🇵🇱第二次大戦開戦の地、グダンスクの「第二次世界大戦博物館」へ
前回はポーランドのグダンスクにある第二次大戦の開戦の地、ヴェステルプラッテを訪れました。
このドイツのヴェステルプラッテ砲撃により始まった第二次大戦。ドイツに占領された後は、ソ連の空爆により町のほとんどが破壊されたグダンスク。第二次世界大戦博物館(Muzeum II Wojny Światowej)が2017年に開館したいうので訪れてみることにしました。前回グダンスクを訪れたときはまだできていませんでした。
ポーランド郵便局
第二次世界大戦博物館を訪れるため町を歩いていると郵便局の建物がありました。一見欧州でよくありそうな郵便局。

第一次世界大戦後、ドイツの敗北によって自由都市ダンツィヒとなった現在のグダンスク。独立した都市国家でしたが、ヴェルサイユ条約の下ポーランドの郵便局が設置されました。ドイツ系住民がほとんどだったダンツィヒの選挙で1933年政権を掌握したナチス。1939年9月1日、ドイツ軍がポーランドの軍事施設があったダンツィヒの対岸にあるヴェステルプラッテを砲撃するとほぼ同時に、ダンツィヒの警察やSSなどがダンツィヒ領域内にあるこのポーランド郵便局を襲撃します。

現在は郵便局であるとともに博物館になっています。

襲撃時、ポーランド人職員や数名のポーランド予備兵数名の合わせて57人ほどが内部にいました。15時間持ちこたえましたが、7名ほどが戦闘で亡くなり、4名が逃走に成功。残りの全ての人々が捉えられ裁判で死刑判決となり処刑されたそうです。犠牲者を追悼する碑がありました。

予備兵や郵便局職員の勇敢な行動を称えるモニュメント。

こちらにもモニュメント。

第二次大戦博物館
もう少し歩くと第二次世界大戦博物館の外観が見えてきました。そこまで大きくないように見えますが、ほとんどの展示が地下にあります。

この日は週一の拝観料無料の日で、多くの学生のグループが見学に来ていました。
左はソビエト、右はナチス・ドイツ。2つの大国に挟まれたポーランド。

ソ連のプロパガンダの数々。

小規模ながら日本の展示も。

戦争をテーマにした日本のカード。

ナチスのクリスマスツリー飾りもありました。

ヒットラーの誕生日を記念して植樹された木の前に建っていたという記念碑。

ユダヤ人を「毒キノコ」として描写したドイツ語の子供向け絵本。

1930年代のポーランドの街並みを再現した展示がありました。

レトロな雰囲気。

第二次大戦に突入するとドイツに占領されたポーランド。

ポーランドでは避けて通れないユダヤ人のゲットー、そして強制収容所。

Terror(恐怖)という文字。

貨物列車に乗せられたユダヤ人。アウシュビッツを含めポーランド各地の収容所への輸送にこのような車両が利用されました。

今回の旅行でニュルンベルグの国鉄「DB博物館」を訪れたときにもユダヤ人を輸送した貨物列車の展示がありました。
強制収容所でユダヤ人が使用していたお皿替わりの小鍋。ドイツにあった収容所「Dachau」の文字が見えます。

強制収容所に収容されていたユダヤ人の髪の毛で織られたという毛布。この毛布のことは知っていたのですが実際に見るのは初めて。粗い感じはあるものの言われないと分かりません。

犠牲者の数々。第二次大戦前に330万人いたユダヤ系ポーランド人。生存者はわずか10%超の38万人だったそう。このほかにも多くのポーランド人が犠牲になりました。

スーツケースの山。

戦後の様子を再現した展示もありました。

通りに残された戦車。建物には弾丸の跡があちこちにあり、がれきが積みあがっています。

ポーランドに残されたドイツ語の標識。

戦争やテロなど犠牲者いる歴史的出来事をテーマにした博物館は何を展示するかでかなり議論になることが多く、ポーランドの視点だけでなくいろいろな角度から見た展示が「ポーランド国民の税金によってできた博物館なのだからもっとポーランドを主観とすべきだ」など国内でかなり議論になったそうです。外国人観光客が多いグダンスクでいろいろな配慮もあったのかもしれません。
充実した展示内容で2時間半ほど費やしました。町を再現したり展示も工夫されていて飽きることなく、個人的には良くできていたと思います。
次回はグダンスク近郊にある保養地のソポットでスパを訪れます。
