整体師とお坊さんとカカシ 第1話
あらすじ
中堅看護師の真山舞は、老いた患者の言葉をきっかけに整体師の道へ進む。
ある日、彼女が施術した男性が自宅に帰ってから亡くなった。刑事には異常はなかったと答えたものの、実は明かせない秘密が。
舞は理不尽なことに憤って冷静さを失ったとき、不思議な力を発揮するのだ。その男性を施術したときも、自分ではない何者かが憑依して「力」を使っていた。
やがて整体の合同研修会が行われた宿坊で舞の「力」が暴走。寺の僧侶が立ちはだかり何とか食い止めた。僧侶に悩みを打ち明けた舞は「力」の秘密を知ることに。
その後、刑事とともに死亡した男性の自宅を訪ねた舞は、死因に疑問を持つのだった。
月曜日の昼下がり、少し遅めのランチにしようとコンビニに行く。
私が整体サロン・ツンノーテに採用されてもうすぐ2年になるが、近所のコンビニで毎日のように何かを買っている。今や顔見知りの店員さんも少なくない。
昨日はテレビで録画していたドラマを見ながらチューハイを飲んでいたら眠ってしまったらしい。気づくと日付が変わっていたので、慌てて歯を磨きベッドで寝直した。
6時半にセットした目覚ましが鳴るのをおぼろに感じながら起きると夢うつつで顔を洗う。なんとかコンディションを整えようとみそ汁を作ったものの、食欲がなく一口で諦めた。
体調管理を怠ったのだから自業自得だ。己をムチ打つようにハイツを出ると8時半前に出勤してギリギリ遅刻を免れた。9時の開院までに準備を済ませ、朝礼が始まる頃にはやる気エンジンがかかりはじめる。
私はこの日のスケジュールに従い午前中に外回りでチラシのポスティングを行う。正午前に戻って一息つくと13時に予約された方を施術して、14時からランチ休憩がとれた。
「いらっしゃいませ」
「これください。パワーつけて月曜日の憂鬱を乗り越えなきゃ」
「その気持ちわかります。パパがよく聴いていた『マニック・マンデー』という曲を思い出します」
「へえ、それって私もラジオで聴いたことあるかも。パパいいセンスしてるじゃん」
「ありがとうございます。ミックスサンド、あんドーナツ、エナジーゼリーですね、レジ袋はおつけしますか」
「袋なしで。それとコーヒーMをお願い」
「かしこまりました」
笑顔でハキハキと返す挨拶が清々しい気持ちにしてくれる。
アルバイターの彼女は20代と思われる。たぶん南アジア系だろう。インド映画のヒロインみたいな美人で日本語を普通にしゃべる聡明な感じがよい。
私が白地にアクセントの青いラインが入った制服ならば、彼女たちはパステルピンクにストライプが入った制服を着ている。似たような姿で対面していることもあって親近感を覚えるのかもしれない。
初めこそ整体用の白い服を着て外回りするのに抵抗があったけれど、三日もすると「歩く広告塔、サンドイッチマンみたいなものだから、堂々としていいんだよ」という院長の言葉の通りだと納得して平気になった。今じゃコンビニのイートインスペースでくつろぐのもすっかり慣れて、町ゆく人々を眺めながら、ひとりランチを味わう至福のひとときを楽しんでいる。
ランチ休憩を終えてツンノーテに戻ると、受付けカウンターに院長とスーツ姿の男女が立っていた
「ああ真山さん、ちょうどよかった」
院長が声をかけると男女二人も私に視線を向ける。
「お話しを聞かせてほしいのですが、少しお時間いただけますか」
シンクロしたように黒い手帳を取り出し縦開きにするのでドキッとした。「刑事ドラマで見るやつだ」
そう思いながらも、実際に突きつけられたら緊張して手帳を確認する余裕などないことを知る。
「あのぅ、ここでは何ですから休憩室の方へ」
鼓動が早くなるのを感じ始めたとき、院長が機転を利かせてくれたから助かった。
整体サロンのエントランスはホテルのように広くない。問診に使う小さなテーブルとイスはあるものの、警察から聞き取りされている図なんて出来れば目に付かない方がよいと考えたのだろう。
スタッフ用の休憩室は奥にあり、8畳の和室に畳1枚ほどの座卓が置かれている。引き戸を締めればよほど大声で話さない限り外には漏れないはずだ。
私と院長、そして刑事二人が向かい合う形で座った。
「早速ですがお名前から確認させてください。院長は野中明夫さんでよろしいでしょうか」
「はい、そうです」
男性刑事と院長のやりとりから、次は私の番だろうと思い名乗った。
「真山舞です。施術スタッフです」
「ありがとうございます」
彼がメモをしている間に女性刑事が一枚の写真を見せてきた。
人がよさそうな男性刑事とは違い、彼女の方は能面のような表情ながら眼光は鋭く、嘘は許さないという圧がある。
「この男性をご存じですね」
「ええ、たしか初診で来られた田中さんだと思いますが」
私は答えながら背中がゾクゾクした。
「田中大造さんです。昨日お亡くなりになりました」
「えっ」
