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つらい気持ちを手放すには?愛犬との別れで気づいた「感情との向き合い方」

つらい出来事があった時、
「早く元気にならないと」
「いつまでも引きずっていたらダメ」
「もう前を向かないと」
そんなふうに、
自分に言い聞かせようとしたり。

悲しい気持ちをどうにかしたくて、
気を紛らわせたり、
前向きなことを考えようとしたり。

頭では、
「考えすぎないほうがいい」と
わかっているのに、心がついてこない。
そんなこともあると思います。

私は以前は、
つらい気持ちをどう扱えばいいのか、
よくわかっていませんでした。

悲しみも、怒りも、不安も…
できれば早くなくしてしまいたい。
そう思っていたように思います。

でも、ある時。
愛犬との別れを経験したことで、
私は初めて、
「感情は、無理に変えようとしなくてもいい」
と思うようになりました。

悲しい時は、悲しいまま。
前を向けない時は、
無理に前を向かなくてもいい。

その時の自分の気持ちを、
ただそのまま感じてあげる。

そうしているうちに、
心が自然に動き始めることがある。

ここでは、
そんな私自身の体験を書きます。
今、つらい気持ちの中にいる人のお心が、
ほんの少し楽になれば幸いです。


いつも心が低空飛行だった頃

私が小学生の頃、2匹の愛犬を迎えました。
自由で人懐こくてかわいい女の子コロ。
そして、
10か月ほど後に我が家へやってきた
紳士的でイケメンな男の子のポテト。

子ども時代から20代半ばまで一緒に暮らし、
私にとって兄弟姉妹のような存在でした。

小学生や中学生の頃は、
たくさん一緒に遊び、
いろんなところへ一緒に出かけました。

ところが、
高校、専門学校、そして就職。
生活が忙しくなるにつれて、
2匹と過ごす時間は少しずつ減りました。

看護師として働き始めてからは、
残業や休日出勤もあり、
仕事の人間関係や将来のこと、
自分の能力への不安など、
いろんなことに悩むようになりました。

休日になっても、
仕事のことを考えている。

「失敗しないかな」
「どう思われているかな」
「この先どうなるんだろう」
そんなことばかり考えていました。

人の顔色を気にして、
自分の言いたいことを飲み込む。

そうしているうちに、いつの間にか、
自分が何を感じているのかさえ、
よくわからなくなっていました。

本当は、もっと自分らしく生きたい。
もっと心からやりたいことを楽しみたい。

そんな思いは、
どこかにあったのだと思います。

でも、
その「何か」が何なのかは、
まったく見えていませんでした。


2匹の愛犬の旅立ち

そんな頃、
コロが高齢になり、
介護が始まりました。

仕事をしながらの介護で、
決して十分なことができたわけではありません。

もっとできたことがあったかもしれない。
もっと一緒にいたかった。
そんな思いは、今でも残っています。

そして、ある夏の日。

夜勤明けで帰宅した私は、
コロを看取りました。

それからほどなくして、
ポテトも少しずつ元気をなくしていきました。

コロがいなくなったことを、
感じていたのかもしれません。

そして、
5か月ほど経った冬の寒い日に、
ポテトも旅立ちました。

2匹とも、
私の人生の中で本当に大きな存在でした。

だから、
2匹がいなくなったときの悲しみは、
それまで経験した
どんなつらいことよりも大きなものでした。

毎日、毎日、泣きました。

仕事中は、
目の前のことに集中していました。

でも、
仕事が終わって一人になると、
涙が止まらない。
何かをしようとしても、涙が出る。

そして私は、
そんな自分を止めようとはしませんでした。

当時は、
「自分の感情に寄り添おう」なんて、
考えていたわけではありません。

ただ、つらかった。
だから、泣いた。

泣きたいだけ泣いた。
悲しいなら、悲しいまま。
寂しいなら、寂しいまま。

前を向こうともせず、
元気になろうともせず。

ただ、
その時の自分の気持ちを、
そのまま過ごしました。


ある朝、心に変化が起きた

そんな日々を何か月も過ごしたある朝。

ふと目が覚めると、
なんだか景色が違って見えました。

空気がさわやかで、あたたかくて。
心がすっと軽くなっていました。

「あれ?」
と思うくらい、
自然に気持ちが落ち着いていた。

悲しみを、
無理やり消したわけでもありません。

前向きになろうと
頑張ったわけでもありません。

ただ、十分に悲しんだ。
自分の中にあるものを、
出し切るように感じ続けた。

そうしていたら、いつの間にか、
