見出し画像

整体師とお坊さんとカカシ 第4話

「やったー」
「いえーっ」
 私たちは百道ももち看護専門学校の講堂前でハイタッチをかわす。
 入学式は黒いパンツスーツと白いカッターシャツで揃えた30人近くの新入生が参加し、厳粛ななか行われた。式典が終わって会場から出ると緊張から解放された勢いも手伝ってついはしゃいでしまう。

 辻田深園つじたみそのとは入学試験のグループディスカッションをきっかけに知り合った。
 自己紹介で受験した理由を話す流れになり、私が「小学生の時に祖父が入院した病院の看護師さんが素敵で憧れたから」と明かしたところ、「うちは祖母が勝手に願書を送ってたんです。じいじやばあばの存在は侮れませんね」と口を挟んで場を和ませた。
 彼女はその後もウイットの効いた発言が多く、気になったので試験が終わって声をかけてみた。
「辻田さん、おばあちゃんが願書を送ったっていうお話しよかったわ。アイドルみたいね」
「ああ、あれ作り話だから。真山さんってピュアなのね」
「マジで!完全に信用しちゃった。じゃあ、なぜ看護師になろうと思ったの?」
「お母さんが看護師で、私にもなれってうるさいのよ。でもあの場でそれを話すのは嫌な感じがして」
「そうなんだ……」
 私は「祖母が勝手に願書を送った」という作り話も同じレベルのように感じたが、彼女なりのプライドがあるのかもしれない。そう思って言葉を飲み込んだ。

 2月末に合格発表がありお互いにメールで喜び合った。それでも桜咲く季節に再会を果たすと感激もひとしおだ。二人とも学校が管理するワンルームマンションに入るとあって、初めてのひとり暮らしに気分も上がる。

 看護師は清潔第一で身だしなみにうるさいが、看護学校は輪を掛けて厳しいと聞く。ネイルやアクセサリーはもちろん、ナチュラルメイクは許されても派手なメイクはNG。それを踏まえてなお気をつけねばならないのが髪型だ。
 私は普段から肩につく程度に伸ばした髪をポニーテールにしているが、実習ではまとめてお団子にしなければならない。前髪も眉にかからないようヘアピンでとめる必要がある。
 深園はベリーショートに丸メガネがお気に入りらしく、ヘアスタイルで苦労しないからうらやましい。
 私たちは仲が良いうえに背格好が似ているため、並んで座るとクラスメイトや先生から「姉妹のよう」とからかわれる。寮に戻ってからは私の部屋で課題のレポートを書いたりするが、どうしてもおしゃべりがはじまってしまう。

「何かにつけナイチンゲールを持ち出されるからたまんないわよね。『進歩し続けない限りは後退していることになる』とかさ。わかるけど、それができないから悩んでるっちゅうの」

 深園が愚痴りたくなるのも無理はない。担任の先生は「ナイチンゲールの志」を掲げて教えようとするのだが、我々としてはもっと具体的に手取り足取り指導してほしいところだ。

「だいたいさぁ、『看護は芸術である』って言われてもわかんないし。まだコミュニケーション技術すらついてくのがやっとなんだから」
 
 私まで一緒にぼやいてしまうから課題がはかどらない。
 そんな調子ではあるが2年目、3年目と学ぶなかで有意義なことから理不尽なことまで様々な経験をした。

「今日の母性看護学演習でやった沐浴でさぁ、人形を相手に母性ホルモンが溢れちゃった」
「わかる、私なんか妊婦体験ジャケットをつけただけで、ホルモンだだ漏れよ」
 疑似体験でそこまで成りきれるのは、私たちの感受性が強いからかもしれない。
 とくに深園はドライなところがあるくせに、感情移入すると突っ走る傾向がある。

 コミュニケーション技術は1年生で教わる基本中の基本だ。本来おしゃべりが好きな深園は2年生のとき老年看護実習で病棟の女性患者と意気投合したという。ことの顛末を彼女から聞いてさすがの私も焦った。

