【高知】夜行快速「ムーンライト高知」で一人旅|青春18きっぷの旅
過去の18きっぷの旅
19歳のとき、専門学校の友人と青春18きっぷを使って九州へ行った。当時のムーンライト号は自由席しかなく、超満員の車内では、座席はもちろん、通路にさえまともに腰を下ろせないような状況だった。ようやく眠りについたと思ったら、今度は爆弾騒ぎで起こされるというハプニングまであった。
体力的にはかなりきつい旅だったが、そのぶん出来事も多く、振り返ってみれば、やはり楽しい旅だった。
中年になって思い立つ
それから13年、なぜか急に、再び青春18きっぷで旅をしたくなり、行き先をあれこれ検討した結果、まだ一度も足を踏み入れたことのない四国へ向かうことにした。
今回利用する夜行列車は、京都と高知を結ぶ「ムーンライト高知」。18きっぷシーズンに走る、臨時夜行快速だ。
まずは高知へ向かい、そこから四国を巡る。一人旅なので、予定はあってないようなもの。気分次第で自由に動けばいいだろう。
とか言いながら、鬼のようなスケジュールを作成したのは内緒。
ムーンライト高知に乗る
「ムーンライト高知」は、京都と高知を結ぶ、臨時夜行快速である。
機関車が客車を牽引する列車で、「ムーンライト山陽」「ムーンライト松山」と併結し、四国に入ってから高知行きの3両編成となる。
ちなみに3両のうち、2両はグリーン車なので、青春18きっぷでは乗車できない。
今回、ムーンライト号を牽引する、EF65形電気機関車。当時、ブルートレインの牽引機関車といえばEF66が主流となっていたが、自分の世代では、やはりEF65の1000番台である。

実物を間近で見られただけでも満足。




バッタンコシート
ムーンライト高知の普通指定席車内。
木曜日の夜だったためか、思ったより乗客は少なかった。

一見すると豪華そうなシートだが、実は簡易リクライニング。背もたれを倒しても固定されず、体を起こすと「バッターン」と大きな音を立てて元に戻る。通称「バッタンコシート」と呼ばれる曲者なのだ。
出発直後、車内のあちらこちらからバッターン、バッターンという音が聞こえてくる。
なにか地雷原のあちこちで、次々と爆発が起きているような感覚だった。夜寝られるだろうかと心配しつつも、妙におかしくて、こそっと笑えた。

こちらは18きっぷでは乗れないグリーン車で、枕と毛布まで用意されており、普通車との差は歴然。

発車前、ホームで機関車や客車を撮影していた3人組。
夜中までうるさかったので、ダメ元で注意したところ、意外にもすぐ静かになった。
こちらがびびって、「あの」をラップのように繰り返していたので、逆に怖がられたのかもしれない。
「あ、あ、あの、あの、あの、あの、あ、こ、声は…ち、ち、小さめで…」

臭いで目が覚める
日付が変わった頃、車内は減灯。
うるさい三人組を蹴散らし、気分よく寝入ったものの、突然、猛烈な臭いで目が覚めた。どうも自分の後ろの席に座ったおじさんから発せられているらしい。
その後、なんとか臭いにも慣れ、再び眠りにつくことができた。
ところが今度は、
「おっさん! この列車でどこ行くつもりやねん!」
という大声が聞こえてきた。
寝ぼけながら、「いえいえ、高知までなんです」と心の中で答えていると、怒鳴られていたのは自分ではなく、後ろのおじさんだった。

何やら悶着があって、警備員らしき人たちに連れていかれた。どうやら無賃乗車だったらしい。
すっかり目が冴え、まわりを見渡すと岡山駅だった。確かこの駅では、ムーンライト山陽の切り離しのため、30分ほど停車するはずだった。
タバコでも吸おうとホームに出る。臭いおじさんは階段の所で尋問されていた。果たしてどうやって戻るのだろう。
高知到着
午前6時半頃に目を覚ますと、車内のあちこちでバッタンコシートの「バッターン」音が響き渡る。
午前7時13分、高知駅に到着。
南国・高知を想像していたが、思ったよりも寒い。
ここから、
「ザ・スケジュール・オブ・ザ・俺、バイ・ザ・俺、フォー・ザ・俺」
の三日間が始まる。

まずは喫茶店に入り、体が温まるのを待ってから、最初の目的地である高知城へ向かう。詳細は別の記事にて。
昼食は何か高知らしいものを食べようと思い、あちこち歩いてみたが、これという店を見つけられず、結局モスバーガーとなった。
「グルメ旅行記は絶対に書けないな」と思いつつ、モスチーズバーガーにかぶりつく。

桂浜へ
高知市内からバスに乗り、桂浜へ向かった。
車内を見回すと、あちこちに錆が浮いている。名古屋のバスではなかなか見かけないので、むしろ少し得した気分だ。

車内を見渡すと、乗客はご高齢の方ばかり。
本当にこのバスは高知の観光名所、「桂浜」に向かうのだろうか?

