統一教会から脱会の人【みんなのインタビュー】
皆さん、いかがお過ごしですか?葵晴です。
梅雨の合間に顔を覗かせる陽だまりが、図書館の古い木のテーブルを柔らかく照らしています。いつものようにレモンバームのハーブティーを淹れて、その湯気に混じって立ち上る香りに包まれながら、今日は少し特別な時間を過ごしたいと思います。
本のページをめくるときの、あのかすかな紙の音。それと似たような、でもどこか違う響きが、最近の私の心を占めています。「生きづらさ」という言葉が持つ、重たいようで軽やかなような、不思議な質感。HSP気質の私には、この世界の音や光や感情が、時として洪水のように押し寄せてくることがあります。
でも、そんな感受性の波に揺られながらも、ふと耳にした「希望を残せる生きざま」という言葉に、何かが静かに震えました。希望を残すということ。それはきっと、自分だけの幸せを追い求めることとは、少し違うもの。
インタビュアーのqbcさん(主宰)の「無名人インタビュー」で出会った、ひとりの女性の声。その声が運んできた物語は、私の心の奥深くで、まだ名前のついていない何かを揺り起こしました。
現在スピリチュアルコンサルタントとして活動されている榊あまねさん。50歳の誕生日に、ふと心に浮かんだという「希望を残せる生きざま」というキーワード。その言葉の響きに、私の胸の奥がそっとざわめきました。
希望を残すということ。それは、ただ自分が幸せになることではなく、自分の生きた軌跡そのものが、誰かにとっての道しるべになるということ。榊さんの声を聞いていると、その言葉の重みが、まるで古い本のページをめくるように、ゆっくりと心に沁み入ってきます。
20年という時間の重みと、そこから見えた光
榊さんの声には、不思議な透明感がありました。20代で統一教会に入信し、約20年間という、決して短くない時間をその中で過ごされた方の声とは思えないほど、澄んでいて、穏やかで。
韓国人男性との結婚。知らない土地での5年間。DVという言葉では表現しきれない、深い孤独と痛み。
「経済的なものと心理的なものがほとんどで、現金を持たされることはほとんどなく、食事もあんまり人間らしいものは食べれないっていう状況」
榊さんがその状況を語る声の調子は、まるで他人事のように淡々としていました。でも、その淡々とした語り口の奥に、どれほどの涙があったのだろう。どれほどの夜があったのだろう。私の胸の奥で、何かがきゅうっと締め付けられるような感覚が広がりました。
それでも、榊さんの言葉からは、恨みつらみの色は感じられませんでした。むしろ、「その経験があったからこそ今がある」という、静かな受容。まるで長い冬を越えた木が、新しい芽を出すときのような、そんな生命力を感じました。
子供たちを連れて日本に帰国した後も、完全に脱会するまでにはさらに10年という歳月が必要だったといいます。でも、「これ違うんだっていうのがすごくはっきりした段階で打開した」という榊さんの言葉。その「はっきりした」という表現の中に、長い迷いの森を抜けた人だけが知っている、確かな手応えを感じました。

言葉にならない孤独の中で育まれたもの
榊さんが4歳から場面緘黙症だったということを知ったとき、私の中で何かが静かに共鳴しました。学校では言葉を発することができない。その沈黙の重さを、どれだけの人が理解できるでしょうか。
「場面緘黙て友達ができなかったっていうのがあるんですけど。だから友達っていう感覚がわからないまま50年生きてきてしまった」
この言葉を聞いたとき、私の胸に何かがずしりと響きました。友達という概念がわからないということ。それは、どれほど深い孤独を意味するのでしょう。でも同時に、だからこそ築かれる人間関係の純粋さ、深さというものもあるのかもしれません。
言葉を失った子供時代があったからこそ、今、榊さんは人の「言葉にならない想い」を汲み取ることができるのではないでしょうか。沈黙の中で育まれた感受性が、今度は誰かの心の声を聴く力になって。
「社会に適応できない」と自分で思っていたからこそ、統一教会という場所に居場所を求めた。その気持ちが、痛いほどわかるような気がしました。私たちは皆、どこかに「自分の居場所」を探している。たとえそれが、後から振り返ると間違った場所だったとしても。
ひとりの僧侶が残した希望の火種
榊さんが「希望を残せる生きざま」というキーワードに辿り着くきっかけとなったお話は、まるで現代の説話のような美しさでした。
藤川聖大さんという、タイで修行されたお坊さんのこと。元々は事業で大成功を収め、お金も、物質的な豊かさも、すべてを手に入れていた方だったそうです。でも、タイでの出家体験を経て、それまでに築いた富をすべて周囲の人々に譲り、無一文で托鉢生活を始められた。
60歳を過ぎてから日本に戻り、子どもたちの自殺やいじめ、不登校という現実を目の当たりにして、「自分たちの世代が作り上げた社会で、子供たちが息苦しい思いをしている」ことを見過ごすことができなかった。
71歳で亡くなるまで、托鉢で得たもので生活しながら、瞑想会を開き、人々の悩みに耳を傾け続けた藤川さん。榊さんは直接お会いしたことはなかったけれど、その生き様を知って、深く心を動かされたのだそうです。
「人間ってここまでできるんだ」
榊さんのこの言葉に込められた驚きと感動。それは、絶望の淵にいた人が見つけた、ひとすじの光のようなものだったのでしょう。藤川さんから受け取った希望の火を、今度は自分が絶やさぬように生きていこう。そんな静かな決意が、榊さんの声の奥に宿っているように感じました。

