整体師とお坊さんとカカシ 第2話
「もう、どうなっても知らないんだから」
それは田中さんに向けた宣告のようで、自分に対する覚悟でもあった。
みるみる空豆の輝きは強くなり、頭の中いっぱいに広がっていくと溢れ出すように額から青い光りが放たれて田中さんを包み込む。
私のなかに別の人格が現われて青い光りの力により彼のカラダを自由自在に操ろうとする。
だんだん意識が薄れて一部を乗っ取られる感覚だ。呪文のような言葉を唱えるとギアチェンジするように人格が入れ替わってゆく。
「ナンタイサンカツサレナンタイサンカツサレナンタイサンカツサレ!」
あーせからしか。こればすっと、あとでえらい疲れるっちゃんねぇ。
どーれ、ウチの青い光りに照らされたら服も皮膚も透き通るごとしておっちゃんのカラダの中がよう見えるバイ。
骨も肉も内臓も血管もなんもかも手ん中たい。レントゲンやCTスキャンでもこうはいかんめえ。
こん人な催眠術にかかったごつしてよう寝とらす。今のうちにちゃちゃっと終わらせろうかね。
「太衝!」
よーし、そうそう、足の甲にあるツボを目がけるごつ、頭んほうにある気が降りてはじめた。いい感じで肝臓を通ってよう巡りよう。ありゃ、胸椎の3番と4番とこで流れが悪いごたるね。あちゃー、腰椎4番とこも案の定たい。こらぁ肩も凝れば腰も痛かろう。
「ウリウリウリ」
あはは、青い光りの力で椎骨ばちいと動かして遊びをつけてやるったい。おもしろかごと流れがようなる。
肩甲骨周りの筋肉も硬うなってしもてから。本来の整体なら肩甲骨はがしをするやろが、この際やけん気の力で動きばつけとこうかね。
「ほれ、ふわーっ、ふわーっ、ずりずりずり、ふわーっ、ふわーっ」
これでだいぶ楽になるはずたい。
ん?こりゃいけん!環椎と後頭骨のとこが滞っとる。ウリウリしてもよかばってん、頸椎矯正がNGやけんそれはやめとこう。ここはツボに気を流して動きばつけるか。
「天柱!風府!」
それそれそれ。そうそうそう。よっしゃ、こんだけ流れたらもうよかろうたい。
「ナンタイサンカツサレナンタイサンカツサレナンタイサンカツサレ!」
再び呪文を唱えたら徐々に人格が戻ってきた。青い光もすっかり消えている。
「あーあ、またやっちゃった。博多弁で話すキャラが憑依して威勢よくやってくれるのはいいんだけど、心身の負担は残っちゃうのよね」
「うーーーんっ」
私は両手を組んで背伸びをすると、普段通りの整体師に気持ちを切り替えた。
「田中さん、施術は終わりましたよ。ご気分いかがですか」
「おうっ、ああ、気持ちよくて眠っとったわ。よっこらしょ」
田中さんは施術台から脚を降ろして起き上がると腕を回したり、体をひねってみせた。
「肩も腰もよく動かせる。痛くないし、ずいぶん楽になった気がする。あんたいい腕しとるな。アハハハ」
「よかったです。施術後は激しい運動はされず、しばらく安静にされてください。お酒もできるだけ控えられたほうがいいです……」
「おう、わかっちょるわかっちょる。風呂も温めで長風呂はだめってか。今日は軽く汗を流したら早めに寝るとしよう」
そう言って元気そうに帰った。
ところが、月曜日に警察がやって来て「田中大造さんは昨日亡くなりました」と告げるではないか。私としても寝耳に水だった。
そして刑事による聞き取りのなかで「首をボキボキしていないか」と詰められて否定しながら一抹の不安を覚えた。
整体テクニックとしての頸椎矯正はやっていないから嘘はついていない。それに「青い光を使って環椎後頭関節の滞りを改善した」などと説明できるはずがない。話しても信じてもらえないだろうし、逆に虚言癖でもあるのかと疑われてしまうのがオチだ。
刑事たちはそれ以上追求することなく帰ったが、私の中に釈然としない思いが残った。
*
北日本を中心に各地で熊による人身被害が増えているとニュースで言ってた。九州では野生のツキノワグマは絶滅したとされるが、実はまだ一部の地域でいくつか目撃情報が寄せられているらしい。自然豊かな背振山地もそんな一つだ
両親は私が物心つく前に離婚し、母は私を連れて背振山の麓にある実家に戻った。
パートアルバイトを掛け持ちして多忙な母に代わって私を育ててくれたのは祖父母だ。
農家なので田んぼや畑に連れて行かれ、幼いながらに手伝う真似をするのが何よりの遊びだった。