自然に「次」を向ける時が来た。

その時、私は初めて、
「感情って、無理にどうにかしなくてもいいんだ」
と、心から感じました。

つらい気持ちがあると、
「早く元気にならないと」
「前を向かないと」
「こんなことを考えていてはいけない」
と思ってしまうことがあります。

でも、感情は、
ちゃんと感じてあげることで、
少しずつ自然に動いていくものかもしれません。


つらい気持ちになっても大丈夫

この時の経験は、
それから何年経っても、
私の中に残り続けました。

そして、
後になって気づきました。

私は、
悲しみがなくなったから
前を向けるようになったのではなく、
悲しみを、
そのまま感じても大丈夫だと知ったから、
前を向けるようになった。

それがわかってからは、
人生の中でつらい出来事が起きた時も、
以前ほど「この気持ちをどうにかしないと」と
思わなくなりました。

もちろん、
悲しい時は悲しい。
怖い時は、やっぱり怖い。
苦しい時は、やっぱり苦しい。

でも、
「今、私は悲しいんだな」
「怖いんだな」
「こんなに大切に思っているから、こんなに苦しいんだな」
そんなふうに、
その時の自分の気持ちを
静かに見てあげることができるようになりました。

母の介護をしながら、
遠方に住む祖父母のサポートを
していた時期もありました。

祖父母が一人、
また一人と天に還った時には、
やっぱりいろいろな思いがあふれました。

そして、
母が誤嚥性肺炎で入院し、
「今日が山かもしれない」
そんな状況になったこともあります。

その時も、もちろん怖かった。
本当に苦しかったです。

でも、無理に気持ちを押し込めず、
手放そうとも頑張らず、
怖いなら、怖いまま。
悲しいなら、悲しいまま。

ただその気持ちを、
ちゃんと見てあげる。

そうしていると、
少しずつ気持ちが動いていくことを、
私はもう知っていました。

その気持ちを抱えたままでも、
ちゃんと時間は流れていく。

そして、
気づけば少しずつ呼吸がしやすくなり、
また目の前のことに向き合えるようになる。

そんな感覚が、
少しずつ私の中に根づいていきました。


感情は自然に動く

もし今、
何かつらい出来事の中にいて、
「早く元気にならないと」
「いつまでも引きずっていたらダメ」
「もう前を向かないと」
そう思っているとしたら…

もしかすると今は、
前を向くことよりも先に、
「私は今、こんなに悲しいんだ」
「本当はこんなに怖かったんだ」

と、自分の気持ちを
そのまま見てあげる時間が
必要なのかもしれません。

無理に元気にならなくてもいい。
無理に気持ちを切り替えなくてもいい。
悲しみを消そうとしなくてもいい。

私自身、
2匹の愛犬との別れを経験した時、
何か特別な方法で
悲しみを乗り越えたわけでは
ありませんでした。

ただ、泣きたいだけ泣いた。
悲しいまま、過ごした。

そして、
そんな時間を重ねていたら、
ある朝、自然に心が動き始めました。

だから今は、
あの経験を思い出すたびに思います。

感情は、
無理に動かそうとしなくても、
ちゃんと感じてあげることで、
きっと自然に動き始める。

そう思っています。


前を向くということ

コロとポテトが旅立ったあの頃の私は、
まさか自分が、こんなふうに
「感情」について考えるようになるとは
思ってもいませんでした。

あの頃はただ、
悲しくて泣いていただけ。

でも今振り返ると、
あの時間は私にとって、
自分の気持ちを初めてそのまま受け止める
時間だったのだと思います。

それまでの私は、
つらいことがあっても、
「こんなことで落ち込んでいたらダメ」
「もっと頑張らないと」
と、自分の気持ちを
置き去りにしていたと思います。

だから、もし今、
何かの出来事で
心がつらくなっている方がいたら。

今感じている悲しみも、
怒りも、不安も。
まずは、
「そう感じている自分がいる」と、
そっと見てあげる。

それだけでもいいのだと思います。

すぐには何も、
変わらないかもしれません。

私も何か月も泣きました。
でも、心には、
自分のペースで動いていく力がある。

そして、いつかふと、
「あれ? 少し呼吸がしやすい」
「今日は、ほんの少しだけ外の景色がきれいに見える」
そんな瞬間がきっと訪れる…

前を向くことは、
無理やり顔を上げることではなく、
心が自然に動き始めるのを
待つことなのかもしれません。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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