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なぜチン騎士(フェミ騎士)はモテない?ダサくて気持ち悪いからです【女性目線】

「女性の味方をしている男性は、きっと女性に好かれる」

たぶん本人はそう信じているのでしょう。

SNSで女性の投稿に全力で共感し、男側を断罪し、炎上案件には最速で「それな!」を投げ、女性が怒っていれば一緒に怒り、泣いていれば一緒に泣く。

さらに、「男ってほんと最低だよね」「僕はそういう男とは違うから」と、なぜか“自分だけは例外”の札を胸に貼っている。こういうタイプの男性、いますよね。いわゆるチン騎士(フェミ騎士)です。

結論から言います。女性から見ても、チン騎士はダサいし、キモいです。

しかも、気持ち悪さの種類が厄介です。外見がどうこうではありません。話し方が下手だからでもありません。「女性の味方」という看板を掲げながら、その裏に透けて見えるものが、あまりにも生々しいからです。

優しさに見せかけた下心、共感に見せかけた性欲、正義に見せかけた承認欲求。そういう“ねっとりした何か”が、こちらの皮膚にべったり張り付く感じがする。勃起したペニスを押し付けられている感じです。だから不快なのです。

女性は、男性の言葉を文字通りには受け取りません。もっと正確に言うと、言葉よりも「にじみ出る意図」を嗅ぎ取ります。目つき、距離感、話の運び、空気の読み方、他人への態度。

そこから「この人は私を対等な人間として見ているのか、それとも“女”として攻略しようとしているのか」を瞬時に判断します。

チン騎士は、その判断の中でほぼ確実に“後者”に分類されます。だからモテません。女性の味方をしているのにモテないのではなく、“女性の味方をしているフリの仕方”が気持ち悪いからモテないのです。


チン騎士が女性から嫌われる最大の理由は「弱者男性感」が漏れているから

女性から見たチン騎士の最大の問題は、「弱者男性感」が漏れていることです。

ここで言う弱者男性感は、収入や学歴の話ではありません。社会的地位が低い人という意味でもありません。もっと感覚的で、もっと本能的な話です。簡単に言えば、余裕のなさと自信のなさが、行動全体からにじみ出ている状態です。

本人は“優しさ”や“正義感”を装っているつもりでも、女性側からすると「あ、これ保険だな」「これ逃げ道だな」「これ口説きの別ルートだな」と透けて見える。すると、言葉がどれだけ丁寧でも、どれだけ女性を褒めても、気持ち悪さだけが残ります。

そもそも、女性の味方という看板がある時点で、なぜそれを掲げる必要があるのかを考えてしまうのです。普通に人として敬意を払えばいいだけなのに、わざわざ大声で「味方」を名乗る。その時点で、名乗らないと信用されない何かが自分にあると自白しているようなものです。

本当にモテる男は、女性に迎合しなくてもモテます。

迎合せず、媚びず、必要以上に同調せず、でも乱暴でもない。女性を神格化しないし、敵視もしない。自分の軸のまま、自然に人として接する。それだけで十分魅力が出るタイプの男性は、わざわざ「女性の味方」を演じません。演じる必要がないからです。

逆に言えば、チン騎士が“演じる”という時点で、素の状態では勝負できないということです。ここが痛いほど女性に伝わります。

チン騎士は、わざわざ迎合しないと女性を捕まえられない。その“わざわざ感”や必死さが、女性には刺さるどころか、寒気として届きます

要するに、普通のやり方では勝負できないから、別ルートを探しているだけに見えるのです。真正面から魅力で勝負できない人が、道徳や共感を武器にしてショートカットしようとしている。そう見えてしまう時点で、もうアウトです。


ここで女性側の感覚をもう少し具体的に言います。

チン騎士の優しさは、優しさに見せかけた「要求」に見えます。女性が何か愚痴を言ったときに、まず共感、次に男性叩き、最後に「僕は違うよ」。

この流れは、女性からするとだいたい同じ匂いがします。共感というより、誘導です。「あなたは正しい」「相手が悪い」「だから僕は安全」「だから近づいていい」。この“段取り”が気持ち悪い。