ということは私を疑っているの。施術が原因で命を落としたって、いえ、それどころか私が仕込んで故意に殺したとでもいうの。瞬時にそんなことばかり思い浮かんでテンパってしまう。
すると院長が先に言い返してくれた。
「でも、田中さんが亡くなったのは昨日でしょう。真山が施術させていただいたのは土曜日の夕方・・・・・・」
「6時から45分ほどです」
私が補足すると院長はうなずいて続ける。
「つまり7時前には施術を終えてご自宅まで帰り、一晩を過ごされたわけですよね。ずいぶん経っているじゃないですか。私どもはリラクゼーションを第一に考えて施術を行っています。真山もその方針をよく理解しており、ご利用者さまからクレームをいただいたことはありません。いったい何を根拠に疑っているんですか」
「我々もあらゆる可能性を考えながら情報を集めているところでして、まだ何とも言えないのです」
女性刑事が突き放すように答えると、男性刑事が心なしか身を乗り出した。
「お気持ちはわかります。これは田中さんの奥さんに聞いたお話しですので他言無用で願います。大造さんは帰宅されたときに『今日の整体はなんかよかった』と満足そうにされていたそうです。夕食を終えてお風呂に入り、その後はいつものようにソファーに座ってテレビを見ていたところイビキをかいて寝てしまったので毛布をかけ、奥さんは寝室でおやすみになられました。翌朝8時頃に起きてリビングを覗くとまだ寝ていたので声をかけたけれど目を覚まさない。様子がおかしいから救急車を呼んだということでして」
「心疾患か脳出血?」
院長が緊急疾患の可能性を示唆したが、刑事は首を振った。
「お話しできるのはここまでです。死因についてはまだ我々も知らされていません」
そう答え終わるや、今度は女性刑事が事情はわかったでしょうと言わんばかりの勢いで切り出した。
「参考までに教えてください、首をボキボキいわせる施術はされましたか」
「当院では頸椎矯正を行わない方針です。やってないよな?」
野中さんがツンノーテを開業した頃、しばらくは順調だったがやがて頸椎矯正を行ったご利用者さまからクレームが出始めたという。施術直後はとくに違和感もないが翌日になって「めまいがする」「気分が悪くなった」という声が続いた。施術との因果関係はわからないものの、安全性を優先して禁じ手としたそうだ。現在のスタッフにも理由を話して徹底している。
「はいもちろん。カルテに書いたとおりです」
院長に聞かれて私が答えると女性刑事はさらに踏み込んできた。
「首ボキボキではないとしても、施術中に気になることはありませんでしたか」
「いえ、とくに痛みを訴えることもなく、リラックスされていたと思います」
「そうですか。ご協力いただきありがとうございました」
男性刑事がメモ帳を閉じて聞き取りは終わった。
私は正直に答えたつもりだけれど、うしろめたさは否めない。どうしても明かせないことがあるからだ。
その男性は、私が偶然電話に出たことから担当することになった。
「お電話ありがとうございます。整体サロン・ツンノーテです」
「新聞折り込みのタウン情報を見たんだけど、お宅はどんなことやるの?」
「ありがとうございます。当院では頭からつま先までをほぐしながら、コリや痛みなど不調の原因となるポイントを見つけてそこを重点的に施術いたします。背骨ぞいと肩甲骨周りのほぐし、骨盤から脚のほぐしなどを行いますが、首をボキボキいわせる施術は苦手な方もいらっしゃるため行っていません。ベッドに横になられリラックスした状態で施術を受けていただきます」
「ふーん、なんかよさそうやな。じゃ、あんたにお願いしよう……」
指名制と勘違いしているらしいが、断る理由もないから名乗って予約を受けた。自宅からは車で5分ほどというけれど念のためツンノーテの場所をわかりやすく説明する。
三日後の土曜日18時、予約時間より少し早めにやって来た。
「のさん、ああのさん」
なんだかよくわからないことをぼやきながら腰に手を当てている。
「お辛いとは思いますが、こちらの問診を兼ねたアンケートにお答えいただけますか」
私が問診用のイスを勧めるとゆっくり腰を下ろしながら呻く。
「ウウウウ、のさん、のさんど」
何を言いたいのか気になるが、迫力に負けて切り出せなかった。
頭は角刈りで白髪交じり、白い開襟シャツに白いスラックス、さらに白いソックス、白い革靴。対して顔も首も腕も手の甲も見事に日焼けしているから赤黒さが際立つ。
背丈は私と同じぐらいだから160センチほどだろう。肥ってはいないがシャツの上からわかるほど胸板は厚く腕も腿も太い。とにかく私が苦手とする「昭和のオヤジ」タイプだ。
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氏名:田中 大造 たなか たいぞう
年齢:56歳 男
現在の症状:肩こり 腰痛
・症状が気になりだしたのはいつですか?
