Guitar1025
今回の「その日の歌」はSavage Gardenの"To the moon & back"。結局"I knew I loved you"を歌っていないままなんだけど、月が入っている曲だからとそれらしい理由をつけて先に歌うことにした。
この曲を歌うのは2回目。初回は8月。冒頭部だけ歌っていた。というのも当時はサビの部分のベース(変速リズム)と歌なんてとても一緒には無理!という状態だったから。今も意識が吸われたりギターに力が入ったり失敗したりはするんだけど、気付けばさらってすぐ一緒に歌えるようになっていた。最近は練習時間が減った上にメロディー弾きすらしていないし、あまり難しい曲は弾いていないから全然上達しないよなと思っていたんだけど、本当に少しずつ、上手くなるところまではいかずとも、少なくとも慣れてきている部分はあるのかなと感じた。
間奏のギター?(音的にはマンドリンとかっぽい気もする)ソロやアウトロの鍵盤の部分も弾きたかったんだけど、これらは残念ながら1時間ほどの間にはとても無理だから省略した。っていうかまた多分座り直しで角度がずれてギターと歌が合っていない。。気持ち悪くてごめんなさい、、
野鳥版日本語↓
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彼女は時間をかけて理由を作り上げようとしている
傷付いた心の内全てを説明するために
彼女は知るのだろう、人々の表情や瞳から
皆が苦い考え方を持っているということを
人は言う
母親は決して彼女を愛そうとしなかった
父親も全く連絡をとろうとしない
だから彼女は人への愛着から遠ざかっている
しかし一方彼女は安全な場所で
旅立ちへの荷物を鞄につめている
そしてまさに今彼女は彼女を乗せ導くパイロットを待ち焦がれている
(そして彼女は彼に言うだろう)
彼女は言う
私はあなたと月へ行って帰ってくるまで飛ぶ、それくらい長く愛するわ
もしあなたが私を選んでくれるのなら
私は私達のための世界への切符を手にしているの
ねえ、だから私と一緒にいてくれる?
彼女は一向に思い起こすことができない
自分を必要とされたと感じた経験を
もし愛が鮮やかな赤色をしているのだとしたら彼女の世界は全くの暗闇だった
彼女の友人は皆裏切りで裁かれた
けれどもその罪は決して明示されることが無かった
彼女は言う
愛なんてまるで不毛の土地のよう
人間を信じるに至るだなんて
全く地図も無しに旅をするようなもの
だから彼女は飛ぶ
そしてギアを限界まで上げ
全ての希望を星々に託していると信号を送る
(何と楽しい夢物語なんだろうか)
彼女は言う
私はあなたと月へ行って帰ってくるまで飛ぶ、それくらい長く愛するわ
もしあなたが私を選んでくれるのなら
私は私達のための世界への切符を手にしているの
ねえ、だから私と一緒にいてくれる?
しっかりしがみついて *
手を離さないで(5、4、3、2、1)
母親は決して彼女を愛そうとしなかった
父親も全く連絡をとろうとしない
だから彼女は人への愛着から遠ざかっている
しかし一方彼女は安全な場所で
旅立ちへの荷物を鞄につめている
そしてまさに今彼女は彼女を乗せ導くパイロットを待ち焦がれている
(そして彼女は彼に言うだろう)
彼女はひたすら言う
私はあなたと月へ行って帰ってくるまで飛ぶ、それくらい長く愛するわ
もしあなたが私を選んでくれるのなら
私は私達のための世界への切符を手にしているの
ねえ、だから私と一緒にいてくれる?
私はあなたと月へ行って帰ってくるまで飛ぶ、それくらい長く愛するわ
もしあなたが私を選んでくれるのなら
私は私達のための世界への切符を手にしているの
ねえ、だから私と一緒にいてくれる?