しかも、段取りを踏んでいる本人がそれを無自覚なことが多いから、さらに気持ち悪いのです。女性は共感してほしい時もありますが、共感の裏に「見返り」が混ざっていると一瞬で冷めます。

たとえば、こっちが弱っている時に「わかるよ、その気持ち」と言われた直後に、距離を詰めるような褒め方をされたり、妙に個人的な質問を増やされたり、DMが増えたりする。これ、慰められているというより、狙われている感覚になります。

性欲丸出しですり寄られて共感されても、不快なだけです。むしろ「今それ言う?」「今そこ詰める?」という気持ち悪さが勝つのです。

さらに悪いのは、チン騎士の共感が浅いことです。女性が怒っているときに「わかるよ、その気持ち!」と言うけれど、なぜ怒っているのかの背景理解は薄い。悲しんでいるときに「ひどいね、つらいね」と言うけれど、その後に必ず「僕が守るよ」「僕は味方だよ」「男って最低だよね(だから僕を選んで)」が続く。

共感というより「共感のフリをした自己アピール」です。

女性からすると、慰められているようで、実際は口説かれている。

つまり、会話の主語が「あなた」ではなく「僕」になっている。女性の気持ちを受け止めるフリをして、最終的に自分の好感度を上げる方向へ持っていく。これって、優しさではなく営業です。人間関係で営業をかけられるほど気持ち悪いことはありません。


チン騎士は実は…結婚相談所の高学歴婚活男性にも多いという皮肉

ここからが、いちばん笑えない皮肉です。

チン騎士(フェミ騎士)って、ネットでは「モテない弱者男性が拗らせた末路」みたいに語られがちです。たしかにそういう層もいます。でも現実はもっと気持ち悪い形で広がっています。

実際には、高学歴層にもかなりの割合で混ざっています。しかも、そこそこ社会的に成功して見える職種に多い。SE、金融マン、コンサル。いわゆる“勝ち組っぽい”肩書きを持っているのに、恋愛市場では女性から「なんか無理」「距離感が変」「薄っぺらい」と避けられ、気づけば“女性の味方”という鎧を着込んでネットを徘徊しているタイプです。

なぜでしょうか。答えは単純です。

勉強だけしてきて、多角的な人生経験が足りないからです。テストの点数や内定の有無で勝ち負けが決まる世界に長く浸かってきた人は、対人関係における“非言語の空気”を学ぶ機会が少ない。

恋愛、遊び、失敗、恥、揉め事、仲直り、傷つけた、傷ついた、その後どうした、という雑で生々しい経験が足りないまま大人になる。すると、女性にどう接していいかがわからない。わからないから、教科書的な「女性に共感しよう」「女性を尊重しよう」「女性の味方をしよう」に飛びつく。そこに“正義”や“倫理”をまとわせると、自分の不器用さが隠せる気がする。

つまりチン騎士は、「恋愛の現場で戦えない人が選ぶ、安全そうな戦法」になりやすいのです。

しかしその戦法は、女性にはほぼ通用しません

女性は、テクニックよりも「その人の人格の厚み」を見ているからです。「これ、私に寄り添ってるんじゃなくて、正解のセリフを言ってるだけじゃない?」と。そういう“薄っぺらさ”が、チン騎士の気持ち悪さを増幅させます。

結婚相談所でも同じ構図が起きます。売れ残っている婚活男性の中には、フェミ騎士的な考えの人が割といます。


「女性は尊重されるべき」「女性の負担を減らすべき」と言いながら、会話の端々に「だから僕を選んで」の圧が混ざる。本人は丁寧に振る舞っているつもりでも、女性側からすると「正しさで押してくる」「共感で拘束してくる」と感じる。

結局、魅力ではなく“論”で女を動かそうとしているわけで、その時点で恋愛としては詰んでいます。恋愛は説得ではありません。攻略でもありません。まして「僕は味方です」という看板で安心を買わせる商売ではありません。女性は“段取りの匂い”に敏感です。敏感だからこそ、ゾワッとします。

