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【徳島】18きっぷツアー | 四国 米英連合遭遇編(1回/全2回) | 2004年アーカイブ


今回の四国ツアーは青春18きっぷを利用しているが、やはり山村を訪れないと一人旅の気分が出ない。
行程案の作成中に見つけたのは、日本三大秘境の一つ、徳島県の「祖谷」だ。付近をJRが通っているとはいえ本数は少なく、周辺観光には車が欠かせない。
結果として、高知から特急を利用し(運賃と特急料金が別途発生)、さらに高松までの乗り捨て料金を含めたレンタカーを手配するという、およそ経済的とは言えない行程を組むことになった(観光バスという選択肢もあったが、さすがにそれは避けたい)。

現地は想像したほどの秘境ではなかったが、色々と旅先ならではの交流が持てたのは、良い経験だった。


JR高知駅
どこにでもあるような地方駅。それでも最近は再開発できれいになっていく駅が多い中、逆に珍しいかもしれない。
朝7時の特急に乗るために、朝食もとらず、銀行にも行けず、列車に飛び乗る。


「飛び乗る」なんて書きつつ、写真撮影する余裕くらいはある。
こちらは高知−岡山間を結ぶ特急「南風」。非電化路線なのでディーゼル特急だ。
列車の中では、妙に旅慣れした行商っぽい人達の後ろに座る。平成も10年以上経ったが、地方に行くとたまにこうした昭和チックな行商人を見かける。


山びこ打線の池田高校で有名な阿波池田駅で下車。レンタカーで「大歩危渓谷」へ向かう。「大歩危(おおぼけ)」という名称は、岩の間隔が狭いため、大股で歩くと危ないということからきているらしい。
結構見応えはあったのだが、無理して下に降りるほどでもなかったので、写真撮影して次へ。撮影した場所が悪かったのだろうが、見渡す範囲に建造物が多すぎた。


この日最初の目標地である、西粗谷村「かずら橋」へ。
藤の蔓で作られた橋で「日本三大奇橋」の一つとされている。ただし現在は束ねられた蔓の中に鋼製のワイヤーがはってある。さすがにこのご時世、蔓だけで作られた橋に観光客を渡らせるわけにはいかないだろう。国・県指定の民族文化財にも指定されている。

この地は平家の落人伝説が残っており、当時は追っ手が来た際に橋を切り落としやすくするためとか、渡る際に大きく揺れるため、その渡り方で現地人に化けた追っ手を識別する為などの伝承が残されている。


ここで料金500円を払う。駐車場が別途300円(場所によって差あり)ということで、何もない割には少々お高い。


橋は一方通行なので、渡れるチャンスは一度きり。満足いくように歩かねばいけない。

橋の長さは45m

川面からの高さは14mと、谷瀬ほど高さがないので、思ったより恐怖感はない。ワイヤーが入っているとはいえ、足の置き場は常時ワイヤーの上。


吊り橋からは帰り用のコンクリート橋が丸見え。さらに橋の高さもあちらの方が上。周りには看板もやたら目に入り、こちらも雰囲気をまる崩し。
ここまで観光地化が進むと、「日本三大秘境」というのは厳しいのではないかと思う。


まずはかずら橋を渡り終わり、西祖谷村から東祖谷村へ移動。
ここで歴史資料館を見学した後、西祖谷に戻り、200mの断崖に立つ勇気ある小便小僧と肩を並べて立小便する予定だ。


入場料は400円、基本的にはよくある民俗資料館という感じ。農耕具やら生活用品やらが並ぶ。
そんな資料館になぜ足を運んだかと言うと…。


この「平家の赤旗」が目当て。平家の末裔、阿佐家に伝わるもので、本陣用と先陣用の二種類がある。
こちらは本陣用で、本来は赤と紫で交互に染められていたが、現在は茶色と緑灰色のシマシマに変色してしまっている。「八幡大菩薩」の文字は弘法大使が書いたとされるが、残念ながら複製品。

ところどころのシミは血痕らしく、矢によって空いた穴というのも残っている。
複製品だけどね

他に客はなくビデオ鑑賞。コーヒーも入れてもらった。結構田舎の資料館の人は客が少ないせいもあってか話し好きな人が多い。そんな雰囲気が嫌いでないので結構長い時間話し込んでしまった。マイスケジュールはどんどん押していく、200mの断崖で立小便しなくてはいけないのに…。

西祖谷のかずら橋」に落胆した旨を話すと、それならばということで「奥祖谷の二重かずら橋」を勧められる。今なら料金所に人もいないので無料らしい。
おばさんが熱心にすすめるので、名残惜しいが200mの断崖立小便をパスすることにした。せっかく自分の肝っ玉の凄さをご披露しようと思ったのに非常に残念。

断り切れず、ビデオまでゆっくり見てしまった

1185年、壇ノ浦に沈んだとされる安徳天皇であるが、実はこの地に落ち延びたという伝説がある。残念ながら9歳(壇ノ浦時は5歳)で病没し、この八幡神社で火葬されて葬られたとのことである。
ちなみに壇ノ浦後、発見されなかった三種の神器の一つ「草薙の剣」は、天皇と共にこの地に持ち込まれ、剣山の頂上近くに奉納されたらしい。「剣山」の名前の由来でもある。


栗枝渡八幡神社安徳天皇の火葬場跡
資料館でおばさんに安徳天皇は本当にこの地に落ちてきたと信じているか尋ねたところ、伝説ではあるが信じているとのことだった。

まわりには観光客は誰もおらず、畑仕事のおばさんが「私しゃ足が悪い」を連呼しながら歩いているだけだった。


これぞ落人伝説にふさわしい土地。平地の少ない山腹にぽつんぽつんと民家が見える。あまり集落らしき感じがせず、家の一軒一軒が独立した感じ。西祖谷へ戻らずに良かったとこの時初めて思った。


観光バスでは通れない細い山道を走り、「奥祖谷の二重かずら橋」へ。冬季(12月〜3月)は無料となる。
また、西祖谷のかずら橋と違って、余計な人工物があまりないので、秘境ムードはこちらの方が高い。

写真は上流の女橋。下流の男橋に比べると高さがだいぶ低く短い。シラクチカズラで作られた奇橋であるが、こちらも中にワイヤーが入っている。


女橋
この時期は橋も渡り放題。無料よりもこれが一番ありがたい。


西祖谷の吊り橋に比べると高さはかなり低い。ワイヤーの上に置かれていない右足の置き場所が自分の豪胆さを示している。


女橋中央付近から男橋を眺める(写真上部分)。女橋と比べるとかなり高さも高く、帰りが楽しみだ。
川は西祖谷地区より上流にあたるため、川幅も狭く、流れも速い。透明度も抜群だ。


女橋より少し上流にある「野猿」
何度か見たことはあるが、乗るのは初めて。


大人二人がかろうじて乗れる広さ。ポールがステンレスなのはちょっといただけないが、まぁそれくらいはいいや。


ケーブルは中央部が垂れ下がる状態になっているので、スタート地点からはケーブルを下ることになる。最初は楽々でスピードも上がるが、向こう岸近くになると登りになるので、三十路にはかなりきつい。


野猿から女橋を眺める。涼しい風が吹き渡り、昼寝したくなる。
周りには誰もおらず、野猿で往復し放題。恐らく一生分の野猿を満喫できたと思う。


<続く>

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