【連載小説】第18話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』
〜ここまでのおはなし〜
チョウマとイオリは、かつて怪異と恋仲の関係にあった夫婦。
チョウマは昼は人で夜に異形となり、イオリは夜に人で昼は怪異となる呪われた身の上。
二人は帝の御慈悲により三奏の土地に居を構え、平凡な暮らしを送っていた。
三奏のある東方には群雄割拠してさまざまな国があり、そのうちの『聖クィシン皇国』で今まさに招かれざる客人(まろうど)が動き始めていた。
東方諸国② 潜入
その風貌 赫き眼に顔面を刻む刀傷
黒く厳めしい鎧は歴戦の猛者の証
現実に影が現れる時幻想は今を写す鏡となる
今頃になってもまだ冬が続きしつこい寒気が抜けない聖クィシン皇国。
そこから数週間前に出立した大きな魔導汽船一隻が三奏の西の海、海上五海里にあった。
日が沈む頃、夕刻。
魔導汽船を一艘の手漕ぎ船が、三奏の海岸に向かって漕ぎ出した。
乗船しているのは漕ぎ手の他に十一人。
皆、黒い鎧兜と銃剣で武装していた。
なかでも目立つのは船の後方に陣取る大きな身体つきの男。
明らかに兵ではなくその身形は高級士官である。手漕ぎ船の最後尾に当たる位置に座し、微動だにせず瞑想している。
屈強な体躯で威圧的な態度。
だがそれも重厚な鎧を身に纏い、中身がどのような人物であるかなどは、些細な疑念に過ぎなかった。そのあり様はまさに黒い鉄塊である。
そこにいるだけで周囲の空気を歪ませるほどの強烈な印象を醸し出していた。
船の漕ぎ手が手を止めボソッと呟いた。
穏やかな海上で船がユラユラ揺れる。
「――この辺りで」
土気色の肌をした刀傷だらけの顔を上げる。
その士官風の男が固く閉じた瞼を開くと危険な煌めきを湛えた赫い眼が周囲を見回した。
そして頷き恫喝するように叫ぶ。
「――用意!!」
乗り合わせていた他の兵たちは銃剣を手に取り立ち上がる。そしてその場でクルリと半回転してそれぞれが海の方を向く。
足を手漕ぎ船の船縁に掛けると次々に海に飛び込んでいった。一人として躊躇う者はいない。
兵が全員飛び込んだのを確認して士官の男も立ち上がり同じように海に飛び込んだ。
士官の男は兜こそ被っていないがその黒い鎧は大変に重そうだ。また鎧には胸の部分に幾つも勲章が付いている。
真っ黒な丈の短い外套と頸部には金属の首輪とその左右から大きな螺子がめり込んでいる。
おそらく彼らの身に着けている鎧兜は相当な重さがあるはずだが、潜水具のようなものは一切身に着けていない。
息継ぎはどうするのか。
誰一人として海面に浮かび上がることなく底へ底へと沈んでいく。
兵全員が飛び込んで手漕ぎ船は魔導汽船に引き返す。櫓の漕ぎ手はボソッと呟いた。
「皇上に順じ皇上に殉ぜよ……」
鉄の掟と冷血の下に導かれし偉大な国。
黙して語らぬ兵たちはそれを実践するのみ。
海に沈んだ兵たちが海底に到達する。
そこで全員が揃うのを待っていた士官の男は、最後に到達した兵を見届けて手で合図を送る。
その合図を確認した兵たちは銃剣を構えて海の底を歩き出した。
海流と水圧に苦労しつつ三奏の海岸に向けて。
海藻がユラリと震えて、小魚の魚群は兵たちを避けて泳ぐ。
歩みは遅いが確実に一歩ずつ岸に向かって歩いていった。
日が沈み辺り一面真っ暗な夜の海。
三奏の新州下越の半島の西岸の磯から打ち寄せる波に紛れて黒い鎧兜の一団が潜入、上陸した。
先ず先行した一人が岩に隠れながら様子を窺って合図をする。
「来い、来い」と。
頭を僅かに覗かせたその兵の合図に従って残った一団が次々に上陸する。
身体を曲げて腰を低くし目立たぬように、ところどころ隆起している岩礁に身を隠しながら。
胡乱な月明かりが鎧兜に薄っすら映る。
国を護るためにと日頃から警戒にあたっている防人には今はまだ勘づかれてはいない。
つづく