さらに厄介なのが、彼らがしばしば「弱者男性」を攻撃する点です。

弱者男性叩きにやたら熱心なチン騎士、見たことがある人も多いでしょう。「女に迷惑をかけるな」「気持ち悪いから黙れ」「お前らがいるせいで男が損する」「男らしくない、ダサい」みたいなやつです。

これ、正義感だと思われがちですが、実態はかなりの割合で同族嫌悪です。言ってる本人自身は気が付いてないのでしょうけど。

つまり「自分の中にもある弱さ」を見たくないから、よりわかりやすく弱い存在を殴って、自分だけは違うと証明しようとする。弱者男性を叩けば叩くほど、「僕はあいつらとは違う側です」と女性にアピールできる気がする。だから必死になる。

要するに、弱者男性はチン騎士にとって“鏡”なんです。鏡に映った自分の影が気持ち悪くて、鏡を殴っているだけです。


高学歴エリートには「本物」と「似非」がいる

ここで、もう一段深い話をします。高学歴エリートには大きく分けて二種類います。「本物のエリート」と「似非エリート」です。

そして、チン騎士が多いのは圧倒的に後者です。前の記事でも述べたのですが、まず、この二つをざっくり説明します。

本物のエリートは、遺伝的な資質、環境、経験が噛み合っています。幼少期から豊かな人間関係の中で育ち、自然体で人と関われる。恋愛も遊びも失敗も、当たり前のように経験しながら、結果的にいい大学を出て、さらに大きな世界で動いている。

たとえば、慶応幼稚舎に入りエスカレーターで進みながら、学生時代に恋愛も遊びも人生経験も積み、慶応を出て、年商数十億規模の事業を引き継ぐ。こういう層は、自分の価値を他人の評価で補強しません。自分の土台があるからです。

だから女性に迎合しないし、迎合する必要もない。結果として自然にモテます。モテようとしていないのに、モテる。これが本物の余裕です。

一方、似非エリートは、遺伝子的な能力は低いのに、受験や就活に努力して社会のレールに乗って引き上げられて、そこそこの成功を得ただけの「無能」です。

わかりやすく言えば、似非エリートは青春時代にガリ勉で東大・京大に入り、SE、金融マン、コンサルなどの社畜サラリーマンになって、たかだか年収1000万で満足する。そしてその年収と学歴を「自分の価値の証明」として握りしめる。

ところが内面はどうかというと、勉強しかやってきてないので人生経験が足りず、器も小さい。ゼロから価値を生む経験も少ない。失敗から学ぶ経験も少ない。人と深く関わって揉めて和解して成長する経験も少ない。

だからプライドだけが育ち、余裕が育たない。余裕がないから、女性に対しても自然体でいられない。自然体でいられないから、「正しさ」を武器にする。これが似非エリート型チン騎士の発生メカニズムです。


重要なのはここです。

本物のエリートは、女性の味方を「わざわざ」しません。似非エリートは、女性の味方を「わざわざ」します。

なぜなら、対等に扱う以前に、女性からの評価に依存しているからです。「嫌われたくない」「いい人だと思われたい」「安全な男だと思われたい」。この依存が、チン騎士の匂いになります。そして女性は、依存臭を嫌います。依存臭は、愛情ではなく負担の予告だからです。

そして、ここでも同族嫌悪が顔を出します。似非エリート型チン騎士は、自分の中の弱さを否認するために、弱者男性を執拗に攻撃します。

なぜなら、「弱者男性」は「努力しなかった自分にあったかもしれない”もう1つの未来”」でもあるからです。

もし自分が受験で勝っていなかったら?もし就活で落ちていたら?もし年収が上がらなかったら?その可能性を想像すると怖い。

だから「努力しなかった弱者」を殴って、「俺は努力した側だ」と自分を安心させる。これが同族嫌悪の典型です。弱者男性を叩くことが、彼らの精神安定剤になっているのです。