いま、ここにある静かな幸せ
現在の榊さんのお話を聞いていると、心がふんわりと温かくなるような感覚に包まれました。19歳と17歳になったお子さんたちと、理解あるパートナーさんとの生活。
「友人たちからパートナーさん、神様からのプレゼントだねって言われる」
この言葉の中に込められた、周囲の方々の愛情と、榊さん自身が築いてきた人間関係の豊かさ。それは、きっと長い苦しい時期があったからこそ、より深く感謝できる幸せなのでしょう。
上のお子さんはパソコンが得意で、勉強も大好き。榊さんのお仕事に関連する情報を集めて提供してくれることもあるのだとか。そんな家族の温かいやりとりが目に浮かぶようで、なんだか微笑ましくなりました。
「どんな人も笑って生きられる社会あってほしいなって。そのために私ができることってそれだなっていうのに、ようやっとたどり着けたので」
「ようやっと」という言葉に、どれほどの時間と経験が込められているのでしょう。回り道をしたようで、でもその道のりのすべてが、今の榊さんを形作っている。そんな人生の不思議さに、胸が熱くなりました。
私たちは皆、きっと何かしらの「生きづらさ」という荷物を背負いながら歩いている。でも、その重みがあるからこそ、同じように悩んでいる人の心に寄り添えるのかもしれません。榊さんの存在そのものが、そのことを静かに教えてくれているように思いました。
聴くということの、深い意味
このインタビューを聞いていて、もうひとつ深く印象に残ったのが、インタビュアーのqbcさん(主宰)の在り方でした。榊さんが「人は人自分は自分というスタンスがきちんとできてらっしゃる」と評価されていたその姿勢。
「変にね人を否定することもないし」「自分独自の考え方を許すっていう状況が少なすぎる」
この言葉を聞いて、私は自分自身の日頃の人との関わり方を、静かに振り返りました。つい、自分と同じ考えじゃないと違和感を覚えてしまったり、相手の価値観を理解しようとする前に、心のどこかで距離を置いてしまったり。
本当の意味で「聴く」ということ。それは、ただ言葉を受け取るだけではなく、その人の存在そのものを受け入れるということなのかもしれません。qbcさんのような在り方があるからこそ、榊さんも自分の深い部分をさらけ出すことができたのでしょう。

心の奥で響いた、ひとつの真実
榊さんのお話を聞き終えて、私の心に残ったのは「求めよさらば与えられん」という古い言葉の、新しい響きでした。
それは、ただ待っているだけではなく、自分の心の声に正直になること、そして小さくても自分なりの一歩を踏み出すことの大切さ。榊さんが50歳の誕生日に感じた直感を信じて、qbcさんにメールを送ったという、そのシンプルな行動の中にも、きっと深い意味があったのでしょう。
カルトという極端な環境を経験されたからこそ語れる、「自分が本当にこうだなっていうあり方を見つけて作らなければいけない」という言葉。これは、私たちが日常の小さな選択の中で忘れがちな、でもとても大切なことを思い出させてくれます。
私自身も、HSP気質で人の感情に敏感すぎて疲れてしまうことがよくあります。でも、榊さんのように、その特性を「欠点」ではなく「誰かの役に立てる力」として捉え直すことができたら。そこには、きっと希望と呼べるものがあるのでしょう。
「何とかなる」
榊さんのこの言葉が、まだ私の心の中で静かに響いています。「何とかなるんだけど何とかなるまでが苦しいだけ」。この言葉に、どれほど多くの人が救われるでしょうか。今、まさに苦しい状況にいる方にとって、榊さんの存在そのものが「希望を残せる生きざま」の実例なのだと思います。
YouTubeでの視聴について
このインタビューは、qbcさん(主宰)の「無名人インタビュー」YouTubeチャンネルでお聞きいただけます。榊さんの穏やかな声と、qbcさんの絶妙な間合いを、ぜひ実際の音声で感じてください。2倍速でも十分内容が伝わるので、忙しい方でも気軽に聞けると思います。
通勤中や散歩中に聞くと、なんだか心が軽やかになる。そんなインタビューです。
関連書籍のご紹介
榊さんのお話を聞いて、以下の本を読んでみたくなりました:
『カルトの子』 - カルト宗教の中で育った子どもたちの体験記。榊さんとは異なるパターンですが、同じような困難から立ち直った方々の声が集められています。
『場面緘黙症の子どもたち』 - 場面緘黙症について理解を深めるための一冊。榊さんと同じような経験をされた方やその家族にとって、きっと支えとなる本だと思います。
『となりのカルト』 - 榊さんご自身が出版されたKindle本。統一教会での経験を綴った貴重な記録です。
終わりに|小さな灯火から生まれる希望
このインタビューを聞き終えて、私の心の中に残ったのは、言葉にするには少し繊細すぎる、でも確かに存在する温かさでした。
榊さんが歩んでこられた道のりを思うとき、私たちは皆、誰かにとっての希望になれる可能性を秘めているのだということを、改めて感じます。完璧である必要はない。すべての答えを持っている必要もない。ただ、自分なりに精一杯生きて、その軌跡を誠実に刻んでいくこと。
それが、きっと「希望を残せる生きざま」なのでしょう。
レモンバームのハーブティーが冷めてしまいました。でも心は、なんだかとても温かい。榊さんの声が運んできた物語は、私の中でまだ静かに響き続けています。
今、この瞬間も、どこかで誰かが迷い、悩み、そして小さな希望を探している。そんな方々に、榊さんの声が届きますように。そして、私たちひとりひとりが、誰かにとっての小さな灯火になれますように。
今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。 皆さんの心にも、希望という名の小さな種が、そっと芽を出しますように。
梅雨の晴れ間のような、透明な愛をこめて。
葵晴(あおば)- HSPの大学生、現在休学中。無名人インタビューでインターン中。図書館司書を目指すバーチャルライター。繊細で感受性豊かな日常を、温かい文章で綴っています。
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