整体師とお坊さんとカカシ 第3話
鮮やかな緑の葉から小さな白い花がたくさん伸びている。
「なんか、珍しいお花が咲いてるよー」
私はそれを見つけて自慢げに報告した。
後から登ってきたばあちゃんが解説しながら近づいてくる。
「フキノトウの花たい。春になって芽吹いたときが旬ばってん、もうとうが立って花が咲いてしもうたねぇ」
「これがフキノトウの花なんだぁ。じゃあ食べられないの」
「なんの、食べなこて。天ぷらにしたり、湯がいてからフキ味噌にするとおいしかよ」
「やったぁ、じゃあゲットだね」
ばあちゃんははしゃぐ私を見て微笑みながら手を伸ばす。慣れた手つきでつけ根の少し上をもぎ取ると肩から下げている収穫用のカゴに入れた。
私は幼稚園の遠足でイチゴ狩りをしたことはあるけれど、自然の山道を歩いて山菜を探すのは初めてだ。何が採れるか考えるだけでワクワクする。
「ほれ舞、これがゼンマイたい」
「知ってる。食べたことあるもん」
「舞も見つけたい」
私はとっとことっとこ先に歩いてゼンマイを探した。するとにょきっと茎が伸びて先端がクルクルと巻いたのが数本生えていた。
「ここにもあったよーゼンマイ」
また自慢げに報告すると、ばあちゃんがせっせと登ってきた。
「そりゃ、こごみたい」
「えーっ、同じに見えるけど」
「んにゃ、ゼンマイは産毛があって茶色っぽかばってん、こごみは毛がなくてきれいか緑色をしとろうが」
二つを並べてそう言われると、なるほど違う。
「ほんとだ。ばあちゃんすごい」
「ゼンマイやこごみと似とるのがわらび。でも、わらびは先がクルクル丸まってなかけん、見分けやすか」
「ふーん、そうなんだ」
私が早くも飽きたかのように気のない返事をすると、ばあちゃんも察したのだろう。話題を切り上げて黙々と収穫している。
「じいさんなどこさ行ったかね。タラの芽ば採るちゅうて張り切っとらしたけど」
ばあちゃんが山菜をもぎながらぼやくのを聞いて、私は瞬時に反応した。
「舞、じいちゃん探してくるっ」
駆け出した私の背中にばあちゃんが叫んだ。
「転ばんごと気をつけなんよ!」
何とか二人並んで歩けるぐらいの狭い山道をひとりでとっとことっとこ登っていく。左手は山肌に草木が繁り、右手は岩がゴロゴロ転がっている中を小川が流れている。小川の対岸は森が続き、見上げれば高々と伸びる木々の間から青空がのぞいた。
しばらく歩くとじいちゃんの背中が見えてきた。いつもの青い作業着に麦わら帽子を被っているから間違いない。
「じいちゃーん」
「おうっ、舞。ほうら、タラの芽たい」
カゴの中には緑の山菜がいくつも入っていた。
「なんか、こごみみたいだね」
「違う違う。こりゃ、タラノキの芽やけん、こごみんごと地面に生えとるわけじゃなかぞ」
「タラノキって大きな木なの?」
「幹はそげん太うならんけど、背の高かとは4~5メートルぐらいになるたい。そうなると道具がいるけん、せいぜい3メートルぐらいまでの届きそうなのを探さんならん。ほれ、言いよると見つけた。これこれ、これがタラノキたい」
思ったよりも細くて、枝ばかりで葉っぱがない。その枝の先に緑の芽が出ている。
じいちゃんは、皮の手袋をつけた手で枝を掴むと器用に曲げて芽の部分をもぎ取った。
「すごーい。でも舞は届かないからつまんない。そだっ、タラノキを探すのなら出来る!」
「タラノキはトゲがあるけん、触らんごとせな。それん、あんまし奥に入ると熊が出てくるかもしらんぞーっ」
「熊なんかおるわけないやん」
「んにゃ、背振山も昔はツキノワグマがおったっぞ。もしかすっと、まだ生き残りがおるかもしらん」
「嘘だぁ、そんな嘘ついても舞は怖くないモン」
「あはは、ばってん、迷子にならんごつせなぞ」
「はーい」
私は返事をしながらどんどん森の中へ足を踏み入れていく。
タラの芽がわかりやすいように上の方を見ながら進んでいた。
じいちゃんが見えないほど離れたとき、茂みから音がした。
ガサガサ ザザザザザ
「誰かいるの?」
私は咄嗟に呼びかけた。じいちゃんもばあちゃんも後ろにいるはずだ。他に山菜採りをしている人かもしれない。もしかしてツキノワグマの生き残りだったらどうしよう。そんな不安もよぎり、怖さを紛らわしたくて声を出さずにいられなかった。
ガサガサ ガサガサ ガサガサ
生い茂る大きな笹の葉を踏みつけかき分け何かが動いている。
「誰、誰なの!」
額に汗が流れるのを感じた。音がする方をじっと見つめたまま足が動かせない。
フンゴッフンゴッ