じいちゃんは寡黙で厳しい人なのであまり相手はしてくれないが、ばあちゃんはいろいろな話しをしてくれた。
「詩子は誰に似たとか、真面目一辺倒やろ。タクヤさんなよか男やったけん、中州あたりの着飾った女が放っとくわけなかたい。ふらっと誘われたちゃろう。舞も大きゅうなって博多ん街に出たらそげん風にならんごと気をつけんと」
ばあちゃんは、私がまだ幼稚園児なのでどうせ忘れるだろうと思ってそんな生々しいことを話したのだろう。でも子どもなりに父の浮気が原因で離婚したらしいと察しがついた。
あれは私が5歳のとき、たしか11月のことだ。平日なのに母がいつもより早めに仕事から帰ってきた。
「ねえ、今日はしし座流星群が見えるらしいよ。なんか流星嵐っていうぐらいたくさん見られるかもしれないんだって。皆で山に登って見ましょうよ。深夜だからお父さんの運転で」
「おう。脊振神社まで登ったらよう見えるやろうな」
じいちゃんが珍しく乗り気で答えた。娘が暗に自分を頼ってくれたから嬉しかったのだろう。
「なら、じいちゃんな晩酌なしばい。飲酒運転になるけん」
「わかっちょる」
ばあちゃんに釘を刺されて苦笑いしていた。
母たちが車中で話すのを聞いていると、脊振神社は下宮と上宮があるらしい。
「下宮の白蛇神社もお参りしたかけど、今日は山頂から眺めるけん、上宮の弁財天だけお参りしとこう」
じいちゃんはそう言うと車で背振山に上っていく。しばらく走らせると小さな駐車場に着いた。
車から降りると辺りは真っ暗だ。
「舞、ここから石段を登るけどけっこうあるよ。おんぶしようか」
「自分で登りたいっ。懐中電灯があるから大丈夫だもん」
私は母が心配するのを振り切って、とっとと石段を登りだした。
「おうおう。元気のよかねぇ、けつまずかんことせなよ」
「大丈夫!」
ばあちゃんの声はすでに離れて聞こえたので、大きな声で返した。
懐中電灯で照らしながら登るから意外に時間がかかるし疲れも早い。振り返ると皆の姿が見えなかったので少し待つことにした。
ふと空を仰ぐと満天の星が広がっている。
「うわー、キレイ」
もしかして、しし座流星群が見えるかも。そう思うとワクワクして我を忘れてしまい、上を向いたままふらふらと辺りを歩き回る。
「あっ!」
青い光が流れたように見えた瞬間、目の前が真っ白になり、思わずうずくまった。
目を開けられずにしばらくじっとしていた。数秒のように感じたがもっと長かったかもしれない。
「舞っ!舞っ!」
私を探す声が思いもしない方向から聞こえた。少しずつ視界が戻って来たので周りを照らすと見知らぬ景色が広がっている。夢中になってうろつくうちに石段を超えて薮の中に入ってしまったようだ。
「おかあさーん、ここー、ここー」
私は起き上がると叫びながら、薮から抜け出そうと草木をかき分ける。
「まーい!どこに居たの、探したじゃない」
母は私の声を頼りに見つけてくれた。しゃがむようにしてぎゅっと抱きしめるので私も抱きついた。
「よかったよかった。神隠しにでんおうたか思うたたい」
「ほんなこったい。どっか落っこちたんやなかかて心配したばい」
追いついたばあちゃんとじいちゃんもホッとしていた。
「舞ね、星を見ていたら青く光ったの。眩しくて目が開けられないぐらい」
「じゃあ、すごく明るい流れ星かしら。運よく見えたのはよかったけど、目は大丈夫なの」
「うん。少しチカチカするけど、もう見えるようになった」
私はそう答えたものの、母は心配でしし座流星群どころではなかったのだろう。
「もう帰りましょう。お父さんもお母さんも付き合わせてごめんね」
「なんの。夜中に上宮まで来るのは初めてやけん。よか思い出になったたい」
「ほんなこつ。うちもじいさんとドライブするやら何年ぶりやろか」
「なんばいうか。しょっちゅう買い物に乗せていきよろうが」
帰りの車中もそんな調子で方言が飛交って賑やかだった。
私の目は翌日になるとチカチカする感じがなくなり、数日すると気にならなくなった。皆もあのときの出来事は忘れてしまったようだ。
やがて冬を越え春が来て、私が新一年生になったころ。
異変が起きた。
第3話へ続く⇒
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