「肩こりはだいたいいつも。庭の草取りをしたあとに腰が痛くなった」
・以前に事故や病気をされましたか?
「40歳頃、腎臓結石で手術した」
・病院や整骨院、整体にかかりましたか?
「整形外科で検査したら背骨に異常はないと言われた。整体はちょくちょく行っているけど、どこもあまりパッとしないのでここに来てみた」
・お薬・サプリメントを飲んでいますか?
「ビタミン剤みたいなやつ」
・持病はありますか?
「とくになし。腰痛肩こりぐらい」
・他に気になる点は?
「首を回しにくくなった」
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問診を済ませて施術用ベッドまで歩いてもらう間もずっとぼやいていた。
「ああのさん、のさんど」
「田中さん、お辛いかもしれませんが、ゆっくりうつ伏せに寝てもらえますか」
「うつ伏せちゅうたらこうか。ウウウウのさん……」
ぼやきが止まった。
ほどよい反発力のある整体用マットを使っているので少し楽になったようだ。
すると口がきけるように枕から顔をずらして注文をつけてきた。
「おねえさん、首をボキボキやってくれんか。あれやるとスッキリするから」
「お電話でもご説明したように、うちは頸椎矯正やっていないんですよ」
私はそう答えて、田中さんの右膝を曲げるとつま先に手を添えて足首をゆっくり回し始める。
「全体をほぐすことでリラックスしていただく施術なので、まずは足の方から緩めていきますね」
「首じゃなくて足首かい。ボキボキせんのならもっと強く揉んでくれや」
ほらやっぱり。いるのよね、やたら上から目線で威張るヤツ。私はその言葉にカチンときて、その瞬間から頭の中で青い何かが光り出すのを感じた。
例えれば真っ暗な宇宙に浮かぶ小さな青い惑星のような灯りだ。球体ではなく空豆のようにいびつな形をしている。
初めてのことではない。子どもの頃から自分の意思とは関係なくときどき現われていたのだが、このところ頻繁に光るようになり形もハッキリしてきた。
だからこのときも慌てることなく、空豆がこれ以上大きくならぬよう、ゆっくり呼吸をして心を静めようとした。そうやって自らを落ち着かせながら田中さんに説明して施術を続ける。
「では背骨の両側をほぐしていきます。気分が悪くなったり痛いときは言ってくださいね」
背骨に沿って脊柱起立筋を親指で弧を描くようにしながら首のつけ根あたりから骨盤周辺までほぐすテクニックだ。
「うーん、きかんなぁ、もっと強く揉んでくれや。もっと気持ちを込めてぐいっと」
「わかりました。でも、もみ返しがこない程度にしておきますね」
私は声が震えるのを隠すため口先でボソボソと答えた。
青い空豆はさっきより鮮やかな光りを放ちどんどん輝きを増している。それは美しくもあり恐ろしくもあった。まるで何かを訴えるようにも思える。
こうなっては自分でも制御不能なのだ。私は心の中で宣告した。
「もう、どうなっても知らないんだから」
第2話へ続く⇒
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