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整体師とお坊さんとカカシ 第17話

 満月に照らされて横顔が浮かび上がる。
 ロマンティックなシチュエーションだとまだいいけれど、十中八九そうじゃない。
 私は人影の正体を確認しようとトイレの窓を開けてしばし見つめた。

「犬丸先生と深園だわ」
 パーマのかかった黒髪オールバックでサイドを刈り上げたツーブロック。
 もう一人は俯いているからよく見えないけれど、茶髪のボブヘアに違いない。
 どちらもFBGの整体用白衣を着ているので、今までどこかで話し込んでいたのだろう。

「暗いからつまづかんごとしいや」
 男性の声が気遣うと、懐中電灯で足下を照らしながら相手の手を引っ張るようにして連れて行く。方向からして滝に向かっているらしい。 

「こんな夜中に二人で滝のところまで行くなんて」
 私は胸騒ぎがして後を付けることにした。
 懐中電灯は持っていないから、前方の灯りを頼りに距離をとって尾行する。

 月明かりで人の影が出来るほどだから暗闇というわけではない。
 山道を歩く二人の背中を見ていたらまるで逃避行のように思えてきた。

「辻田。君の為を思うてのことやで。わかっとるやろ」
「はい・・・・・・」
「なかなか素直やないかい。それでええねん」
 そんなやりとりが聞こえてくる。
 辺りは虫の音しかしないほど静かなのだ。

 次第にせせらぎの音が大きくなり滝に近づいてきた。
 昼間に皆で滝行に来たときのように全貌を見ることはできない。
 でも滝壺を打ちつける勢いと水しぶきで目の前にあることはわかる。

「よし、これに着替えぇ」
 犬丸先生が小脇に抱えていた白装束を差し出す。
「そんなの嫌です。暗い中でムリですよ」
「ええから。俺が照らしといてやる。ほれ、早う」
「やめてください」
 嫌がる深園の腕をつかみ強引に着替えさせようとしている。

 私は二人の只ならぬやりとりを聞きながら看護実習のことを思い出した。
 深園が患者さんからセクハラされたとぼやくのを聞いて、私がその相手に青い光の力でお灸を据えたことがある。
 思えば深園は突っ張った生意気なところがある反面、実は気が小さい。本当は真面目なのだが不良っぽく見えるため、そこにつけこまれやすいのではないだろうか。
 
 犬丸野郎のやり口がまさにそう思えてきた。
「許せない、許せない、許せない」
 私はだんだん腹が立ってきて繰り返しつぶやいた。
 すると頭の中で青い空豆が光り出す。
「うわっ、久しぶりの青い光だわ」
 懐かしい感じすら覚えつつ、条件反射のように呪文を唱える自分がいた。
「ナンタイサンカツサレ ナンタイサンカツサレ ナンタイサンカツサレ」
 するとかつてないほど空豆がみるみる膨らみ、青い輝きを増してゆく。
「あれ、ちょっと待って、もうそれぐらいでいいでしょうよ」
 呼吸法を使って抑えようとするもまったく利かない。
「ナンタイサンカツサレ ナンタイサンカツサレ ナンタイサンカツサレ」
 自分の意思を無視して口の中で呪文を唱え続けている。
「ナンタイサンカツサレ ナンタイサンカツサレ ナンタイサンカツサレ」
 ダメだ。制御できない。
 途方に暮れたそのときだ。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ
 耳奥で地鳴りのように響く。
 ズザザザザザーーー
 頭の中で何かが勢いよく動き突き抜ける感じがした。
 自分に起きた異変に身の毛がよだつ。
 それでも私を突き抜けて飛び出た正体を見届けようとする好奇心が勝った。
 
 青い光を放つ山伏が目の前に立っているではないか。
 よく見ると地に足はついておらず、浮遊しているというべきだろう。
 田舎にいたときよく登った背振山に建てられた「役行者像」を見たことがある。
 頭には六角形の小さな帽子を被り、手には長い金棒を持っている。衣服は全体に天狗を思わせるが、顔は天狗ではない。役行者(えんのぎょうじゃ)は修験道の祖とされるらしい。
 つまり目の前にいるのは修験者や山伏の類いだろう。

 瞬時に心当たりを集めて答えを絞り出した。
 だが同時に空しいことを思い知る。
 青く輝く山伏は完全に独立しているのだ。
 私の心配をよそに浮遊しながら二人に向かってゆく。

「ぎゃー」
 深園は顔を引きつらせて倒れた。
 恐怖のあまり失神したらしい。

「うわ、お化けっ、かんにんして」
 犬丸は震えながら手を合せて拝む。

「あーぐらぐらこく きさんな弱いもんいじめばしてからくさ そげんとはぼてくりまわさなでけん」
 山伏は気色ばんだ様子で犬丸を罵倒するが訛っているから半分もわからない。
 でも、その声はこれまで私の中で青い光とともに現われた別人格と似ている。きっと別人格が独立して山伏になったのだ。

