビによる、
笑いと涙の眼鏡推理コメディ。


【登場人物】

史郎(店長)
観察眼が鋭いあまり、
客のことが「見えすぎる」ベテラン。

咲ちゃん(従業員)
元気と笑顔は100点だが、技術は10点。
爆弾(困った客)を拾ってくる天才。


【読者の皆様へ】

本作品は「note創作大賞2026(4/8〜7/8)」への応募作です。

※毎週土曜日に更新中。7月8日までに2万字完結予定です。


第2話:見せてくれない女


ここは、お世辞にも繁盛店とは呼べない
メガネ屋だ。

従業員は、私と正社員の咲ちゃん、
あとは数人のアルバイトで成り立っている。

今日も私は、特注のメガネを数本作成中だ。

上層部の指示で、納期は最短。

ミスは許されない。

何より、ミスをした分のレンズ代は
自腹になるという厳しいルールがある。

この店がブラック企業かどうかは、
考えないようにして加工機に向かうのが、
この会社で生き残るコツだ。

視界の端で、咲ちゃんが大きなあくびをした。

(気づいているからね、咲ちゃん。
 この加工が終わったら覚悟しておいてね)

そんな平和な(?)説教の準備を
していた時だった。

カランカランカランカラン!

乾いた扉のベルが、
悲鳴を上げるように激しく鳴った。

「いらっしゃいませー!」 

咲ちゃんが、
その暴力的なベルの音にすら動じず、
とんでもなく元気な声を出す。

相手の苛立ちを逆撫でするような、
場違いなほどの明るさ。

嫌な予感がして、
私は扉の方へ目をやった。

綺麗で印象的な光沢感の赤髪セミロング。
長く伸びた真っ赤な爪。
ギラつく装飾のスマホに、
高級ブランドのバッグ。
そして、鼻の先にまでずり落ちた「鼻メガネ」。

彼女の全身からは、
近寄りがたいほどの苛立ちが
オーラとなって立ち上っていた。

「あー、咲ちゃん。
 その人にいつもの感じで行っちゃダメだよ……」

心の声は届かない。
咲ちゃんはニコニコしながら、
獲物を追い詰める肉食獣のごとく
急接近していった。

睨みつける女性。

苛立ちは最高潮に達しているようで、
無言のまま腕を組む。

「お客様ぁ! メガネお探しですかぁ!?」

空気を読まない咲ちゃんの問いかけに、
女性は答えず、
長く赤い爪でスマホの画面を
コン、コン、コン……
と小突き始めた。

咲ちゃんの声が、
みるみる小さくなっていく。

「(そろそろ来るな。ん? フィッティングか?
 うちのメガネじゃないな……大丈夫か?)」

私は見た。

咲ちゃんの手が小刻みに震えているのを。

彼女とと目が合う。

その瞳は「無理です……」と絶望を訴えていた。

私は、静かにグッジョブを返した。

咲ちゃんがおずおずと
フィッティング(掛け具合の調整)に
入ろうとすると、
女性はスマホを見たまま、
拒絶するように首を振った。

呆然と立ち尽くす咲ちゃん。

店内には、
爪がスマホを叩く音だけが響き渡る。

まるで爆発寸前のカウントダウンだ。

「いいから、やって!」

咆哮に近い怒鳴り声が響いた。
次の瞬間、咲ちゃんが脱兎のごとく
こちらへ駆け寄ってきた。

「史郎さーーーん!!! 助けてください!」

今にも泣きそうな顔で、
咲ちゃんが早口でまくしたてる。

「お客様、メガネが緩いから何とかしろって。でも、掛けてくれないんです! どこが合っていないか見せてくれないんです。ひどくないですか? 勘でフィッティングしろってことですよ! 無理です、やったことないです!」

パニックに陥る彼女の姿は、
不謹慎ながらいつも通り面白い。

「ちなみに、どんなメガネなの?」

私が尋ねると、
咲ちゃんはギュッと握りしめた1本を差し出した。

「これです」

レンズには指紋がべったり。
トレンド感のある、
重厚なデカいボストンフレームだ。

だが、耳にかかるテンプル(つる)の部分が、
無理やり鋭角に曲げられている。

(それ、お客様のだから二度と握るなよ……)

ツッコミを奥歯で噛み殺し、
私はカウンターを出た。

「お客様。申し訳ございません。
 担当を代わらせていただきます。
 事情は伺いました。
 ……お顔のラインだけ、軽く拝見しますね。
 もちろん触れませんので、ご安心ください」

女性は意外そうな顔をして頷いた。
正面、左右、斜め後ろ。
少し背伸びをして頭上からも確認する。

「このまま調整いたします。
 あと、この不自然に曲がったツルの部分。
 1度、まっすぐに直してもよろしいでしょうか?」

女性は凄い剣幕で捲し立てた。

「は? 何言ってんの? まっすぐになんてしたら、
 余計に緩くなるじゃん。あんた素人?」

突き放すような怒声が響く。

私は穏やかに返した。
「万が一、以前の状態の方が良ければ、
 その時はまた曲げ直します。
 一度だけ、私に預けていただけませんか?」

彼女は渋々納得し、
またスマホをコン、コン……と叩き始めた。

私はヒーターでフレームを温めながら、
静かに声をかける。

「お客様、大変でしたね。
 ここに来るまでに、
 何度も調整し直したんじゃないですか? 
 断られるお店も多かったでしょう」

カウントダウンが止まった。
「……なんでわかんの? こわ……」

「ハハハ、怖いはショックですね。
 ですが、このフレームには
 何度も無理に曲げ直した跡があります。
 いろんな技術者がいじり回して、
 正解が分からなくなっている」

