ヒュパティアの死と象徴(新潮の極右記事に贈る、後期ローマの裏切られた遺言)
1 歴史改変どころか歴史を知らぬ極右ビジネス屋さん
>差別的コラムで謝罪掲載 週刊新潮、「長期連載で慢心」
いやこれは明らかに最初から「極右ビジネス」だと自覚していただろう。高山と共著もある門田は新潮の記者だった。
僕にいわせれば両者ともジャーナリストではなく極右ビジネス屋にすぎない。なぜならソフトバンクのその共著でも、日本人の優越性を証明するためにキリスト教と比較する体だが、歴史や事実への解釈が歪んでいる。学問的事実や考察を蔑ろにするものはただの煽り屋だからである。
たとえば共著の抜粋記事で、ヒュパティアが宗教的奇跡を非科学的だと論難したから激怒したキリスト教徒に殺されたとあった。しかしそれは現在の学問的コンセンサスのあるものでなない。いいかげんな雑学本から拾った知識で物を語ることのむなしさに、できればその読者だけでも気がついてほしいものである。
2 史実で語るヒュパティア
ヒュパティアは4世紀〜のアレクサンドリアで活躍した、新プラトン主義の学者で教育者だ。当時の主要な数学者で、史上初ではないが初期の女性数学者でもある。歴史的に象徴として利用されたためだいぶ盛られてはいるが、知識人として政治的にも存在は重く、相当有能な人物だったのは間違いない。
当時4世紀後半のアレクサンドリアでは、新プラトン主義は異教としての神秘主義的なイアンブリコス派と、穏健なプロティノス派に分かれていた。ヒュパティアとその父テオンはプロティノス派で、彼女の弟子(教え子)はキュレネのシュネシオスをはじめ皆キリスト教徒だった。
アレクサンドリアの第23代教皇テオフィロスは、イアンブリコス派を抑圧し、神殿セラペウムを破壊した。当時の国教であるキリスト教と、プラトン以降の旧世界的な派閥は、強い緊張関係にあったのである。
だがテオフィロスは、プロティノス-ヒュパティア派とは同盟的な関係を結んでいた。テオフィロスはヒュパティアがローマの政治的要人と関係をもつのを許容し、ヒュパティアの弟子のシュネシオスを司教にさせた。
テオフィロスが亡くなると甥のキュリロスが後継した。キュリロスは神学的に著名な人物だが、政治的には当時の混乱したアレクサンドリアにおいて政争に明け暮れたので、歴史の登場人物としては非常に面白い。
キュリロスは宗教指導者としてアレクサンドリア都市の権力を有していた。まずはティモティウス(Timotheus)司教と争い、ティモティウス支持のノウァティアヌス派を弾圧した。ユダヤ人も追放した。あとはローマの総督オレステス(皇帝直属の官僚、世俗権力者)との権力争いである。
キュリロスの台頭以降、ヒュパティアの立場はキュリロスとは対立する。彼女はオレステスと親友であり、彼女はキリスト教徒からも旧世界の異教徒からも強い支持のある知識人としての権力を有していたからだ。
キュリロスはヒュパティアを政治的に貶めるために誹謗工作を行なった。7世紀のコプト正教会の司教、ニキウのヨハネの著作からは、彼女を「魔女」扱いしたのを確認できる。総督オレステスを惑わし、オレステスとキュリロスの和解を妨げたということにしたわけである。
そしてヒュパティアはキリスト教徒の暴動によって虐殺された。キュリロスの煽動による結果であることは明白である。
ヒュパティアの死は帝国に衝撃を与えた。というのは、当時後期ローマにおいて知識人とはアンタッチャブルであったからだ。いくら宗教や政治のもめごとで暴動が多発した不安定な社会であっても知識人の殺害はタブーであった。それは宗教権力のキュリロスが、世俗的権力のオレステスのみならず、皇帝権力すなわち帝国にまで力を及ぼそうとする始まりだった。だからヒュパティア事件後に帝国はただちに動いて司教権力に介入したわけである。しかもヒュパティアは女性であり、その死の象徴性は高いといえるだろう。理性にも感情にも届くということである。ヒュパティアの死はまさに青天の霹靂であった。
3 ダマスキオスのニ枚舌
