整体師とお坊さんとカカシ 第18話
「じゃ、あとはよろしくね」
阿比留先生はそう言うと救急車に乗り込む。
犬丸は自力で立ち上がれたが、歩くとふらふらしてすぐに座り込んでしまう。外傷こそ見当たらないものの青い光によるダメージが大きかったらしい。
深園は普通に歩けたものの、何しろ「妖怪」に襲われたのだからメンタル面に不安が残る。
彼女は心配ないと言い張ったが、阿比留先生は念のために検査をした方がよいだろうと救急車を二台呼んだ。
「私は二人の回復を待って出来るだけ話しを聞きたいから病院まで着いていくわ。サトウくん、研修は予定通り進めてちょうだい」
「わかりました。お任せください」
進行役の男性は先生から名指しされて、緊張気味に答えた。
阿比留先生はさらに私を見ながら「じゃ、あとはよろしくね」と微笑んだ。
救急車はサイレンを鳴らさずにやって来て、二人を担架に乗せて運ぶと静かに出て行ったので気づいた者はほとんどいなかったらしい。宿坊の夜は何ごともなかったかのように過ぎていく。
すでに日付が変わってずいぶん経つがとても眠れたものではない。
私は青い光のことを是風和尚に切り出せないでいた。
「草木も眠る丑三つ時と言いますが、よろしければ本堂でお話ししませんか」
先に声を掛けてくれたのは是風和尚だ。
電気を点けずにろうそくの灯だけだと、本堂は別世界のように感じる。
木製のイスに腰掛けて対座する和尚と私。一本の大きなろうそくの炎が揺れると表情に映る影が僅かに変わり、目に入る背景も少し違う。
「真山さんでしたね」
「はい、真山舞です」
「私は法名を是風、俗名は是光(これみつ)と申します」
俗名が法名に負けてない。そう思ったがもちろん口には出せなかった。
「真山さんは悩み事があるのではないですか」
和尚は私が青い光を出すのを見ているのだから隠す必要はない。今こそ洗いざらいぶちまけるのよ。私の心が叫ぶ。
「あの、是風和尚はなぜナンタイサンカツサレをご存じなんですか。青い光とどんな関係があるのですか。私は子どもの時から青い光がつきまとって自分が自分でない感じがするのです。そうしたらさっきは青い光が私から飛び出してあんなことに。これからどうすればよいのかますます不安になってしまいました」
だがどうしても一番の気がかりは喉元に引っ掛かって出てこない。
「お辛かったでしょう。誰にも話せなかったのではないですか。私もそうです。だから同じような悩みを持つ方と出会えて少しながら心が軽くなりました」
和尚は私の悩みに答えるどころか、自分もそうだという。
「でも、さっきはナンタイサンカツサレやぱーまーなんたらと呪文を唱えて青い光を操られてましたよね。お坊さんだから修行して悟られたのではないですか」
私はまた調子に乗って無礼なことを口走ったのだろうか。和尚が目を瞑って黙ったから嫌な予感がした。
数秒のはずの沈黙が夜明まで続きそうなほど長く思えた。ようやく青い光の謎を知る機会に巡り会えたのに、私のせいで和尚が心を閉ざしては元の木阿弥だ。ネガティブな思考ばかりが脳裏をよぎる。
「おもしろい。なるほどそう来るとわ。真山さん、あんたおもしろい」
和尚は私の心配とは裏腹にニコニコしながら口を開く。
「わたしなどが悟りを語るのもおこがましいが、常々思うことはある。悟りに終わりはない。悟ったと思っても、油断すれば悟りは逃げてしまう。修行をして悟るのではなく、悟るために修行を続けるのではないかな」
「あの、悟りのお話しは難しそうなので、またにしてもらえませんか。よければ、青い光やナンタイサンカツサレについて教えてほしいんですけど」
私は話しの流れが見えないので軌道修正を試みるが・・・・・・。
「まあ、ぼちぼちいこか。悟りについて考えるのもおもしろいよ。例えばお釈迦様。仏陀は『悟りを開いた人』という意味なんよ。いつもだいたい瞑想してるやろ。なんでか?悟りを開いてもさぼっていたらそれが薄れてしまう。または新たな悟りを得るため、常に修行をしなければならない。わたしはそう考えてるんだけど、どう思う」
禅問答みたいなこと言われて私の思考回路はパニックになりそうだ。
「和尚のお話しは難しくてよくわかりませんが、私は仏陀やキリストは悟って仕上がってるとばかり思ってました」
なんか適当に答えたけど大丈夫だろうか。
良かったのか悪かったのか、和尚が目を輝かせる。
「なるほど。そう来たか。でもね、そもそも仏も神もいないとしたら」
「えっ、あの・・・・・・ここってお寺ですよね・・・・・・」
私は泣きたくなった。青い光のことを知りたいだけなのに、もしや宗教問題に巻き込まれようとしているのだろうか。
「わははは、悪い悪い。真山さんがおもしろすぎて、つい本気を出し過ぎてしまった。そんなに警戒することはない」
「はあ、じゃあいいんですけど。てか、おもしろすぎってどういうことですか。バカにしてます?」
「違う違う。逆だよ。あんたがピュアで何でも素直に吸収するし、疑問は返してくるからこちらとしても本気で話したくなる。そういう人はなかなかいるもんじゃない。だから興味深いということだよ。褒め言葉と思ってほしい」
宗教問題に発展しないようでホッとしたが、肝心なことは教えてくれるのだろうか。
「それで、青い光とナンタイサンカツサレのことですけど。そろそろよろしいでしょうか」
「だから、今こうして話しているじゃないか。物事には順番があると言うだろう。まずは私の生い立ちから聞いてもわらねば先に進めらんないな」
ダメだこりゃ。私は諦めて和尚の話に付き合うことにした。
*
壬生さきがけ院の四代目僧侶「海山」は運命の悪戯を恨んだ。
初子の誕生を喜んだのも束の間、妻の光子が天に召された。
出産後にホルモンバランスが崩れて脳梗塞を起こすことがあるという。
男の子は母の名をもらい「是光」と命名された。
すくすくと育ったのは父親だけでなく檀家や村の人々が可愛がってくれたからだ。
やがて麓の幼稚園まで送迎バスで通うようになった。
「うわーーーっ」
8月の暑い夜、境内の広場から叫ぶような歓声が聞こえた。
「是光か?」
海山が駆けつけると、手水舎の前で是光がうずくまっている。
「どうした!」
抱き起こしたところ、両手で目を押さえていた。
「お父さん、空が青く光ってまぶしい」
海山が見上げてみると夜空が群青色に輝くほど満天の星だ。
星が降り注ぐとはいうが、目が潰れるほど明るいはずがない。
不思議に思いながら息子をおんぶして母屋に連れ帰る。
濡れタオルを当ててしばし冷やすと、目が明いたので安心した。
「是光、もしかしてこれじゃないか?」
海山は翌日の朝刊を読んでいて声を上げた。
そこには写真家たちが撮った流星群とともにタイトルが踊っていた。
『お盆前にペルセウス座流星群が天体ショー』
「お空がきれいだから見ていたら、青く光る星が落ちてきてまぶしかったんだ」
タイミングからして息子の言葉を信じるしかない。
1994年8月12日のことだった。
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