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〜私のこれまでの人生〜生い立ち①

もうこの写真見たらわかるよね。

生まれながらの陰の者ですよ。
デスノートのL並に体育座り極めてました。ちなみに未だに体育座りばっかしてます。

▷▶〜私のこれまでの人生〜生い立ち②


今回ここでは今までの私の人生、生い立ちについて話していきたいと思います。
幼少期から少しずつ書いていきます。

0歳〜幼少期

子供の頃はとにかく家庭環境が複雑でした。実の父は塗装屋の自営をしていて、母はその手伝いでいつも現場まで行っていたのでもれなく私も一緒に現場まで行っていました。
どこに行っても「いい子だね」と言われるくらい、とにかく大人しいポツンを極めてました。

基本的に現場はお寺さんとか幼稚園とか大きめの所が多くて色んな場所に連れて行ってもらった記憶があります。
実の父はアルコール依存症で私の1番古い父の記憶もいつもウイスキーを瓶のまま直飲みしていました。いつも父と母が喧嘩して、母が暴れて包丁を取り出して騒いだりしていました。

そんなそんなでいつも母親と父親の顔色を伺っては泣いている母にティッシュを持っていったり、お手伝いをしたりして親の機嫌をとっていました。親の機嫌悪いとそれだけでその日台無しになりますしね。泣
それが幼稚園入る前の記憶です。

幼稚園入園してからは、先生のお手伝いをしたり皆が嫌がるトイレ掃除を率先してやるなど(今思うと本当計算したいい子で病気疑うなw)とにかくいい子だね、優しいね と言われることばかりでした。

先生にいい子だと無理やり言わせてたのかwww


母親の方は昼間に飲みすぎてお迎えの時間を忘れてバス停に現れずそのまま幼稚園に戻されることが日常茶飯事でしたwww
体も一番小さくていつも先生に抱っこしてもらってて、多分こういうところから私の甘えた人生の基盤が整えられていったんだろうな…。
ご飯が食べるのが苦手で、好き嫌いは無くてもとにかくなんでもいいから食べてくれってことで母親も多分思考を凝らして一所懸命あの手この手で食べさせようと頑張ってくれていたと思います。
体重も多分年長で10kg〜12kgくらいだったんじゃないかと思います。

↑とにかくご飯を食べたくない私

根暗でお手伝いが趣味、お友達とはまぁ、、そこそこに。幼稚園児のころは、とにかくぽつんで一人で園庭で最高級の砂集め(表面の砂を振り払って地面を露出したらそこから細かい砂を両手で集めるやつ)ばっかりやってましたwww

皆さんはどんな遊びしてましたか??


▷▶次回予告:〜私のこれまでの人生〜生い立ち②『いつもペア作りで余りのぽつん悲話

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