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革命の黄昏と、スカウティングの沼 ジェフユナイテッド市原・千葉 J2 16年の記憶⑨


第9章|革命の黄昏と、スカウティングの沼(2018–2019)

序章|追いつけるのに、守り切れない

2018年2月25日、味の素スタジアム。
ジェフは開幕戦から、この2年間を象徴するすべてを、わずか90分で見せてしまった。
開始9分。東京Vのロングフィードが最終ラインの背後へ抜ける。独走したドウグラス・ヴィエイラを止めにいった増嶋竜也が一発退場。柏レイソルのJ1優勝を支えた近藤・増嶋のCBコンビ。地元・生浜中出身の増嶋がフクアリに帰ってきたシーズンは、いきなり10人での戦いを強いられる形で幕を開けた。
それでも、ジェフは引かなかった。
「前から行け」
ベンチの声に呼応し、10人になってからの方が、むしろプレスは整理されていく。矢田が展開し、高木が折り返し、為田がボレー。茶島が中央へ切れ込み、近藤がCKから頭で狙う。数的不利とは思えないほど、東京Vを押し込む時間が続いた。
後半48分、失点。
だが誰も諦めていなかった。
86分。茶島のクロスに、長いランニングでゴール前に飛び込んだラリベイのヘディング。同点。味スタが一瞬、静まり返る。10人で追いついたこの瞬間、スタンドは確かにこう思ったはずだ。
「これが、2018年のジェフだ」
――だが、その直後。
90分。コーナーキックから、畠中に押し込まれて再び失点。1-2。
追いつけるのに、守り切れない。
この数分間は、この2年間のジェフを、そのまま凝縮した時間だった。

1-0|2018年 ― 72点取って、72点失って、どこにも辿り着けなかった年

2018年のジェフは、陣容だけを見れば“上がらない理由が見当たらない”チームだった。
最終ラインには、かつて柏レイソルをJ1優勝に導いた近藤直也と増嶋竜也。しかも増嶋は地元・生浜中出身。
「柏の黄金CBが、フクアリに帰ってきた」――その事実だけで、開幕前のスタンドはどこか浮き足立っていた。
だが、その期待は開幕前から乱暴に裏切られる。
2月のちばぎんカップ。相手は、その柏。結果は1-4の惨敗。嫌な空気を引きずったまま迎えた開幕戦は、増嶋の一発退場で10人となり1-2の敗戦。リーグ戦は第4節まで勝ち星なし。スタンドには、早くも言葉にならないざわつきが広がっていた。
それでも第5節、カマタマーレ讃岐戦で6-1の爆勝。
「やっぱり、このサッカーはハマれば止まらない」
コンパクトにまとめられたラインから、奪った瞬間にもうゴール前。攻撃でも守備でもない、**攻撃につながる“受け”**だけが連鎖する時間。得点はポンポン入った。
船山貴之が19ゴール、ラリベイが11ゴール、指宿洋史が9ゴール。チーム総得点は72。リーグ屈指の破壊力だった。

1-1|支配して、殴られる――0-4大分が示した“J2の現実”

だが、このサッカーの残酷さは、得点が入らない日にこそ露骨になる。
4月1日。大分銀行ドーム。相手は大分トリニータ。
ジェフはボールを握った。相手が引いて構えるなら、ゆっくり回し、押し込み、穴を探す。立ち上がりからハイプレスも機能し、何度もチャンスを作った。
それでも、入らない。
そして19分。バックパスの処理ミス。
GKロドリゲスが奪われて失点。
「0-1までは悪くなかった」――そう言える内容だったのに、スコアはもう“嫌な形”で動いてしまった。
後半、テコ入れで4-3-3へ。為田、矢田を投入し、前線に火を入れる。
58分、町田也真人が裏へ抜け、GKをかわし、無人のゴールへ――
だがシュートはクロスバー。
もし、ここで追いつけていれば。
試合の物語は変わっていたかもしれない。
だがこの日のJ2は、そんな「if」を許さなかった。
64分。素早いリスタートで右サイドを破られ、追加点。
67分。再び右サイド。連続失点。
89分。止めを刺されて0-4。
支配率は高い。パスも回る。押し込む時間もある。
それでも、結果は完敗。
この試合は、「決定力の差」という言葉で片づけられてしまう。
だが本質は別だ。
エスナイデルのサッカーは、ボールを握っている時間が長いほど、焦りが出た瞬間にカウンターの刃を何度も浴びる構造だった。
そしてJ2は、その“刺しどころ”を見逃さない。
勝てば革命。外せば処刑。
この0-4は、2018年のジェフが生きていた世界のルールを、容赦なく可視化した試合だった。
失点も72。
どれだけ点を取っても、同じだけ取られる。一度も順位は一桁に入らないまま、ジェフは14位でシーズンを終える。
派手で、面白くて、「次こそは」と思わせる瞬間は何度もあった。
けれど、そのすべてが、裏のスペースという同じ穴に吸い込まれて消えていった。

