【ショートショート】ときめきトゥーシューズ
──如何なる代償も、受け入れるか?
「もう一度舞台に立てるなら、何だって構わない」
電車から吐き出され、人で溢れ返るホームを縫うようにして進む。階段を上る私に奇異の目を向ける人もいるが、気にしない。
「舞!こっち」
手を上げる彼にステップを踏みながら近付いていく。
「相変わらず舞は目立つね。でも、また踊れるようになって、ほんとに良かった」
「ごめんなさい、恥ずかしい思いをさせて。でもやめるわけにはいかないの」
あの日、夢の中で取引をした。
──二度とトゥーシューズを脱がない。爪先立ちをやめない。そうすればまた、踊れるようにしてやる。
車椅子の上に置かれていた新品のトゥーシューズを恐る恐る履くと、私は再び立ち上がれるようになっていた。それ以来、私はトゥーシューズを履き続け、爪先で歩き続けている。
彼と並んで階段を降りていると、横を通り過ぎた男のバッグが背中から当たった。慌てて踏ん張ろうにも、地面に接しているのは僅かな点のみ。あっと思った瞬間、後ろにグイッと引っ張られた。
私は爪先立ちで見ていることしかできなかった。私の代わりに階段を転げ落ちていく彼を。
写真の中で笑う彼。むせ返るような花の香りと線香の匂いが漂う中、私は焼香台に向かった。ひそひそと人々が囁き合う。私は抹香を摘むと、その場でくるくると回り出す。止め処なく溢れる涙を撒き散らしながら、私は回る。
踊れるようになったことを1番喜んでくれたのは彼だから。私の1番のファンだったのは彼だから。彼のために、私は回る。
──如何なる代償も、受け入れるか?
あのときの声が、耳の奥で微かに聞こえた。
終
ときめき成分が……ない。
たらはかにさまの毎週ショートショート【ときめきトゥーシューズ】に参加させて頂きました。
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