弱者男性と高学歴チン騎士の違いは「諦めた弱男」か「努力した弱男」かの軽微な差しかない

ここは刺さる人が多いでしょうが、あえて言います。

弱者男性と高学歴チン騎士の違いは、「諦めた弱い男」か「努力した弱い男」か、その程度の差しかないです。

女性側の視点から見れば、どっちも同じ「ザコ」なんですよ


人間の「魅力」の判断は、本人が意識している以上に、生物学的な手がかりに影響されます

この見方は、進化生物学の性選択(sexual selection)の枠組みと整合的です。性選択とは、単に“生き残る”ための自然選択とは別に、「配偶者に選ばれやすい形質」が次世代に残りやすくなるプロセスを指します。多くの動物で、健康や病気への強さを示すような特徴が配偶者選好と結びつきうることが知られ、人間でも“それっぽい手がかり”に反応している可能性が議論されてきました。

その代表例のひとつが、免疫に関わる遺伝子(MHC/HLA)です。古典的な「Tシャツ実験」では、男性が着用したTシャツの匂いを女性が評価したところ、女性は自分とMHCがより異なる男性の体臭をより好ましいと評定する傾向が報告されました。

これは、子どもの免疫の多様性(病原体への対応力)に関わりうる“遺伝子の相性”を、匂いの手がかりとして利用している可能性を示唆します。もちろん人間の恋愛が匂いだけで決まるわけではありませんが、「免疫の相性」というかなり生物学的な要素が、少なくとも嗜好評価に反映されうる点は、性選択の考え方とよく噛み合います。

次に、健康や発達の安定性(developmental stability)に関連しうる手がかりとしてよく挙げられるのが、左右差の少なさ=対称性(シンメトリー)です。

人は一般に対称的な顔を魅力的と感じやすいという主張は古くからあり、対称性が「発達の乱れの少なさ」を反映しうる(=健康や頑健さの間接サインになりうる)という説明がされています。

さらに「対称性と魅力」の関係は顔だけでなく、たとえば声の魅力にも関連する可能性がメタ分析で検討され、フラクチュエーティング・アシンメトリー(FA)と“声の魅力”の負の関連が報告されています。こうした結果は、「発達安定性に関わるかもしれない特徴」が、魅力判断に使われうることを示す材料になります。

もう一つ、しばしば“生物学的に手がかり”として扱われるのが、男性らしさ(マスキュリニティ)です。男性的な顔つきや体つきは、テストステロンや競争力、健康などのシグナルと結び付けて解釈されることがあります。

実際、環境条件と女性の男性的顔選好の関連を扱った研究では、状況によって好みが変動する可能性が示されています。

つまり、「人は無意識に“健康・免疫・発達安定性に関係しうる手がかり”を魅力として評価する傾向を持ちうる。これは性選択の理論と整合的だ」ということです。

「弱者男性」も「高学歴チン騎士」も同じ「繁殖する価値がない遺伝子的魅力の低い弱男」と女性は無意識の本能で判断しているのです。


どちらも根っこにあるのは「自分の魅力への不信」です。だから外部の武器を探します。弱者男性は諦めて拗ねる。高学歴チン騎士は努力して“正しさ”を武器にする。方向が違うだけで、土台の弱さは似ています。

しかも皮肉なことに、高学歴チン騎士の方がタチが悪い場合があります。なぜなら、彼らは「努力した」という成功体験がある分、プライドが硬いからです。弱者男性はまだ「自分は弱い」とどこかで認めている場合があります。だから拗ねる。高学歴チン騎士は、弱いのに弱いと認められない。だから正義をまとって強者側に立とうとする。

女性側からすると、弱い人より、弱いのに強がっている人の方が扱いづらい。これは人間関係の基本です。そして扱いづらい人は、当たりまえですが恋愛市場では避けられます。

最後に、もう一度いいます。

弱者男性と高学歴チン騎士の差は、「諦めた弱い男」か「努力した弱い男」か、その程度でしかない。

違うように見えて、同じ穴の狢です。

だからこそ、同族嫌悪が生まれ、弱者男性叩きが過激になり、女性から見ると余計にダサくて気持ち悪く見える。必然です。正義の鎧を着た瞬間に、鎧の下の弱さが透ける。

恋愛市場は残酷ですが、女性の違和感センサーはだいたい正確です。

だからチン騎士は、今日も「女性の味方」を名乗りながら、誰にも選ばれないまま、SNSに向かって殴り続けるのです。


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