後世、彼女はアイコンにされてきた。キリスト教の支配が深まった5〜6世紀、最後の新プラトン主義者であるダマスキオスは、彼女を哲学(学問)の殉教者とした。中世においてはキリスト教の徳とされた。聖女のアレクサンドリアのカタリナ伝説は、ヒュパティアの史実なども混ざって創作されたものと考える研究者もいる。
19世紀にはキングズリーがヒュパティアを小説化したが、小説は単に当時イギリスのプロテスタント的思想や、ヴィクトリア朝的エロティシズムに、優生学や反ユダヤ主義などの最悪の調味料もかけたものでそれはどうでもいいが、ヒュパティアの扱いが史実とは異なる。反キリスト教、嫌な女、改宗直前に殺される、なんかエロい。
実際は彼女には異教のキリスト教に寛容で、教義の対立は避け、学問を優先し、派閥を超えて愛された知識人である。同時代の教会史家の、コンスタンティノープルのソクラテスは、誰もが彼女をその威厳と徳ゆえに尊敬していたと描写している。
ヒュパティアの時代から1世紀後の新プラトン主義者、ダマスキオスは、ヒュパティアをすごい美人で、生涯純潔で、彼女の講義にきた若者から求愛されるが拒絶し、使用済みの生理用品を見せて追い返したと書いた。
これはどういうことか? これは前述したとおり、キリスト教の時代で滅びゆく旧世界秩序としての新プラトン主義の立場から、彼女を哲学の殉教者にするための解釈(創作)なのだ。
わざわざ美人だの生涯処女だのと描写するのは、彼女を学者ではなく偶像的人物として記すためのテクニックである。これは男を惑わす魔女として誹謗された背景を、キリスト教的な徳としての聖女の処女性に置き換えるものだ(新プラトン主義と敵対する異教の価値観をのっとるところがまた面白い)。
そして美人性もまた、生理用品の逸話のために置かれたものだ。彼女が生理用品を求愛してきた若者に見せつけ、「これがあなたの愛したものだ」また、「あなたは美そのものを愛しているのではない」と述べたという創作は、新プラトン主義的な美の寓話である。容姿や魂ですらない理性による形而上的な美こそが上位にあるのだという意味だ。
たとえれば、ダマスキオスにとってヒュパティアは嫌な同僚だった。でも彼女の死は新プラトン主義の擁護とキリスト教批判のネタとして「使える」。彼は単にイデオロギーありきで喋っているだけで、客観的事実を述べるつもりなど一切ないのである。だからダマスキオスは彼女を妙にもちあげる一方で、妙に貶してもいる。
ダマスキオスの師、アレクサンドリアのイシドロスと比べてヒュパティアは劣るとした。なぜなら性差別を根拠にそもそも男は女より優り(笑)、(当時の新プラトン主義的序列としては)形而上学(笑)が幾何学より優るからである。彼は捨て台詞のように彼女を「犬儒派」と侮蔑した。彼というより新プラトン主義のタカ派にとっては、形而上学的なものが上位で、科学や啓蒙は下位のものだからである。
いやはや、今でも新潮やソフトバンクの当該記事をはじめ極右ポピュリズム的妄想が跋扈するように、こうして当時からずっと、女がどうの、理系文系がどうの、人種民族がどうの、学問や形式論理学的理屈とはまるで異なる次元のおしゃべりが一定の支持を集めるものなのである。
ただ、ダマスキオスのヒュパティアにたいするこうした歪んだ扱いは、1世紀たってもそれほど彼女の死が衝撃だったことを示すものでもあるだろう。
4 ポップアート化するヒュパティア
このようにヒュパティアは後世、それぞれの時代と思惑によってアイコンにされてきた。哲学の殉教者からキリスト教の殉教者になり、聖女のモデルになった。昔の理神論者らやヴォルテールなんかも彼女をネタに好き勝手なことをいい、その適当なテキストをギボンもローマ帝国衰亡史で発展させたからもうメチャクチャである。