「……ここが、10軒目」
女性が、ぼそりとつぶやいた。

聞けば、購入した店では直せず、
店長と言い合いになって出禁にまでなったという。

「それは酷い……」

「どっちが?」

「どっちでしょうね(笑)」

少し睨まれたが、
彼女の表情から地獄のような苛立ちが消えていた。

「冗談です。もちろん、購入されたお店ですよ。
 気に入って買われたのに……悲しかったですね」

私は無理な角度をすべて消し、
テンプルをほぼストレートに近いラインまで
戻した。

それを丁寧に拭き上げ、彼女に手渡す。

「こんなの、絶対に緩いじゃん……」

疑いながら彼女がメガネを差し込む。

その瞬間、目が見開かれた。

「え……すご。フィットしてる。
 てか、掛けやすい」

「良かったです。お客様のお顔幅に合わせて、
 ツル全体が包み込むような形状にしました。
 圧迫感が出ないよう、
 肌との間に紙一枚ほどの隙間を作っています」

「今まで痛かった耳の後ろとコメカミが、
 全然痛くない……」

「それは良かったです。
 これは『打ち寄せ』という方法で、
 お客様のお顔の後ろでホールドするように
 固定しています。ただ……」

私はあえて言葉を切り、
彼女の表情を穏やかに見つめた。

「お客様のお顔立ちや掛け心地の好みを
 拝見するに、本来はもう少し『素材』に
 こだわったフレームをお勧めしたいところです」

「素材?」

「はい。たとえば、この『TR-90』という素材。
 医療用のカテーテルなどにも使われる
 超軽量で弾力性のある素材です。
 これなら、今日のような痛みやズレの悩みは
 根本から解消できます。
 ……今回は今お持ちのメガネを
 全力で調整しましたが、
 ぜひ次回は『素材』も意識して
 選んでみてください。
 あなたにぴったりの1本を、
 私が責任を持ってご案内しますよ。」

彼女は、初めて心からの笑顔を見せた。

「次は絶対にここに来ます」
と名刺を受け取り、
女性は軽やかな足取りで退店していった。

「店長ー! どうやったんですか!」

咲ちゃんが詰め寄ってくる。

私は解説しながら、気になっていたことを聞いた。

「咲ちゃん。あのお客様がなぜ、
 頑なに顔を触らせなかったか、
 気づかなかった?」

「え? たらい回しにされて
 人間不信になってたとか?」

「いや、あれはウィッグだよ。
 少し光沢が強かっただろう? 
 もし私がウィッグを使っていたら、
 やっぱり他人に髪際を触られるのは
 気にしてしまう」

「あ! そういうことか!」

咲ちゃんはポンと手を叩いた。

「うーん、私は気にならないけどなー」

そのデリカシーのなさに、正直少し引いた。

「じゃあ、店長がカツラ被るようになったら、
 咲がフィッティングしてあげますね!」

「……加工に戻るよ」

「あー! 無視しないでくださいよ!」

カランカラン。

また、乾いたベルが鳴る。

「いらっしゃいませー!」

咲ちゃんの、元気な声が、
再び店内に響き渡った。

「……さて。次はどんな厄介ごとを、
 咲ちゃんは拾ってくるのだろう。」


__to be continued


【あとがき】

今回のエピソード、いかがでしたでしょうか。

眼鏡は、ただ視力を補う道具ではなく、
その人の世界の見方を変えるものだと思っています。

主人公の史郎を通して、
日常の何気ない景色が少しだけ鮮やかになる瞬間を描きたくて、
この物語を書きました。

※この作品は、画像制作や構成の一部にAIを活用しています。


【史郎のメガネ豆知識】

メガネのフィッティングは、とても重要です。
実は、耳の形に合わせて曲げるだけが
フィッティングではありません。

鼻パッド、顔幅、曲げ、
そして「打ち寄せ」と呼ばれる、
後部に寄り添わせる調整。

これら全てが揃って、
はじめてメガネは顔に固定されます。

どこか一箇所だけを過度に締め付けても、
痛みや赤みが出てしまう。

人生もメガネも、
大切なのは「支え合い」のバランスなのだと、
私は日々フレームを曲げながら感じています。


▼ マガジン:小説「メガネ屋史郎は見えすぎる」
第1話から最新話まで、
こちらからまとめてお読みいただけます。


【小説「メガネ屋史郎は見えすぎる」今後の展開】
第1話:なんでもいいだけの男
第2話:見せてくれない女(本記事)
第3話:破裂した男(2026.05.16更新予定)


最後まで、ご清覧いただき、
誠にありがとうございました。

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