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終わらない時代 第18話

『疑惑』


調査はすぐに始まった。

「ミネル、どれを持って行くの?」
ライトで周囲を照らしながらリンが尋ねる。

ミネルは赤く発光するキノコを見回した。
「そうね……まずは小さいものを採取しましょう。」

しゃがみ込み、引き抜く。

慎重に持ち上げ、サンプルケースへ収めた。

(この樹……。)

ジュリアは巨大な幹を見上げる。

黒ずんだ樹皮。

赤く脈打つ蔓。

まるで生き物のようだった。

(普通の樹じゃない……。あの廃工場にあったのと同じもの?)

カメラのシャッター音が地下空間に響く。

カシャッ、カシャッ。

その時ーー

ガサガサッ!

檻の中の巨大ゴキブリが突然暴れ始めた。

ガンッ!ガンッ!

檻に何度も体当たりを繰り返す。

「何……?」
ジュリアは檻へ視線を向けた。

「ミネル……。」
リンの声が震える。

だがミネルは気付かない。

「このキノコ……どうして赤く光って……。」

興味深そうに観察を続けている。

「ミネル!」
リンが叫んだ。

「あれ!」

ライトの先。

暗闇が蠢いていた。

無数の黒い影。

ガサガサガサガサ!!

巨大なゴキブリの群れだった。

「うわぁぁぁっ!!」

先頭の一匹がリンへ飛び掛かる。

さらに後ろから次々と押し寄せてくる。

「逃げるよ!!」
ジュリアは腕でゴキブリを払い除けながら叫んだ。

「待って!」
ミネルは巨大樹へ駆け寄る。

「これだけは……!」

ナイフで樹皮を削り取る。

剥がれ落ちた黒い樹皮をケースへ押し込み、ようやく立ち上がった。

「急いで!!」

三人は一斉に走り出す。

狭い下水道を全力疾走した。

背後からは無数の足音。

ガサガサガサガサ!!

波のように追い掛けてくる。

出口が見えた。

ジュリアが勢いよく扉を開く。

三人は外へ飛び出した。

ガァン!!

すぐに扉を閉める。

その向こう側から――

ガサガサ!

ガンッ!ガンッ!

