見出し画像

SNSでのある中国人とのやり取り-その3-



社会的背景が違うの人とのやり取り

選挙制度の違いなのか

 前回の記事で、中国人は自由であり、中国政府に満足しているという論争相手の説明に対し、私は中国には言論の自由、自由選挙がない状態においてであることから、納得できずその旨をコメントした。しかし、「言論の自由」についての言及がなく、ただ選挙制度について「自由選挙」に触れない上で次のようなコメントがあった。

All the village chiefs are elected by popular votes from the villagers at grassroot level in China. But for the leaders of levels higher than villages, such as towns, cities, provinces and national levels, they are not voted by popular votes but by representatives of the people. For example, the town leader is elected by votes from the village representatives and the city mayor is elected by town representatives and the province governor is elected by city representatives and the national leaders are elected by provincial representatives. This is an escalatory representation system and it makes perfect sense for a country with 1.4 billion people. You cannot let each individual to vote any village, town, city, province and national leaders all the time, it's too time-consuming and costly to do so, also people have better life priorities to do than constantly voting people they don't know at all.

(訳)中国では草の根レベルのすべての村長は直接投票によって選出されます。ただ、より高度なレベルの村、市、県、省、国家レベルでは直接投票ではなく代議員によって選出されます。例えば市では、村の代議員によって、県長は市の代議員、省長は県の代議員によって、国家のトップは省の代議員によって選出されます。これはエスカレーター式の代表システムであり、14億の人々を抱える国では完璧なシステムです。個々に村、市、県、省、国の指導者を同時に選ぶことはできず、人々もまったくわかない人々に投票するよりもいい生活と繁栄があったほうがよりいいのです。

China military exercises off Taiwan are a clear signal to the US: Analysis

この主張は、自由選挙でいかにいい政策を競い合うか、また有権者が政策を比較検討をして選ぶかという政治において政治家と有権者双方が主体的に学ぶという行為を軽視する、典型的な愚民思想であると言える。直接選挙を人数規模を理由に否定するのも、特権層を確立し、人々を政治の関心を弱めるのに都合のいい巧妙なやり方でしかない。以上のように考えた私は次のようにコメントをした。

"This is an escalatory representation system" In India, lower parilament electoral system is directrely elected freeely by popular vote. Though populataion is 1.46 billion. It's more numbers than PRC population 1.41 billion. They recognize liberty and democracy more valuable than cost and time. And respect comparing valuable policy and deciding by oneself.They are independent.Never looking down freedom of speech and free election system not to control by oligarchy Communist Party or other dictatorship. What you excuse it's no meaning unless accepting, respecting "Free election" and "Freedom of speech" and refusing CCP oligarchy system.If you don't, it's no value to say any more. Not only me, but other West people.

(訳)「これはエスカレーター式のシステムです。」インドでは、下院選挙のシステムは直接かつ自由に人々によって選出しています。14.6憶の人口ですが、これは中国の14.1憶の人口よりも多いです。インドの人たちは自由と民主主義が費用や時間よりも価値があることを認識し、自身で価値ある政策を決めることに敬意を払っているのです。インドの人たちは自立しているのです。共産党による寡頭制や独裁政治にならないように、決して言論の自由、自由選挙を軽んじていません。
「自由選挙」、「言論の自由」を尊重し、中国共産党による寡頭制を否定しない限り、何を言っても意味がないのです。もし拒否するのであれば、これ以上何を言っても無意味です。私だけでなく、他の西側の人々にとってもです。(※1)

China military exercises off Taiwan are a clear signal to the US: Analysis

民主主義とは何なのか

 インドについて、モディ政権は民主主義体制とは言えないという指摘がある。(※1)これについては、司法権に手を加えようとしたイスラエルが民主主義国家と言えるか、ハンガリーのオルバン前政権の権威主義的体制が民主主義国家と言えるかということとも関係があると言える。そもそもアメリカのトランプ政権自体が民主主義とは程遠いのではないか、ヨーロッパ、日本の右傾化からしても西側自体が民主主義理念について、スローガンだけになりつつあり、論争相手の主張のほうが正しいのではないか、と考える人もあるだろう。

 ただ、私としては、民主主義理念を掲げながらも政治や民衆の堕落によって民主主義理念が遠ざかる社会と、民主主義理念をそもそも最初から否定する社会とでは根本的に異なることをはっきり理解するべきであると考える。また、私は、イギリス旅行で(※1)深夜バスに乗っていた際に、後ろの座席に座っていた中国か香港出身の中国人が英語で今の中国の体制はおかしいということを熱心にしゃべっていたのを思い出した。「日々の雑感⑧-政治が人々を分断する-」ではそもそも政治に「熱心」であること自体に醒めている中国人もいるという現実がある。そんなことを考えると、論争相手の主張は「お題目」を唱えているだけの人でしかなく、中国人の総意ではないと私は感じた。

 以上を踏まえた上で、私の返信に対して、インドが民主主義とはばかげていると回答をした論争相手に次のようにコメントをした。

India? India is the perfect example of how democracy doesn't work. LOL.