2-0|2019年 ― 革命の残骸と、エジリズム再び

2019年のジェフは、2018年の“狂気”を支えていた骨格を、ほぼ失ってスタートした。
町田也真人は松本へ。近藤直也は東京ヴェルディへ。清武功暉は徳島へ。指宿洋史は湘南へ。ラリベイもいない。
そこへ追い打ちをかけるように、柏レイソルがJ2に降りてくる。
ちばぎんカップはPK戦の末に勝利。だがその勝利は、革命の続きではなく、かつての記憶にすがっただけの慰めだった。
リーグが始まると、現実はすぐに牙を剥く。勝てない。ハイラインは機能せず、攻撃も噛み合わない。4節終了時点で、エスナイデル解任。
後任は、またしても江尻篤彦。エジリズム再び。だが今回は再建ではない。革命の瓦礫を片付けるという、最も難しい仕事だった。
ディフェンスラインを下げ、裏のスペースという“死の平原”を閉じにかかる。だが、狂気の競技に最適化されたチームは、「普通のサッカー」を忘れていた。
攻撃は、クレーベ17ゴール、船山11ゴール。得点のほとんどをこの2人に頼る歪な構造。チーム総得点は46。失点は64。
8月は0勝4敗。完全に沈んだ月だった。

2-1|「答え」を探して、また殴られる ― 8月24日 甲府0-3

8月24日、フクダ電子アリーナ。
相手はヴァンフォーレ甲府。
ここで流れを変えられなければ、本当に危ない――誰もがそう思っていた。
前半、ジェフは悪くなかった。
4-2-3-1でブロックを組み、クレーベのポストからサイドへ展開。
堀米のクロス、茶島の裏抜け。
39分には茶島がGKと1対1になる決定機まで作っている。
だが、またしても入らない。
後半60分。CKのこぼれ球から失点。
74分。ウタカの個人技に押し切られ、2失点目。
81分。FKを直接沈められ、0-3。
内容は崩れていない。
だが、競った状況で耐えきれず、顔を上げようとした瞬間に、また失点する。
工藤浩平の言葉が、この年のジェフをすべて物語っていた。
「『ここで耐えなければ』という時に、失点してしまう試合を繰り返している。
チームとしても個人としても、解決策を探しているが、なかなか答えにたどり着けない」
この敗戦で4連敗。
“革命の後始末”を任された江尻篤彦にとっても、
このチームがすでに何を拠り所に戦えばいいのか分からなくなっていることを、はっきり突きつけられた夜だった。