キーツ、バイロン、ブラウニングなんかが有名な新ヘレニズム運動の頃、キングズリーをはじめとする作家らがヒュパティアを完全にキャラ化してしまった。20世紀になってもヒュパティアというキャラは作り続けられた。フェミニズムもアイコンにするし、カール・セーガンもテレビ番組「コスモス」で史実をだいぶ脚色した。神殿セラペウムは実際に破壊されたが、知の象徴としてのアレクサンドリアの図書館そのものはずっと以前から衰退していたのに、現代の価値観によって歴史を書き換えてしまった。セーガンは僕も好きな科学者だが、歴史や文学的な試みにおいてはあまりに無邪気だひというべきだろう。
21世紀になってもヒュパティアという名の偶像は生み出される。キリスト教原理主義批判の映画「アゴラ」では、ヒュパティアが実際にはプロティノス的神秘主義者であるにもかかわらず無神論的な考えをもち、地動説を唱えたとする(笑)。いやヒュパティアちゃんは確かに相当キレる人物だったと近年も検証されてはいるが、神と一つになりたいなんてアニメのエヴァみたいなことを本気で考えている人だよ…。いやまじで心の壁であるATフィールドを数学で溶かそうとした綾波=ヒュパティアといったほうがむしろ正確じゃないか? まさしくプロティノス的でしょ。
よかれと思って近代リベラルの価値観から象徴にしても、それもダマスキオスやキュリロス、キングズリーや最近のテレビや映画、極右的歴史改変と、構造的にはやっていることは同じではないかな。特に僕ら学問を重んじる立場からするとこうした活動家的なイデオロギーは変な原理主義と同じく厄介だよ。
5 ヒュパティアの死体を弄ぶ僕たち
とまあ、ヒュパティアはこうして綿々と象徴にされてきた。最後がよりによって極右ポピュリズムのしょうもないホルホルなのは脅威でもあり脱力でもあり現代性を感じるところ。
タイトル回収も兼ねてくりかえし述べると、ヒュパティアは確かに派閥にも政治にも干渉せざるをえなかったが、理性や学問は敬虔に尊重すべきというのが当時ローマの不文律であったと思う。彼女がキリスト教徒からも旧世界からも支持と尊敬を得たのは、まさに彼女が理性そのものを体現したからだろう。それは現代の反知性の愚者や、しかも知性側と称した小役人根性の連中とは雲泥の差であろう。当時の最も過酷な刑罰として彼女の死体を弄んだのは、あれはキュリロスや愚かな暴徒による政治的事件に留まらず、その後の僕ら人類がヒュパティアの死体を弄んでいることの原型なのだ。
科学、フェミニズム、リベラリズム、これらはそのアンチと比べれば明らかに優るように見えて、実際はどうだろうか。理性を道具でなく旗にしていないか。そんな君たちの末路がトランプであり極右ポピュリズムなのは皮肉というより当然の帰結ですらあろう。
ダマスキオスの捨て台詞、「犬儒派ふぜいが!」これは当時は形而上学的議論がスマホを作り宇宙に飛び出す科学よりもはるかにすぐれた至上のものであるとする考えからの最大の侮蔑だ。今だから僕らはこれを滑稽に思ってしまうが、今も全人類が、くだらない理系文系論争やら学歴やらで侮蔑しあっているではないか。そして歴史の改変だ! ああ! まるで成長していない…!(安西先生)
と、デマや陰謀論への反論一つでもこのように長くなってしまう。泣く子と反ワクには勝てぬというやつである。しかし人を人たらしめるのも常にまた人の賢明さなのである。くだらないネットや本は投げ捨てて、僕らは捏造されたヒュパティアではなく生身のヒュパティアを見いだそう。
僕はここまで書いたものを、ヒュパティアさんの目の前でLINEして読んでもらった。
「どうすか?」
「あなたたち、まだ私を使うのね」
あきれた様子だったが、僕にはそれが笑ってくれているようにも思えたのだった。
あとがき
いろいろ誤解・曲解されているヒュパティアちゃんについて少し書いた。新プラトン主義者の彼女にとって愛とは理性であるが、僕らにとって肉欲や魂より理性が上回る愛というのも恐ろしく時代錯誤的で(むしろそんなヨタをこくから愛や人生を失敗するのだ)、僕らを仮に現代人とするならば彼女はまさに古代の人というくらいに違う。でも僕にとってヒュパティアは、そんな思想と時代の壁に挟まれているからこそ、このすれ違いがまるで淡い恋のように感じられるのだ。