「えーいっ」
 山伏が気合いとともに金棒を突き出すと青い光の玉が放たれる。
「あ、危ない」
 私の叫びも空しく玉は犬丸の腹部を直撃した。
「うげ」
 犬丸は体を折り曲げるようにうずくまって動けない。
 ヒュンヒュンヒュン
 山伏はますます輝きを増し、怒りのエネルギーが唸るような音を轟かせている。
「がばいちゃーがつかー おなごには威張ってもそげんひーたれでどげんすう やぐらしかけんとどめたい そいぎんた~」
 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン
 気力を集中させて金棒を振り上げた。

「マズい!これ以上攻撃したら犬丸が死んじゃう」
 だが私では山伏を抑えられない。いったいどうすればいいの。
 今にも山伏が金棒を振り下ろそうとしたそのとき。
「ナンタイサンカツサレ ナンタイサンカツサレ ナンタイサンカツサレ」
「え?誰?誰が呪文を」
 声がする方に目を向けるとすぐそこに是風和尚が立っているではないか。
 いつもの合掌ではなく、忍者のように指を絡めて印を結んでいる。
「ナンタイサンカツサレ ナンタイサンカツサレ ナンタイサンカツサレ」
 呪文を続けていると是風和尚も青い光に包まれ、さらに中から虚無僧が飛び出した。
 山伏と似たような格好だが、衣服が黒っぽくて深い編み笠を被っているから虚無僧だと思われる。

「はあっ!」
 虚無僧は電光石火の速さで犬丸の前に立ちはだかると、山伏が放った光の玉をなぎ払う。
 バシュッと衝撃音がした。 
 ブーーーーン
 唸る音とともに青く光る虚無僧。左手で編み笠を少し持ち上げて山伏に話しかけた。
「あいかわらずやなぁ、空岳よ」
「おう。誰かち思うたら海円やなかね。今こいつばこらしめよるとやけんじゃませんどけ」
 虚無僧は関西訛り、山伏は九州福岡か佐賀辺りの訛りがある。
 
 空岳は私がじいちゃんから聞いた高祖父、たしか真山千賀松(まやまちかまつ)の法名と同じだ。

 その空岳に向かって海円がタメ口で苦言を呈した。
「やりすぎやねん。お前は手加減ちゅうもんを知らへんのか」
 だが空岳は聞く耳を持たない。
「ああせからしか!なら、先にそっちから片付けるしかなかごたるのう」

 仲がいいのか悪いのか、馴れ馴れしく言葉を交わすかと思えば妙にいがみ合う。
 お互いに一段と青く輝いたことからかなり興奮状態のようだ。
 私は倒れている深園と犬丸を心配しながら為す術もなくただ固唾を飲む。

「望むところや。ほなこっちも錫杖を使わせてもらおうか」
 虚無僧が右手に持つ尺八をブンと一振りすると金棒に変わった。てっきり金棒と思っていたがどうやら錫杖(しゃくじょう)と呼ぶらしい。
「いくで」
「おうよ!」
 ジャリーン 
 ガチーン
 二つの青く光る人影が凄まじい速さと勢いでぶつかりあう。
 カンカンカンカン
 ガツ!ゴチ!
 ボシュッ
 ジャキーン
 ジャキーン
 
 ゴツ!ゴツ!ゴツ!ゴツ!ゴツ!ゴツ!ゴツ!ゴツ!
 
 青い人影が重なったまま応酬が続き膠着状態となる。
 輝きが強くなったり急に弱くなったりして不安定になってきた・・・・・・するとそのとき。
 
「ぱーまーいんじゃっじよ」
 私の後ろからそんな呪文が響いた。
 振り向くと是風和尚が叫びながら宙を斬るように何度も手刀を振り下ろしている。
「ぱーまーいんじゃっじよ ぱーまーいんじゃっじよ」
 青い光がだんだん暗くなり、やがてしぼんで消えてしまった。

「是風和尚!」
 事態の収束を確信して私が声をかけると、和尚がゆっくりと大きくうなずく。
「倒れている二人を介抱しなければ。さてどうしたものか」
 和尚の言うとおりだ。こんな暗がりなうえ何も道具がなければ助けようがない。とは言えできることをやるっきゃない。
 私はとりあえず深園にかけよった。
「ミソノしっかりして、もう怖くないから大丈夫だよ、ミソノ」
 肩を抱えるようにして声をかけると気がついた。
「舞。わたし妖怪に襲われて・・・・・・あなたが助けてくれたの」
「まあ、その話しは後でゆっくりしましょう。とにかく無事でよかった」
「うん、とにかくありがとう」
 深園が微笑んだ。

 是風和尚は犬丸に声をかけている。言葉を交わしているのでひとまず安心していいだろう。

「おーい、そこにいるのーーーっ?」
「真山さーん、いたら返事してちょうだーい」
 阿比留先生らしき声が近づいてくる。

「はーい。皆なんとか無事ですーーーっ!」
 私は精一杯声を張って返した。

 


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