「吉田のおばあちゃんがさ、『花の水やりができないから心配で心配で』っていうじゃない。だから私が代わりに朝早く抜け出して、吉田さんちの花壇にお水あげてるんだ」
「え?それってヤバくない?」
「もちろんナイショだよ」
 肩をすくめて微笑む彼女は誇らしげに見えた。

 大胆なように思える深園だが、意外な一面もある。手術の見学実習で同じグループになったときのことだ。
 手術室に入る前から入念に手洗い消毒をしてガウンと手袋に身を包み準備万端。入室して麻酔で眠る患者さんをオペするドクターの後ろから覗き込むように見学する。
 私はドクターや先輩看護師の一挙手一投足を見逃すまいと集中した。深園は私の後ろから背中越しに見ているようだ。
 ドクターが腹部にメスを入れた途端、私の腕にすがる気配を感じた。

 ゴツッ

 音がしたので床に目を向けると、誰かが倒れている。
「みそのっ」
 私が名前を呼ぶよりも先に、周りの頼もしい先輩がたが素早く脈と呼吸をみて介抱しているではないか。ここは病院、しかも手術室、医療の最先端なのだと実感した。
 深園は軽い貧血でしばらく横になっていたら回復したという。
 寮に戻って彼女の顔を見るとホッとしたが、まさかそこでカミングアウトがあろうとわ。
「子どもの頃から血を見るのが苦手なんだよね。だから注射も嫌いだし。これナイショね」
 彼女は果たして看護師に向いているのだろうか。私は心のなかでインタロゲーションマークを点滅させた。

 貧血事件が起きてから、学校中の深園を見る目が変わったように思う。私は今まで通りに接しているが、クラスメイトや先輩看護師、さらに講師陣までが気遣っているのか彼女を避けているように見えてしまう。もっとも、当の本人は気にしていないらしい。というか、空気の変化を感じていないのかもしれない。

 私は運気だとかバイオリズムだとかをあまり信じないほうだ。テレビで占いを見かけたときは、良い内容ならば「ラッキー」とテンションも上がるが、悪いときはすぐ忘れてしまう。それでも深園を見ていると「運の流れ」が落ち目になったような気がしてしようがない。

 今日はいつも楽しみにしていたはずの看護実習でトラブルがあったらしいが、たぶん彼女は悪くない。男性の患者さんに触られたというのだから。

「くそっ、303のハゲじじいよ。『バイタルチェックしますね』って脈拍測定してたら、しれっと手を添えてくるし。計りにくいからのけときましょうねって払ったけど。血圧計を右腕に巻いてたら、性懲りもなく左腕を伸ばして胸を触るのよ。信じられない。『お触りサービスはやってません』って睨んだらニヤニヤしてるんだから。こっちの血圧が上がるちゅうの」
 聞いてるだけで私までムカついてきた。
「それってもうセクハラじゃん。ちゃんと報告したの?」
 つい語気を強めてしまったところ、深園はシュンとして首を横に振る。
「だって、先輩も先生も最近冷たいんだもん。『あなたの態度が悪いからよ』なんて怒られそうでさ」
 私はハッとした。深園が空気の変化に気づいていないなんて、とんだ思い違いをしていた。彼女は周りの白い目を黙って受け容れストレスを溜め込んでいたのだ。

 ふと「ホウレンソウ」というワードが脳裏をよぎった。授業で常々「報・連・相(報告・連絡・相談)」をするように指導されているが、もし私から担任に報告したら深園の立場がない。

 じゃあどうしたらいいのだろう?やはり報告するべきではないか。いや、きっと「なぜあなたから?深園さんから報告するべきでしょ」と詰められる。だからといって、私がセクハラを受けたと虚偽の報告をしても意味がない。深園の受けた傷は癒えないのではないか。
 自分がとるべき行動を考えるほどに悶々とした気持ちになり、その夜は寝付きが悪かった。

 だが、物事はなるようになるという。早くもその機会が訪れた。



第5話へ続く



投稿した小説はこちらのマガジンで読むことができます



#創作大賞2026
#お仕事小説部門

#看護学校
#看護実習


いいなと思ったら応援しよう!