無数のゴキブリが扉へ体当たりを始める。

しかし、頑丈な扉はびくともしなかった。

やがて音も少しずつ遠ざかっていく。

「はぁ……はぁ……。」
肩で息をするジュリア。

リンはその場に座り込み、青ざめた顔で呼吸を整えていた。
「もう……無理……。」

ミネルも呼吸を整えている。
「はぁ……危なかった……はぁ……。」

三人はしばらく、その場から動くことができなかった。



ーー調査隊の拠点

「お前達! 大丈夫か!?」
拠点へ戻るなり、カイルが血相を変えて駆け寄ってきた。

リンは力なく俯き、ジュリアに支えられていて歩くことさえままならない。

「おい、リン!」

カイルは肩を揺する。

だが返事はない。

焦点の合わない瞳。

震える身体。

心も体も限界だったリン。

「すぐ医務室へ運べ!」
カイルの指示が飛ぶ。

医療スタッフが駆け寄り、リンを担架へ乗せて運んでいく。

「うぅ……。」

ベッドに横たわるリンは眠ったまま苦しそうに顔を歪めていた。

「虫……来ないで……。」

かすれた声が漏れる。

夢の中でも、あの巨大なゴキブリに追われ続けている。

「リン……。」
ジュリアはただ静かに見守ることしかできなかった。

その頃。

別室でミネルが地下空間での出来事を報告していた。

机の上へサンプルケースを並べる。

赤く光るキノコ。

巨大樹の樹皮。

地下で撮影した写真。

「これが地下空間で採取したサンプルです。」

科学者が一枚ずつ写真を手に取る。

「これは……!」

表情が一変した。

「アオバシティの地下に、こんなものが……。」

隣で見ていたカイルも写真を見つめる。

巨大な樹。

赤く脈打つ蔓。

地下空間いっぱいに広がる異様な光景。

「ここまで侵食が進んでいたとは……。」

誰も口を開かなかった。

部屋に重い沈黙が流れる。

やがてカイルは静かに顔を上げた。
「……状況は分かった。」

その視線がミネルへ向く。

「体調はどうだ?身体に違和感はないか?」

突然の質問に少し戸惑いながら、自分の腕や手を見つめる。

「いえ……特には。」

「そうか。」

短く頷く。

「念のため検査を受けてもらう。何かあってからでは遅いからな。」

全員が医務室へ移動した。

部屋へ入ると、ジュリアは反射的に姿勢を正す。
「隊長!」

「今から健康状態を確認する。」

医療スタッフが採血の準備を始める。

眠ったままのリンにも静かに針が刺された。

続いてジュリア。

そしてミネル。

採血が終わると問診が始まる。

息苦しさはないか?

頭痛は?

吐き気は?

皮膚に異常は?

二人は一つ一つ答えていった。

すべてが終わると、カイルは腕を組んで告げた。

「今日はここで待機だ。検査結果が出るまでは、誰も外へ出るな。」

そう言い残し、医務室を後にした。


 
「これは……どういう事だ……?」

顕微鏡を見つめていた医療スタッフが思わず声を漏らした。

「どうした?」

隣にいた科学者が覗き込む。

「あの三人の血液……巨大魚から検出された成分と一致しています。」

部屋の空気が止まった。

「何だって……?」

さらに続ける。

「それだけじゃありません。」

スタッフは震える声で答える。

「地下で採取した赤いキノコから検出された成分とも極めて近い値です。」

研究室が騒然となる。

検査結果はすぐにカイルの元へ届けられた。
「何……!」

低い声が部屋に響く。

「アイツらは巨大魚や地下の植物と同類という事か?」

「現時点では、その可能性が高いかと……。」

科学者は慎重に答える。

カイルはゆっくり立ち上がった。

「……本人達から直接話を聞く。」



医務室の扉が開く。

ジュリアとミネルは顔を上げた。

カイルの表情は普段より険しい。
「聞きたい事がある。」

部屋の空気が張り詰める。

「……お前達は何者だ?」

ジュリアが眉をひそめた。
「……どういう意味ですか?」

カイルは検査結果を告げた。

「血液検査の結果だ。お前達の血液から巨大魚、そして地下の赤いキノコと同じ成分が検出された。」

誰も言葉を発しない。

「何故、黙っている?」

声が一段低くなる。

「知っている事があるなら全て話せ!」

ミネルは静かに首を横へ振った。

「私達にも分かりません。」

少し間を置いて続ける。

「私達は幼い頃から三人一緒でした。」

「普通に学校へ通って、普通に暮らしてきました。」

「何も隠していません。」

しかしカイルの表情は変わらない。
「信用ならん!」

医務室の空気が凍る。

(もうここには居られない……。)

ジュリアはゆっくり立ち上がった。
「ミネル。」

静かな声。

「荷物をまとめよう。リンは私が運ぶ。」

ミネルも立ち上がる。
「……そうね。」

少し寂しそうな表情。

「私達は……除隊……ですよね?」

その言葉にカイルの表情が変わった。
「おいおい待て!」

思わず声を荒げる。

「まだ除隊しろとは言っていないだろう!」

部屋に沈黙が流れる。

ミネルは冷静な視線を向けた。

「まだ何か?」

逆に問い返され、カイルは言葉を失う。

しばらく沈黙が続いた後、小さく息を吐いた。

「……昔の話だ。」

少し視線を逸らす。

「起源樹という樹木からサンプルを持ち帰った研究者がいてな……。」

「お前達なら何か知っているんじゃないかと思っただけだ。」

拳を握っていた手がゆっくりとほどける。

医務室の空気も少しだけ和らいだ。

立場は完全に逆転していた。

起源樹?

初めて聞く名称。

だが……

『起源樹のサンプルを持ち帰った研究者。』

妙に胸に引っ掛かる。

世界が壊れた理由を知る者が、どこかにいるのかも知れない。






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