2-2|1年を象徴する黒星 ― 佐藤勇人、最後の90分

11月24日。フクダ電子アリーナ。
相手は栃木SC。
そしてこの日は、ジェフ千葉というクラブを象徴する男、
佐藤勇人の引退試合でもあった。
栃木は残留をかけ、低い位置に全員で構える。
ジェフはボールを持ち、最終ラインでつなぎながら、
縦パスを差し込む“その瞬間”を探り続ける。
14分、見木のミドル。
17分、エベルトのロングシュート。
44分、新井の縦パスから米倉のクロス。
内容は悪くない。だが――決まらない。
後半も同じ展開が続く。
68分。
江尻篤彦監督は、見木に代えて佐藤勇人、
負傷したエベルトに代えて増嶋竜也を投入する。
フクアリが、はっきりと“この日の意味”を思い出した瞬間だった。
勇人がピッチに立つ。
このクラブの10年を背負ってきた男の、最後の90分。
だが、現実は残酷だった。
直後のセットプレー。
栃木DF田代雅也のダイビングヘッドが、ゴールネットを揺らす。
0-1。
82分には佐藤寿人も投入され、
ジェフは最後の最後までゴールを目指した。
だが――この日も、点は生まれなかった。
佐藤勇人の引退試合は、勝利で飾られることはなかった。
この敗戦で栃木はJ2残留を決め、
ジェフは17位・勝点43・10勝13分19敗という、
クラブ史上最低の順位で2019年を終えた。
米倉恒貴の言葉が、このチームの現在地をそのまま映していた。
「負けることに慣れすぎてしまっていると思う」
英雄の最後のピッチが、
「希望」ではなく「現実」を突きつける場になってしまったこと。
それこそが、この2年間のエスナイデル革命の終着点だった。

3|エスナイデルとポステコグルー

2018年、横浜F・マリノスでもハイプレス・ハイラインの革命が始まっていた。アンジェ・ポステコグルー。インサイドに入るサイドバック。中央に人を集め、ボールを保持し続ける構造。高いラインを保ちながらも、配置そのものが“裏を回収する装置”として機能する――いわゆる「アンジェボール」。
そしてその革命は、やがて横浜に15年ぶりのリーグ制覇をもたらす。
同じ言葉で語られるのに、なぜ結果は分かれたのか。
違いは、裏を突かれた瞬間の“処方箋”だった。
マリノスの飛び出しは、組織の予測に支えられている。
ジェフの飛び出しは、個人の覚悟に支えられていた。
エスナイデルも無策ではなく、GK佐藤優也の機動力に裏のケアを託していた。だが、ハイプレスが剥がされた瞬間、相手はフリーで裏へ蹴れる。佐藤優也は、いつどこに来るか分からないボールに対し、常に「一か八か」の飛び出しを強いられる。
同じハイラインでも、一方はシステム、もう一方はデュエル。
ここで明暗は分かれた。

4|総括 ― J2は「スカウティング社会」である

J2は、弱点が共有された瞬間から、全員が同じ刃を持ってくるリーグだ。
ジェフの弱点は分かりやすかった。ハイラインの背後の広大なスペース。
前線のプレスを一枚剥がす。
その瞬間に、裏へ一発入れる。
GKが出れば、その背後か横を使う。
CBが戻れば、走力と判断を削り続ける。
もちろん、ジェフも無策ではない。
佐藤優也が消す。CBが読みで勝つ。
だが、“対策がある”ことと、“耐え続けられる”ことは別問題だった。
毎試合、数回の「一か八か」を積み重ねる構造は、シーズン単位では必ず歪みになる。
2017年は奇襲だった。
2018年は既知の欠陥だった。
2019年、それは勝ち筋になった。

エピローグ|それでも、魅せるサッカー

ハイプレス・ハイラインは、サッカーの戦術の一種として語られる。
だが2018–2019年のジェフを見ていると、何度も思った。
これはサッカーに見えて、もう半分は別の競技なのではないか。
一度剥がされれば30〜40メートルの無人地帯。
戻れなければ終わり。迷えば終わり。
勝敗は、戦術理解というより、毎試合何回“無理”を通せるかで決まる。
だからこそ、ハマった時の爆発力は本物だった。
コンパクトなライン。攻撃につながる受け。ポンポン入る得点。
勝っても負けても、「あ、今また入るかもしれない」と思わせる瞬間が何度もあった。
エスナイデルの革命は、サッカーを別の競技に変えてしまうほどの力を持っていた。
だからこそ――それはJ2という現実の中では、長く生き残ることができなかったのかもしれない。
同じ年、同じ言葉を掲げながら、横浜では革命が完成し、千葉では革命が壊れた。
それはもしかすると、エスナイデルが間違っていたという話ではない。
ただ――彼のサッカーが花開く場所が、たまたまフクアリではなかった。
それだけの物語だったのかもしれない。
【第9章 完】


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