無事、桂浜到着。
入口付近には、筆皇おすすめの「闘犬センター」があるのだが、今回は時間の関係でパス。
ちなみにこの施設は、1964年に全国初の観光用民間闘犬場(なんじゃそりゃ)としてオープン。
その後の「ペットは家族」時代に「闘犬」はヤバいと思ったのか、2014年には「とさいぬパーク」へ改称、2017年5月に閉業した。
…ということで、「次回」訪問の機会は失われたのだが、やはり地方のB級スポットは行けるうちに行っておかないといかんなと思う。

桂浜。
砂浜はかなり長いのだが、観光地化されている部分は意外と狭い。ちなみに遊泳禁止。

砂浜から階段を上がると、ご存じ坂本龍馬像が姿を現す。金曜日の日中だというのに、かなりの人出。
ここでシャッター押しを3件頼まれた。もちろん、いつものように全て笑顔でお受けした。

人が少なくなった瞬間を狙って、龍馬像を撮影。戦時中には多くの銅像が金属供出によって撤去されたが、龍馬像は「海軍の先覚者」とされたことから供出を免れたという。
いつも思うのだが、体をもたせかけてるこの台は一体何なのだろうか。やたら長い男根に見えなくもないのだが…。

後ろから見ると、右手が男根化したように見える。

長宗我部氏の城であった浦戸城跡に建つ「高知県立坂本龍馬記念館」。龍馬生誕150年の記念事業をきっかけに、1991年に開館した施設。

海側から見る記念館は、歴史資料館というより宇宙船っぽい。もしくは「デジタルクジラ」という感じ。

入口では、龍馬の蝋人形がお出迎え。
龍馬の蝋人形は香南市にある「龍馬歴史館」が有名なのだが、こちらも時間の関係でパス。
一体だけとはいえ、ここで龍馬の蝋人形を見ることができたのはよかった。

館内には、龍馬や幕末の人物を紹介する立体的な展示が並んでいるが、一番面白かったのはやはり龍馬の手紙。
当時としては掟破りとも言える見事な口語体で書かれていて、彼の型にはまらない生き方がうかがえる。

展望台からは桂浜と太平洋を一望できる。

浜方面に戻り、バスを待つ間に土産物めぐりをする。
「龍馬の店」はその名のとおり、全力で龍馬推しの店である。ちなみに店員はあまり愛想が良くない。

日本で唯一個人名がついた郵便局である「龍馬郵便局」。
龍馬におんぶにだっこに肩車。

写真を撮っていると、局内の奥から局員さんがやさしい微笑みを浮かべてこちらを見ている。気が弱いので、つい中へ入り、記念切手シートまで買ってしまった。
お釣りを受け取る際、「レシートはいりますか?」と聞かれたので断ると、「『龍馬郵便局』って入ってますよ〜」と、また満面の笑みを向けられる。
「あ、ではください」
と思わず言ってしまったが、どうやら真性の龍馬ファンと思われたらしい。周辺の地図もくれるなど親切な局員さんだったので、悪い気はしない。
ところで、最初から消印が押してあるように見えるのだが、この記念切手は使えるのだろうか…?

龍馬の実家である「才谷屋」跡と伝わる場所にある、喫茶「さいたにや」。ちょっと腰が引けてしまい入ることはできなかった。


水練の場所として龍馬の伝記に必ずと言っていいほど登場する鏡川。
思ったよりも大きな川だった。

旅先でも地元の名物料理をほとんど食べない自分。昼もモスバーガーで済ませてしまったが、夜くらいは高知らしいものを、ということで「カツオたたき丼」を食べる。実はあまりカツオのたたきは食べた事ないのだが、うまかった。
この後、カプセルホテルへ直行、翌日の徳島に備える。

<おわり>
この続きは
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