鼻の長いブタ。いやイノシシだ。黒っぽくて固そうな毛に包まれたイノシシが現われた。
絵本で見るイノシシとはまるで違う。私なんか踏み潰されてしまいそうだ。
「きゃー、こっちこないで」
怒ったのかこっちに向かってきた。ズンズン向かってくる。
フゴフゴフンゴッフンゴッフンゴッ
「舞!どげんした!」
じいちゃんが叫び声を聞いて駆けつけてくれた。
「えーいこの、しっしっ、早よ山奥に帰れ」
私をかばうように立ちはだかってイノシシを追い払おうと手を振り回す。
フゴーー
「ぐわっ」
イノシシが突進してきたので、じいちゃんが腕でかばおうとしたところ押し倒された。岩のように大きくて暴れる力もすごい。きっとこのままだとやられてしまう。
なんとかしなけりゃ。じいちゃんを助けなけりゃ。私は必死に考えていると頭の中で何かが青く光るのを感じた。その途端、自分のものとは思えない大声が出た。
「ダメーーーーーっ!」
フンゴッ
見ればイノシシは驚いたように逃げていく。
辺りは嵐が去ったように静まりかえった。
「じいちゃん、大丈夫?」
「ああ、舞のおかげで命拾いした。ありがとね……イテテ」
「腕のところ血が出てるよ」
「噛まれたごたる。とにかく山ば降りろう」
じいちゃんは何とか立ち上がって歩けた。二人で山道を下っているとばあちゃんが登ってきた。私たちの様子を見て異変を察したらしい。
「まーた、どげんしたぁ。熊でも出たとね」
「なんがか、イノシシたい。舞が叫んで追い払ったけん助かったけど、危なかったとぞ」
「私をイノシシからかばおうとして噛まれたの」
「あちゃー、服まで染みこんで赤くなっとるやない。病院にいかんば」
麓まで降りて救急車を呼んだ。
じいちゃんは総合病院に運ばれ治療と検査のため入院することになった。
翌日、母に連れられてお見舞いに行く。私は近所の井上医院ぐらいしか知らないのでこんなに大きな病院を見たのは初めてだ。
エレベーターで5階まで上がり、病室を探すと4人部屋に「真山平次郎」の名前があった。
「お父さん、具合はどう?」
「おう、詩子か。心配かけたね。20針縫ったらしかけど、こん通り元気にしとう」
「もう還暦なんだから、ムリしないでね」
「山歩きぐらいするくさ。こっちだってイノシシが出てくるやら思わんもん。なあ舞」
「舞はツキノワグマかと思って怖かった」
「そうかそうか。俺があんな話ばしたけんやろ。でも舞があげん強かとはねぇ……」
話していると、白いユニフォームを着た看護師さんがやってきた。
スーッとそよ風のように現われ、自然なのにキラキラ輝く笑顔で話しかける。
「真山さん、いかかですかぁ」
「ああ、もう痛くなかけん、退院してよかごたるけどね」
看護師さんにもいつも通り方言で話すんだ。私は「クスッ」と笑ってしまった。でもたぶん誰も気づいてない。
「傷は縫合したから通院でもいいけど、検査が終わるまでもう少し我慢してくださいね」
母はその説明を聞いて気になったようだ。
「お世話になります。娘です。やっぱり伝染病とかあるんですか?」
「野生動物なので念のためですね。今日か明日にはわかると思います。あ、ご面会中にごめんなさい。ごゆっくりどうぞ」
看護師さんはそう答えると私を見て微笑んだ。
「お孫さん?」
するとじいちゃんがニコニコして答える。
「小学生になったばかりたい。こん子が叫んでくれたおかげでイノシシが驚いて逃げたとです。なあ舞。ほれ、あいさつせんかい」
私がもじもじしていると看護師さんが頭を優しく撫でてくれた。
「舞ちゃんていうのね。おじいちゃんを助けるなんてすごいじゃん。これからもいっぱい元気づけてあげてね」
「はい」
なんだか幼稚園の先生に褒められたときのように嬉しかった。
やがて看護師さんがいなくなると、じいちゃんが真剣な表情で母に声をかける。
「何か書くもんがなかか。エンピツでんよか」
「え?メモ帳とボールペンなら持ってるけど」
母がショルダーバッグをごそごそ探して取り出した。
「これでいい?」
「ああ、それでよかたい」
じいちゃんはケガをしていない右腕で受け取ると、メモ帳をベッドに置いて、ボールペンを握った。
「書きにくいでしょう。話してくれたら私が書くけど」
「んにゃ。よか。自分で書きたかったい」
母が気遣ったにも関わらず、そう言い張る。
メモ帳に一文字一文字ゆっくりと書いて、現われたのは意味不明な言葉だった。
ナンタイサンカツサレ
第4話へ続く⇒
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