*
"hold on"は、上では(出発への)カウントダウンとの関係と"She"の視点からおそらく主流の解釈となるであろう「しがみつく」の意でとったんだけど、旋律とダレンの視点からすれば、「ちょっと待って」の意味である気もするし、私もこちらの立場。
この"she"主体の語りの中に出現している可能性があるダレンの"I"の存在は、おそらくこちらも母親がモデルであることが推測される"Two beds and a coffee machine"でも見られる。
抑圧が強く存在個性を強く否定され続けた人の中には、語の多義性の利用や言外の含みを持たせることで表面上の言葉の裏に自分の真意を置く表現方法を発達させるケースがあるように思う。どうせ言っても通じないし否定される、その繰り返しだから、おそらく生存戦略として。何だかおかしい家出身の人が作家(キャラにもだいぶ癖や灰汁がある)になることが多いのも多分この辺との兼ね合いではないかと推測している。ノンバーバルな芸術に出す人も多いよね。
ダレンの表現方法に私が馴染むのは、多分そこに共通するところがあるからだと思う。気付くもん。裏の存在、意図、そうしなければいけない何かがあるって。
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ヒットしていた当時は、ダレンの周り、友達とか彼女にこういう女の子がいたのかなって思っていたんだけど、インタビューや"Two beds and a coffee machine"等の曲から、もしかしたらこの曲もモデルは彼の母親だったのかもしれないと今では思っている。
いずれにせよ、この曲の"She"は機能不全家庭出身のアダルトチルドレンで、親権のある母親から充分な愛情を得られず、おそらく離婚した父親とも疎遠で、その他の身近な人々との交流も乏しかったのだろう(生育環境の関係で人間から遠ざかっていると周りに言われている位、人間嫌い/人を避けているという印象を周囲に与えていた)。
確かに彼女にとっての現実、世界は厳しく、居心地のよいものでは無かったのだろう。彼女は必死にそこから抜け出たい、誰か、自分を連れ出して、救い出してくれないだろうかと、「パイロット」(こことは違う世界へ導き出してくれる人)を待ち侘びている。非常に大きな期待を込めて。
これまで自分は誰にも必要とされなかった、愛されなかった、世界は暗闇、人間なんか信じられない、けれども、それでもきっとどこかには自分のための誰かがいる、きっと現れる、その人が現れたら、離れない、離さない。
その期待、切望はあまりにも必死だ。切羽詰まっている。だから一般の人間には「重すぎる」、とても手に負えないと回避される。し、彼女も期待が大きいし疑心暗鬼だから、「よくわからない反逆罪で」周囲との関係をぶった斬っているということも描かれている。その孤独、孤立がますます彼女の渇望を強くする。
そして/だから、そういう"She"と結びつきやすいのは、彼女の依存、その裏の欠乏と同等のものを抱えている「似た者同士」か、彼女の背景を巧みに利用し「搾取しようとする者」となる(そうでない場合にパートナー関係になる場合もあるけれど、だいたいすぐに破綻する)。前者の場合は歪な共依存、後者の場合はパートナー関係でない間の性暴力、パートナーになったとして服従関係やDVと結びつきやすい(私が"hold on"を「ちょっと待って」で訳したかったのはこのため)。
アダルトチルドレンはアダルトチルドレンと一緒になり、新たなアダルトチルドレンを、あるいは機能不全家庭出身者は新たな機能不全家庭出身者を再生産する傾向があるけれども、その背景、特に孤独、と絡んだ渇望を抱える女性の側の視点や心情が、この曲では非常にvividに描かれている。
私も当時、「抜け出したい」と切に思っていた。「とにかくここではないどこか、遠く、違うところへ」、その気持ちが、移住前とは一転した海外、英語、洋楽への強い関心を生んだ(土地持ち&既得権益者のあるあるで家は保守、英語は強制への反動から中学に入るまで完全に拒否していてゼロだったので小学生時代はそれらとはまるで無縁だった)。
連れ出してくれる人がいるとは思っていなかった。リアルな白馬の王子を望むことは無かった。でも、ダレンのことは「わかってくれるかもしれない人だ」と感じていたのかもしれない。とにかくSavage Gardenの1stアルバムは擦り切れるほど繰り返し聴いた。
存在も意志も悉く否定され「死んでしまえ」だの「出て行け」だのを当然の如く投げつけられる理不尽な日々の中でも、野獣に刃物で殺されかけ一族にそれを正当化される"まで"は「世界を諦めきれない」状態だったのかもしれない。この時期に私はダレンの曲を求めた。
けれども「世界」も「人間」も諦めた段階では、私は彼の曲から離れていた。2ndアルバム"Affirmation"こそ、彼の苦悩が痛いほどに詰まった、私により「刺さる」ものであったのに。
巡り合わせ、タイミングって面白いね。
"To the moon & back"は、曲としてはそれほど好みのものではなかった。でも、ギターを手にして初めて、わりと長く歌った曲だったし、それはSavage Gardenの曲の中でも初のものだった。
私は私のことがよくわからない。よくわからずに何かをしているわけだけれど、その裏にも何かがあって、オンタイムでは見えなかったことが後になって明らかになってきたりする。それがダレンの曲や歌詞と共に起きているということも興味深い。
興味深いと言えば、Savage Gardenのオフィシャル動画チャンネルには、この曲のオーストラリア版PVが上がっていて、見たらもろにSFの世界だった。
やっぱりダレンってファンタジー、中でもおそらくダークファンタジーやSFが好きなんだと思う。一方私はファンタジーが苦手。Coccoもファンタジー好きなんだよな。
時々三人の違いを比較しているけど、ここでもそのグラデーションを並べてみるとこんな感じになると思う。
Coccoはファンタジー好き。おそらく子ども向けのお話からダークファンタジーまで(でもあんまりSFのイメージは無い)。
ダレンもファンタジー好き。子ども向けのファンタジーのイメージは少なく、ダークファンタジーやSFがおそらく好み。
私はファンタジーが苦手。特に子ども向けファンタジーとSFには興味が湧きにくい。ダークファンタジーなら物によるかも。耽美な世界は好き(おそらくダレンも)。
あとこんな違いもあるかな。
Coccoは月もあるけど太陽のイメージが強い。きっと日が暮れる時よりも日が昇るところを多く見る視点。
ダレンは月のイメージが強い。太陽のイメージはあまり無く、日は昇るでなく暮れるに注目する視点を持ち、闇の世界の住人。
私も太陽よりも月、昼より夜、日は暮れるの闇の世界の住人。
あと、そうなった理由はよくわからないけど、志村さん(フジファブリック)も闇の世界の住人だと私は感じていた。実際、闇夜を描く曲、太陽より月の出現が多かったし、何よりあの瞳。深く吸い込まれそうな沼のようだった。
もうすぐ十三夜。10月も終わる。