(訳)インド?インドは民主主義がいかに機能をしていないかといういいお手本でしょ。バカげている。

It's natural perfect democracy is nowhere. Of course including Japan. I say again utopia is nowhere. I suppose democracy is a kind of utopia. So it's necessary how to inflect people's will, to reach democracy ideal.
W Charchile said "It has been said that democracy is the worst form of Government except for all those other forms that have been tried from time to time."That is what is the real meaning of democracy.
Democracy is not only utopia but realism. So accepting democracy ideology states not always administrate ideal democracy. But if we have protest rights, freedom of speeech, free election for government, we have a chance to change worse policy peacefully. But refusing democracy means little chance to change worse policy peacefully. I think it's both government and people risky.
Of course I acknowledge you refuse accepting democracy system in China. But I also acknowledge your opinion is only one Chinese opinion. I also know not every Chinese accept CCP politics. I don't believe "Everybody feel free and satisfactory with the govt."

(訳)当然のことながら、完全な民主主義はどこにもありません。もちろん日本も例外ではありません。繰り返しますが、桃源郷はどこにもありません。民主主義は一種の桃源郷だと思います。ですから、民主主義の理想に到達するために、人々の意志をいかに汲み取るかが必要なのです。
W・チャーチルは「民主主義は、これまで試みられてきた他のあらゆる形態を除けば、最悪の政治形態だと言われてきた」と述べました。それが民主主義の真意なのです。
民主主義は桃源郷というだけではなく、現実主義でもあります。ですから、民主主義のイデオロギーを受け入れた国において、必ずしも理想的な民主主義の政権運営が実現するとは限りません。しかし、抵抗権、言論の自由、政府に対する自由選挙があれば、より悪い政策を平和的に変えるチャンスがあります。しかし、民主主義を拒否することは、より悪い政策を平和的に変える可能性がほぼないことを意味します。政府と国民の両方にとってリスクがあると考えます。
もちろん、あなたが中国に民主主義制度を受け入れることを拒否していることは承知しています。しかし、あなたの意見は中国人の一つの意見に過ぎないことも承知しています。すべての中国人が中国共産党の政治を受け入れているわけではないことも知っています。「誰もが政府に自由と満足を感じている」という考えは信じません。

China military exercises off Taiwan are a clear signal to the US: Analysis

討論相手の意見は中国人の総意では決してない

 この一連のやり取りを見て、もしかしたら、読者の中には情において冷たいとか、日中友好の理念に反すると思う人もいるかもしれない。ただ、論争相手の主張の背景にあるのは、個人より中国共産党、国家という組織が大切であるという国家有機体論でしかない。国家有機体論は人間の尊厳を抑圧するものでしかなく、また、一個人の意見でしかないのに中国人全体の総意であるかのように主張する行為は、私としては受け入れることはできなかった。

 論争相手は英語力が私よりも数倍上であることは英文の文章力の点から明らかであり、もしかしたら、中国における上流階級なのかもしれない。であるがゆえにこそ、英語を多様な視点を持つための手段ではなく、ショービニスティックな主張を展開する手段にしたことにある種の悲しさを感じずにはいられない。 

 私たちは、私たちの価値観である自由と民主主義を「お題目」にするべきではない。であるからこそ、私たちに求められるのは自由と民主主義は与えられて終わりにするものではなく、常にそれを維持し継続することにある。ほんの少しの油断でいつ権威主義体制に転嫁するかもしれない危険性を、民主主義は常に孕んでいる。参政党の台頭、核保有発言、存立危機事態など民主主義を脅かす政治的言動などに私たちがノーを言い続けること、そこにこそ本当の意味で自由と民主主義を活かすことなのである。

私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

脚注

(※1)

(※2)

参考-私とのやり取りに関するコピペデータ-


いいなと思ったら応援しよう!

宴は終わったが サポートいただいたお金については、noteの記事の質を高めるための文献費などに使わせていただきたくよろしくお願い申し上げます。