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花より団子?(お団子は買ったのに月を見損ねた)

何でもかんでも酒が飲めるの歌ではないけど、何かに託けてお菓子を食べている。
闇の世界の住人なので月が好きというのもある。
あれこれ買って食べた。

これは団子なのだろうか?お饅頭…?
自分で作ると片付けが…と思って買ってしまう。
そう言えば昔、月のうさぎの歌をよく歌ったな、合唱で。

うさぎと狐と猿が飢餓で衰弱した老人を助けようと食べ物を探しに出かけた。狐と猿がたくさん食べ物を持ち帰ってきた一方、うさぎは何も見つけられなかった。そのため、うさぎは焚き火の中に飛び込んで老人に自分の身を捧げた。神様の姿に戻った老人はうさぎの献身を愛でて月に送った。
という感じの曲なんだけど、私は違和感があって、何故自己犠牲だけがそんなに評価されるのかと思うんだよね。狐と猿だって、老人のためにたくさん食べ物を見つけて帰ってきているんだよ。そこをスルー。死なずにきちんと利他の目的を達成できている二頭の献身は?
まあ、こんな事を思うからかわいげがないとか言われるんだろう。

(コンクールの自由曲で何度も何度も歌ったから歌詞と旋律は残っていたんだけど)タイトルは何だったっけ?となって調べたら、女声合唱組曲「月と良寛」の中の「月のうさぎ」という曲だった。
不協和音も多くてわりと子どもには難しい曲だったんだけど、顧問が気に入っていたらしくコンクールの後もよく歌わされた。
まあでも好みはさて置き、合唱曲って結構文語とかも多くて、歌っている当時は文字から意味がよく理解できていなかったりして、でもそれが随分後になって意味が通るようになった時に"ああ、あれはこういうことなんだ"となることもよくあった。ある意味タイムカプセル的とでもいうか。(※「月のうさぎ」は旋律は難解でも言葉は平易。ちなみに、この話は今昔物語集の「三獣行菩薩道兎焼身語第十三」を元にしたもので、曲中で"神様"とされていたのは帝釈天らしい。…神様なの?仏では?よくわからないけど。)
Negative capabilitiesにも近いんだろうけど、日常の中ではあまり触れないものによくわからないけど繰り返し触れて、よくわからないけどわからないままにもそれなりに馴染んで覚えて、全然違う場面で消化する…そういう余白の塊みたいな物があるのは良かったかもしれない。
"流浪の民"とかも難いもんね。

そう言えば、"天使と羊飼い"にはラテン語の部分があって、勿論意味などわからないまま歌わされていた。発音だって、指導はされていたけど、顧問だってラテン語の素養があるわけでなし、他(特に受賞歴の多い合唱の強豪校)の"合唱の歌詞的"なラテン語の発声発音的にしようとしていたに過ぎないし、おそらくそれはラテン語本来のものからはズレているだろう。それってどうなの?

思えば、ラテン語ってまともに聞いたこと無いな。元がラテン語圏の国や言語にはわりと親しみを感じてきたんだけどね。ラテン語に対する漠然とした憧れはあるけど、授業をとることは無かった。他に取るべきものが多過ぎて余裕が無かったのも大きい(確か学部4年間で230単位くらい取ったから)。

脈絡もなくまた思い出したけど、イエスキリストの生誕を描く"天使と羊飼い"の他にノアの方舟を描く"けだものが来た"という曲もよく歌わされていた。顧問は宗教的な歌が好きだったんだろう。ドライボーンズも歌ったな。

色々思い出しながらひたすらお団子を食べた(食べすぎ)。

本当はきちんと和菓子屋さんの月見団子を買いたかったんだけど、ノーガード避けで閉店間際に必要なものだけ買いに行くスタイルなので、売り切れてしまっていた。

今の環境、状況で選択できるものを、その範囲内で楽しめればいい

願いなんて叶うことは無い
無駄な望みなど持たずに現実的に達成できることを達成できるようにしていく
ひたすらそうしてきたからかな。

Well done. That's enough.
常に外から眺めおろしている内側に、もういいよと伝えておく。
整理して、記録して、旅立つ。それが今できること。


そう言えばいつも月を見て歩いているのに、肝心の十五夜の日に見るのを忘れてしまった。曇っていて見えなかったのかもしれないけど残念過ぎる。でもその残念も遺す。記録だから。

私は私にしかなれない。

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